「サバイバルはうまくいきそうですか?」

 …森に入ってから一時間。


 ジョン太は今や意気揚々と両手にあやしげな色のキノコを抱え、森の中を歩いていました。


 青々とした草が生い茂る足元はいつしか枯れた落ち葉で埋まり、あれほど背を伸ばしていた丈の高い草は白いススキの群れへと変わっていましたが、キノコを持つジョン太にとって、そんなことは些細なことでした。


 木の裏を見たときに偶然見つけたキノコは色こそあやしい感じがしましたが、たぶん食べれるだろうというジョン太の根拠のない自信により収穫されました。


 ジョン太の頭の中ではこれを仲良くパトリシアと食べる妄想が膨らんでいます。


「大丈夫、これだけあればパトリシアも僕も一ヶ月は過ごせるぞ。『移動島』がなんだ。人がいないなんて問題じゃあない。大事なのは僕らがその島でどう生き抜いていくかってことだもの」


 口では立派なことをのたまっているジョン太ですが両手で抱えているキノコは食べれば死んでしまう猛毒で、さっそくバッドエンドを迎えかけているなど、今のジョン太は知る由もありません。


 腕いっぱいの毒キノコを抱えながら草むらを歩くジョン太でしたが、ふと近くの木にアケビのツルが巻きついているのを見ると、その歩みを止めました。


「そうだ、周りには木の実もちらばっているし、ツル草を束ねて大きなカゴでも作ってみようかな。上手にできたら食料をカゴに貯めて、木の下でパトリシアとのんびり過ごすのも悪くはないかも」


 もともとガサツな性格のジョン太です。


「後で、もう一回集めればいいや」と言うなりせっかく集めたキノコをバサッと地面に落としてしまいました。


「えっと、どうやって切ろうかな。学校の工作の授業だともともと切ってあった枝を使ったし、川で拾ったこの黒くて尖った石で短くできないかな?」


 以前、課外学習でカゴを編む授業がありジョン太はサイズを縮めながらもなんとか一つ、お茶碗程度の小ぶりの容れ物を作った経験がありました。


 先生によれば、これは伝統工芸だとか、縄文時代の人はこうしてカゴを作って暮らしていたとか、君たちが作っているのは歴史のロマンだとか熱弁していましたが、ジョン太にとってはツル草と格闘してすり傷をこさえたという記憶以外、あまり覚えていることはありませんでした。


「あれ?変な形に切れちゃった…ま、いいや。とにかくこーして束ねて」


 記憶では切り取ったツルを3本ずつ十字に束ね、細いツルで中心から周囲をすきまなく編んでいこうとするのですが…なかなかどうして。


 ツルを引きちぎればおかしな格好になり。

 編めば左右の枝がズレていき。

 隙間の間隔もどんどん開いていきます。


「あー、あー、あー」


 ギッチコギッチコとひどい有様になっていくカゴを見守るしかないジョン太。

 その背後ではたくさんのススキが風にゆらゆらと揺れています。


 それでも投げ出さずに根性でカゴを半分ほど作った頃。

 後ろの方から草の大きく揺れる音が聞こえました。


 ガササッ


「パトリシア!?」


 ジョン太はとっさに振り向くも、そこにあるのは揺れるススキだけ。

 犬の気配一つありません。


 でも、あきらめきれないジョン太は作りかけのカゴを握りしめ音のした方へと歩いていきます。


「パトリシア?」


 音の中心へと歩いてみますと、草の上には薄ムラサキの楕円形をした、大きな開いたアケビの実が落ちていました。


「…なーんだ」


 近くの木にはツルに混じっていくつかアケビの実がなっています。

 これが熟したために草の上に落ちて音を立てたのでしょう。


 その時、再びジョン太のお腹が大きく鳴りました。


「うー、お腹すいたなあ…あ!そういえば熟しているんだったら生のアケビって食べれるんじゃなかったかな」


 昨年の秋、おじいさんの友人が採ってきたばかりのアケビをお裾分けしてくれたので、ジョン太とおじいさんで仲良く一つずつ食べた記憶がありました。


「えっと、種は食べられないから口から出すんだっけ?」


 疑問に思いつつも空腹には勝てません。

 

 ジョン太は割れた部分から乳白色の果肉に豪快にかぶりつくと、そのまま中身を食べ進めました。おじいさんの家ではスプーンですくって食べていましたが、ここにはそんなものはないのでかぶりつくしかありません。


 おかげで、ジョン太は口も手もベトベトになってしまいましたが、ゼリー状の果肉はほんのりと甘く、疲れたジョン太にはご馳走のようでした。


「ああ、美味しかった」


 そうつぶやいて、満足そうに口を拭ったジョン太でしたが、木にいくつかぶら下がっているアケビを見てひとつうなずきます。


「よし、急いでカゴを作ろう。パトリシアだってお腹を空かせているだろうし、実を今後も保存できるカゴは必須だろうからね」


 ジョン太はそうひとりごちるとアケビの木のまたにすわり込み、再びカゴ作りに没頭します。カゴの隙間は巻いていくごとにさらに広がりを見せますがジョン太にとってはそんなことおかまいなしです。


「食ベものの次は住むところを作らなきゃ…そうだ、壊れた船の板をもらおう。付いてる釘だって使えるかもだし、僕とパトリシアの大豪邸を建てるんだ!」


 夢がどんどんふくらむジョン太ですが手先は器用ではありません。

 なのでカゴはどんどん歪な形になっていきます。


 それでも構わずカゴを作り続けるジョン太の横で白っぽくなったススキが風に揺れました。その穂は秋の終わり頃のようにたくさんの種をつけ、風が吹くたび新たなススキの種を散らしていくのでした…

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