精霊の罪

 イノリを解体したルークスたちから距離を置いて、バーサーカーは停止した。

 グラン・ノームのオブスタンティアが出てくる。

 彼女が「危害を加えない」と約束してから、インスピラティオーネは接近を許した。

 ルークスは貧血で意識が朦朧もうろうとしており、リートレとノンノンに介抱されている。

「お前がルークスか。別人なほど変わったな」

 亡父が契約していたグラン・ノームに気付いた少年は、身を起こし声を絞り出した。

「父さんを……見捨てた……のに……」

「見捨ててはいない。呼ばれなかっただけだ」

 不満そうにオブスタンティアが言う。

「君が付いていれば……父さんも、母さん……も……」

「危険の予測などできるはずがない。王城と言えば、その国で一番守られている場所のはずだ。ドゥークス自身、警戒していなかった。事実、妻はおろか、幼かったお前まで伴っていたではないか」

「だから……精霊界に……?」

「そうだ。待機している間に契約が消滅した」

「その程度なのか……父さんは『精霊を友達にしろ』って言ってたのに……」

「何の話だ?」

「父さんはあっさり見捨てたのに……今の契約者のためなら……ずいぶんと……頑張るじゃないか。君にとって……父さんは……ただの契約者以下なのか?」

「それは違う! ドゥークスは他の人間とは違った。それは今の契約者を含めても、だ」

「でも……今の君の頑張りは……契約精霊の範囲を超えて……父さんよりも大切にしているじゃないか」

「!?」

 やっと土の大精霊にも、少年の言い分が理解できた。

「それだけ、ドゥークスの死は重かったのだ」

 ぽつりとオブスタンティアは言う。

「老化や病、戦、事故での死ならば何度も経験していた。だが、安全であるはずの場所での死、当人でさえ危険を予知できない状況での殺害だ。私を呼ぶ必要を感じなかったほど、死は突然だった。それがこたえて、もう契約者を力の届かない所で失うのが嫌になったのだ」

「君が付いていたら……父さんも……母さんだって……」

「それは……そうかも知れぬが、今さら仮定を言っても仕方あるまい。危険は予測できなかったのだ」

 ルークスはグラン・ノームにすがりつき、身を持ち上げる。

「君だけだ。あの時……あの時、父さんと母さんを助けられたのは……君だけなんだ!」

幼子おさなごのような事を言うな」

「なんで……なんで父さんに付いていてくれなかったんだ!」

 ルークスは拳をオブスタンティアにぶつける。力が入らず、よろめいた弾みで当たったようなものだ。

 半ば支えられながら交互に拳を打ち付け、泣き崩れる。四つん這いで泣きわめいた。

 らちが明かないと嫌気を見せたグラン・ノームに、ウンディーネが語りかける。

「幼子なのよ。両親が殺された五才のとき、ルークスちゃんはあなたに、そう言いたかったのよ」

 そっと少年に寄り添う。

「言えなかったから、ルークスちゃんの時間は止まったままだったのね」

「何だと――?」

 オブスタンティアは嗚咽する少年を見下ろす。

 浮いたままインスピラティオーネが首を振る。

「そうか。初めてなのだな、九年前の当事者と会うのは。幼い心に押し込めていた感情が、噴出してもやむを得まい」

「今さら言われても――過去は変えられない」

「そうだな。そなたが罪を犯した過去は変えられない」

 グラン・シルフの物言いに、オブスタンティアは不快になった。

「何を指して罪だと?」

「契約者を守れなかった、それは無能ではあるが罪ではない。だが、両親を失ったルークスに、説明をしに来なんだ怠慢は罪ではないか? 彼がどれだけ心を痛めていたか、この姿を見ればわかろう」

「無理を言うな。ドゥークスの死を知ったのは、つい最近の話だ。今の契約者に呼ばれるまで、精霊界にいたのだから」

「待機を指示した人間が一方的に契約を消滅させた。その時点で死亡を推測できそうなものだが」

「推測はしていない。一方的に契約を解消されて、腹を立てていたのだ」

「ならばそうした事情を、なぜ今に至るまで説明せなんだ? 今回の契約が昨日という話でもあるまい」

「今の契約者を置き去りにして、遠方になど行けるものか。第一、ルークスの事情など知らなかった」

「ルークスがどれだけ悲しんだか、程度は通りすがりのシルフに聞けば分かることだ。大概のシルフはルークスを知っておるぞ」

「そこまでルークスが風精に好かれていると知ったのは、もっと後だ。名前は聞いていたが、ドゥークスの子とは思わなかった。同一人物と知って驚いたほどだ」

「待てオブスタンティア。するとルークスの風精との相性は『生まれつきではなかった』と言うのか?」

 インスピラティオーネの問いかけに、オブスタンティアは驚くべきことを言った。

「断じて、以前は今ほど風の気質ではなかった。土精との相性が悪かったゆえ、風精との相性が良いだろうと思った程度だ。もし今ほど風に偏っていたなら『前例のない人間』と認識したはずだ」

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