第12話「お前一体誰なんだよ」
そのまま全くついていけないままに肩を組まれ、背中を叩かれ、頭を撫でられ、とにかくまあそうして親愛を示されていた次第なわけなのだが、しかし依然として、全く現状の心当たりが見えなかった。見当たらなかった。
いや、どうやら向こうは僕のことを知っているらしいのでそんなことは全く考慮していないのかもしれないけれど、しかし残念ながら僕の中では依然として彼の立ち位置は『ガラの悪い半グレの駄菓子屋店主』から動いていないのだ。
だから現状彼に対する感想は「誰だこいつ」と「なんだこいつ」のちょうど中間ぐらいにある。
とにかくそこまで彼が抱いているような心理的近距離感を僕はまだ抱けていなかった。
まあつまり。
僕としてはただの名前も知らない『ガラの悪いは半グレの駄菓子屋店主』に名前を呼ばれ、呼び止められ、こうしていきなり絡まれているわけなので。
その身長が思ったよりも大きかったことや、近づけばわかるその鍛え上げられている筋肉の質量がその恐怖に拍車をかけていて。
だからまあ、平均成人男性の十分の一の大きさもないほどに肝っ玉が小さい僕としては当然ビビり上がってしまうわけでありまして。
完全に体は固まって。動かなくなってしまって。もうどうしようもなくどうしようもなくなっている僕だった。
「いやー、ほんと久々だよな! お前夏休みには毎年来てたのによ。いきなり来なくなっちまってなー。奏さんに聞いてもなんも教えてくれねえしよー」
「…………」
当たっている。
確かに僕は小学生の夏休み、ほとんど毎年この島に遊びに来ていたし、実際そこの現地の少年少女たちとも遊んだりしていた。
僕が今でも泳ぎにそれなりの自信を持っているそのわけは、その時に夢中だった遠泳が原因だろう。だから、間違いなく、確かに僕はここで遊んでいたことはあるのだ。
記憶にないとしても。
事実として遊んでいたのだ。
まあつまり。
ということは、だ。
彼はその時遊んでいた少年少女のうちの一人——なのだろうか。
僕は押さえつけられるようにして撫でられている手を振りほどいて彼から離れる。距離を取る。
「えっと……何年ぶりになるんだっけな〜」
邪険に扱われた僕の手なんかには見向きもすることはなく、そのまま考えの海に潜った彼は自分の顎を撫でるよう、自分の手をそこに添えた。
僕はそのまま彼から一歩二歩と安全圏まで離れていって、後ずさっていって、そして改めて、その姿をまじまじと見る。伺い見る。
その背格好は座っているとよくわからなかったが、やはり僕よりも数十センチは高い。
上半身のほとんどが露出していることもあってかその肌色がとても綺麗な麦色になっていることがわかるその肌は、隅々までしっかりと肉の鎧で固められていて、筋肉質なのは先に見えた腹筋だけではないことがよくうかがい知れた。
日常から相当に快活な生活を勤しんでいることがうかがえるそのよく焼けた顔は、しかし見覚えはない。
と言うかこんなキャラクターの濃さそうな奴がいたら嫌でもタグづけして覚えてしまうものだろう。
こんな駄菓子屋の、アロハ服を簡単に羽織るだけの、ビーチサンダルを履いたほとんど上裸みたいな格好の知り合いなんか、妹同様、忘れたくても忘れられるものではない。
「まあいっか。とにかく久しぶりだな、希!」
「…………」
「おいおいどうしたよ、そんなシマリスみたいな反応して。らしくねえな」
「…………」
「あの頭がおかしい希はしばらく会わない間に死んだのか?」
「…………」
「あの、うちの校舎のガラスを全部叩き割った薄雪希は一体どこ行っちまったんだよ」
「…………」
「校舎の屋上にどでかい落書きをして島の地方新聞にデカデカとその名前が載った薄雪希は、もういないのかね」
「…………」
「夏祭り用の花火だまを勝手に拝借して、勝手に点火して、勝手に打ち上げて、近隣住民のおじいちゃんおばあちゃんに戦争の記憶を想起させて潜在的にくすぶってた闘争本能に火をつけた薄雪希はどこに消えたのやら」
「…………」
「彼が通った後には何も残らず、その先に人もおらず、ただその後ろを付き従うように歩く一人の少女と犬一匹を引き連れて、何もない荒野を練り歩いていた薄雪希は——」
「そろそろ突っ込ませてもらうぞ?」
なんだそのホラ話は。
びっくりするぐらい事実が見当たらないエピソード一覧にいい加減言葉を挟んだ僕は、その睨みつけるような半顔を意識的にやめて、ため息を一つつく。
「がははっ! 何言ってんだ。全部事実だろ!」
「そんなわけねえだろ。なんでそんな織田信長みたいな幼少期を送らなきゃいけねえんだよ。今も昔も僕は普通の一般人だ」
「……一般人ねぇ」
そんな風にニヤついた様子で顎に手を当てる彼。
いわゆるドヤ顔の類の表情なのだろう。
なるほど確かに。
これは見ているだけで結構腹がたつ。
「で……」
「ん?」
でもまあ。
僕は彼を見る。前を見る。
きっと、その苛立ちのおかげもあるのだろう。
先ほど抱いていた消極的感情はもう無くなっていた。空になっていた。
「お前一体誰なんだよ」
だから、こんな。
一見するだけで失礼に当たるような質問をぶつけることができたわけである。
しかし、その言葉を受けても彼はその表情を崩すことなく、未だ腕組みをしたままのニヤケ顔である。
「あ、やっぱり覚えてない? 俺のこと」
「……心当たりもない」
「だよな! 実は最初からそんな感じはしたんだよ」
「…………」
特に警戒のレベルを下げることなく彼のことを見続ける僕に対し、しかし全く何も思っていないのか、未だその不敵な笑顔を続けたままの彼は「まあ久しぶりだからな」なんて言葉を漏らして頷いてみせる。
「昔だったら絶対お前、俺の姿があったらその瞬間に迷わず抱きついて来てたもんな」
「……たとえお前が他のどの誰であったとしても、絶対にそれだけはしないから安心しろ」
「逆に俺がお前見かけた日なんかは迷わずタックルしてたし。後ろから」
「行っとくけど時代が時代ならそれタブーだからな。主に日本社会的に」
「がははっ! だったら海外にでも逃げようかね。俺は構わん! 別に日本だけが出身でもないんだからな!」
「それをいうなら故郷だろうが。お前の出身は間違いなく日本だけだよ」
「細かいことを機にするやつになったなぁ希! 全然らしくないぞ!」
「なんでお前が僕らしさを把握してんだよ」
「昔はよく出会い頭にお互いの筋肉を突き合わせて遊んでたじゃあないか」
「遊んでない。そんな事実はない」
「なんだよ、そんなことまで忘れちまったのか? 流石にそれは俺も悲しいぜ?」
「……いやちょっと待て。聞き流しそうになったがそもそも筋肉を突き合わせるってなんだよ。それでどうやって遊ぶんだよ」
「がははっ! じゃあ思い出す一環にちょっとやってみるか! なーに頭で思い出せなくてもいずれ筋肉が全てなんとかしてくれるさ!」
「あのちょっとやめてください離れてください近付かないでくださすいません助けてください誰かーー!!!!」
そんな言葉を掛け合って数秒間が空いて。
そして「じゃあ改めて——」と、彼は言った。名乗った。
「俺は大原海斗。趣味は遊ぶこと! モットーは一生笑って生きること! 将来の夢はビックになる! そして今はお前の友達だ!」
そんな爽やか笑顔で歯を見せながら、大原海斗は笑った。
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