「逃亡犯たちの夜明け」
魚を捕まえる『採取班』のジョン太は、目の前に棒立ちになるジョン太を見てヤリをにぎりしめました。
何しろ、川に入っても魚一匹とれず、ふてくされたあげくに仕事を放り出したので、誰かに知られた時点で自分がバツを受けるのは確実でした。
…いや、バツと言っても正直何されるかなんてジョン太にも予想がつきません。
ただ、仲間のジョン太を呼ばれては面倒なことになるのは確実です。
ジョン太はとりあえず目の前のジョン太に話しかけてみることにしました。
「「や…やあ」」
ああ、いけません。言葉が被ってしまいました。
このままではうまく会話ができないかもしれません。
しばらくの沈黙の後、ヤリを持ったジョン太がもういっそ口を閉じていようかと迷っていると目の前のジョン太がおずおずと下を指差しました。
「あの…とりあえず、下の階段をくだってから話をしない?別のジョン太に見つかるのもイヤだしさ」
ジョン太は相手のジョン太の提案にいぶかしみますが、周囲に人がいない方が好都合なのでとりあえず「わかった」と短く答え、ついで敵意がないことをあらわすためにヤリの先を下に向け、歩き出します。
そして、二人のジョン太は互いに黙ったままで階段を下りることにしました。
…その通路は大人二人がかろうじてすれ違えるような通路ではありましたが、ジョン太のような背の低い子供にはちょうど良い隠れ場所になりそうでした。
見れば、石には見覚えのある模様が刻まれていましたが、それ以上考えを巡らすよりも先にヤリを持つジョン太は目の前のジョン太と今後どう接したらいいか考えなければなりませんでした。
「…もしかして、君も逃げてきたクチなのかな?」
階段に座り込み、一応警戒しながらもヤリをわきに置いた矢先。
相手のジョン太からの言葉にジョン太はハッとします。
「え、『君も』ってことは…」
すると、相手のジョン太はこくりとうなずきました。
「そうなんだ。僕もあの広場から逃げ出してきた」
その瞬間、二人の中に何かが通い合いました。
嵐に巻き込まれてからのパトリシアとの別れ。
心さびしく森をさまよった時間。
自分とそっくりな姿をした、わけのわからない集団との労働時間。
どれもがつらく、苦しく、たった半日程度の時間であろうとも、彼らは悠久に近い悪夢の時間を過ごしてきたように感じられました。
「僕は、あの集団から逃げ出したことを後悔していない。僕には植物を採取できる地図がある。食べ物をとりに行こうと思えばいつでもいけるんだ」
…そう、『採取班』のジョン太にはその強みがありました。
数合わせのために、適当に書かれた箇所がいくつかあるものの、この地図さえあれば生き残れるという根拠のない自信がジョン太にはありました。
それに対し、ヤリを持ったジョン太も負けじとこう返します。
「だったら、僕だってカニを採ってあぶるくらいできるんだ」
そう、魚こそ逃げられますが、川の中を動く小さなカニならば、岩をどければ簡単にとることがジョン太にはできます。
それに、川には穂綿になったガマもたくさん生えており壊れた船からいくつかの火打石も見つかったのでみんな見よう見まねで黒い尖った火打石とぶつけて、
火を起こすこともできました。
もっとも、火がつくまでに火種の綿をブンブンふりまわさなければならず、発火した瞬間にパニックになって踏んで消してしまうジョン太が大多数であり、ヤリを持ったジョン太も実際に火をつけることに成功したのは10回中1回くらいの割合でしたが…
「…えーと、とにかく火事だけには気をつけようね」
「うん」
何となく察したジョン太にヤリを持ったジョン太はうなずきます。
そうです、森が燃えてしまっては食べるものがぐんと減ってしまうのですから。
そんなこんなで、とりあえず二人のジョン太はめいめい自分たちの技術を使いこの迷路のような遺跡で暮らしていくことを決めました。
他のジョン太たちに見つからないように遺跡の中に隠れ住み、もしパトリシアを見つけたらここに連れてきて楽しく暮らすというひどく浅い計画です。
「だとしたら、まずはこの迷路がどうなっているのか調べておかなきゃね。角を曲がるたびに印を描いてそれを目印に地図に書き込んでくれないかな?」
「わかったよ」
ヤリを持ったジョン太は角を曲がるたびにヤリの先に着いた石で壁にマークを彫りこみ、地図を持ったジョン太はそのマークを見ると持っていた赤っぽい石で地図の角の箇所に同じマークをつけていきます。
二人にとって、それはワクワクするようなことでした。
食べものはなんとかなりそうだし、迷路も隠れ家だと思えば余裕が出ます。
「なんか、僕たち探検隊みたい」
「そうだね、謎の古代遺跡を探索する冒険者。宝物はパトリシアかな?」
「そうかもしれない」
そして、のんきに口笛なんか吹きながら七つ目の角を曲がろうとしたジョン太たちでしたが、その時、彼らの耳にガヤガヤという声が聞こえてきました。
「お、次は左だぞ」
「何言っているんだい。ここはさっき曲がったじゃないか」
「いやいや、印が付いていない。ここは通っていないよ」
「んじゃあ、次はこの角を曲がるものとする」
その言葉を聞いて、ジョン太二人は真っ青になりました。
…それは明らかに四人以上はいるジョン太たちの声だったのです。
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