「パトリシアとのお別れ」

 ジョン太が目をさますと辺りは真っ暗やみでした。


 暗い上にひどく狭く、その中でなぜかジョン太は三角座りをしているようです。

 試しに周りをペタペタ探ってみるとどうやら箱の形をした空間にいる様子。


「あれ…?そういえば、僕は箱の中をのぞき込んでいたような?それでいて誰かにお尻を押されたような?」


…でも、なぜジョン太は今まで三角座りをしていたのでしょう。


 箱の中につんのめるような姿勢でもなく、まるで収まるべきところに収まっているかのような見事な三角座りです。


 ジョン太は混乱しながらペタペタと闇雲に壁をさわりますが、その時ちょうど天井のあたり、箱で言えば上蓋のあたりに手をやると何かが押し上げられるような感触がありました。


 …カチャリ。


 蝶番の外れる音がしてやや明るい光が外から差し込んできます。


「うん?そんなに明るくないな」


 そろそろと這い出してみるとやはり、ジョン太は箱の中にいました。


 箱の外側にある模様は記憶の中にあるそれとどことなくデザインが違うような感じがしましたが…それはそれ、これはこれとジョン太は考えます。


「怪我は…してないな」


 明るいところで体を調べてみると特にアザもないようです。


「うん、大丈夫みたい」


 そう言いつつもジョン太は顔を上げて首をかしげます。


「あれ?確かに僕は砂浜の宝箱を探っていたはずなんだけどな。こんな、大きなものは近くにはなかったはずだぞ」


 目の前にそびえ立つのは巨大な難破船。

 見るからにボロボロで底にフジツボが張り付き、フナムシが走り回っています。

 

 その船影に今しがた出てきた宝箱がありましたが…

 同時にあることにジョン太は気がつきます。


「あれ?パトリシアは?」


 そう、いつもなら呆れ顔したパトリシアがジョン太の近くにいるはずです。


 しかし、聞こえるは波の音ばかり。

 犬のキャンという鳴き声も聞こえません。


 もっとも、パトリシアはめったに鳴かない犬です。


 普段のパトリシアなら、ジョン太を見るなりバカにしたように「ふん」と鼻を鳴らすのが癖なのですが…いやいや、そういうわけではなくて…


「パトリシアー」


 ジョン太は慌ててパトリシアを探そうとします。


 右に、左に、波うち際に。

 砂浜と必死に目を凝らしながらしだいに早足で進みます。


「パトリシアー!パトリシアー!」


 難破した船にも声をかけてみますがパトリシアは影一つ見えません。


 …いや、もとより綺麗好きなパトリシアのことです。こんな海藻のこびりついたフジツボと船板がささくれまみれの汚い船にいるわけがありません。


 苔むした石でさえパトリシアは毛嫌いして、ジョン太に向かって後ろ足で蹴り飛ばすのですから、好きこのんで船に入っていることは絶対にありえません。


 …でも、こんな人気のない場所。寂しくなり始めていたジョン太にとって愛犬パトリシアがいないことはかなりヘビーな体験でした。


「パトリシアー!」


 声はますます大きくなり、ジョン太はベソをかきながら砂浜を走ります。

 頭の中にはパトリシアとの仲の良い思い出が走馬灯のように駆け巡ります。


 …ある朝、目がさめると、いつの間にかおじいさんの家に上がりこみベッドの上のジョン太に両手で目潰しを食らわしてきた野良犬の頃のパトリシア。


 とりあえずパトリシアと名前をつけ、家の庭で飼おうということになり犬小屋を作ったところ、勝手にジョン太のベッドに大の字で寝始めたパトリシア。


 散歩のたびにお肉屋さんの前にジョン太をグイグイ引っ張っていき、焼きたての美味しいお肉をジョン太の小遣いから買わせるパトリシア。


 パトリシアとの素敵な思い出にジョン太は涙します。


「うう、パトリシア。君がいなくなったら僕はどう生きていけばいいんだ」


 実際どうとでもなる人生でしたが、ジョン太にとってパトリシアとはかけがえのない愛犬であるとともにとても大切な相棒であり親友でした。


「パトリシア…パトリシアぁ…」


 涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにし砂浜を進むジョン太。

 …ですが、あるものを見つけて足を止めます。


「あれ、これ犬の足跡じゃあないか?」


 砂浜に点々とついた足跡。

 それは、小さくはありますが確かに犬の足跡のように見えます。


 足跡はしばらく砂の上をさまよっていましたが、やがてまっすぐと森の方へと向かっていく様子がわかりました。


「この…森へ?」


 顔を上げると目の前にはうっそうとした森。

 見つめ続けていれば、不気味な鳥の鳴き声さえ聞こえてくる気がしてきます。


 ですが周囲には無理やりかき分けたような小さな草の獣道も見え、その丈からパトリシアが中に入ったのは明らかでした。


「パトリシアがこの奥に…でも、でも僕は」


 ジョン太はブルリと震え、一瞬だけ人気の無い森に背を向けようとしました。


 …でも、この先にパトリシアがいるのは確か。


 今もジョン太を探してクンクン鳴きながら森の中ををさまよっているかもしれません…いや、パトリシアの性格を考えますと万に一つもそれはないのですが。


 ですが唯一無二の親友。

 ジョン太はためらいつつも迷い、そして…


「パトリシア!」


 ジョン太は勇気をしぼり出し、森へと一歩を踏み出しました。

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