師団戦

 帝国軍第七師団の師団長やゴーレム連隊長、そして全ての将兵が息を飲んだ。

 何が起きたか、理解できなかったがために。

 パトリア王国の新型ゴーレムは、自軍の右横を迂回すると思われた。

 二列横隊のクリムゾン・バーサーカーと距離を置いてすれ違う瞬間――

――時間が飛んだ。

 そうとしか考えられない事態が起きている。


 新型ゴーレムがバーサーカーに槍を突き刺していた。


 距離を詰めるどころか、向きを変えるそぶりも無く走っていたのに、次の瞬間は後列右端のバーサーカーに横合いから槍を突き刺していたのだ。

 気が抜けた音がしてバーサーカーの兜が宙に舞った。

 左腕がもげて落ち、轟音を立てる。

 遅れて兜が地面に落ちて跳ねた。

 次いでバーサーカーが横に倒れ、地響きが周囲を揺るがし砂塵を巻き上げる。


 帝国軍の全将兵は驚愕のあまり思考も行動も止まり、呆然となってしまった。

 目にも留まらぬ早技、しかも一撃でゴーレムが破壊されたなど、あまりにも非現実的で信じられなかった。


 人間が停止してもゴーレムは止まらない。

 事前に受けた指示どおり動いた。

 破壊されたバーサーカーの前にいた僚基は、危険範囲内に「グラン・ノームの影響にないゴーレム」を認識、足を止めた。

 左隣にいた第二小隊のゴーレムも同様に止まり、他は前進を続けている。

 そのとき既に、一列目にいた僚基の右脇に槍が突き刺さっていた。

 槍が描いた炎の軌跡だけが、何が起きたかを説明した。

 大音響を轟かせ、二基目のバーサーカーが崩れた。


 ゴーレム連隊長が我に返り、声を裏返した。

「第二大隊迎撃せよ! 第一大隊は間隙を埋めよ!」

 その命令は三基目のバーサーカーが撃破された轟音と、帝国兵の悲鳴に飲み込まれてしまう。

 兵たちは理解した。

 自分たちを守る無敵の壁が、崩れ始めたことを。

 兵たちは恐怖した。

 ゴーレムの次は自分たちの番だと。

 連隊長が再度命令する間に、四基目が倒れる。

「バカな! 情報と違うではないか!?」

 連隊長は絶叫した。

 彼らが知っている情報は「新型ゴーレムは一撃でゴーレムを破壊できる。ただし、かなりの間を要する」であった。

 ソロス川の攻防戦で同盟国の観戦武官は、パトリア軍本陣近辺にいた。

 リスティア軍ゴーレム部隊が迫ると、いち早く河川敷から撤退したのだ。

 そのため彼らが見たのは、松明たいまつで穂先をあぶる作業を挟んでの戦闘だった。

 魂を得たサラマンダーがもたらした連続撃破の光景は目撃していない。


「新型ゴーレムの戦闘力は、報告を遥かに上回る」

 そうゴーレム連隊長が認識したとき既に、バーサーカーが六基も撃破されていた。

 同盟国では二個小隊分だが、帝国軍は二基で小隊を編制するので三個小隊になる。

 ここに至りゴーレム連隊長は敵の意図を察した。


 端から順に倒している。


「バーサーカー全基で仕留めろ!」

 ゴーレム連隊長の命令に歩兵師団長が悲鳴をあげた。

「それでは師団本部が無防備になるではないか!?」

「敵は指揮系統の分断をする必要がない! 我が軍が大王都に着く前に、全ゴーレムを仕留める気です!!」

「そんな事ができるはずがない!」

「現にやっていますっ!!」

 帝国軍にはまったくの想定外であった。

 圧倒的少数、かつ速力は勝るが防御力が脆弱な敵が、最強部隊に正面からぶつかってくるだなんて、軍事的にあり得ない。

 少数が多数を制するには「弱点を突く」のが鉄則だ。

 今回なら、指揮官を狙うのが最適解のはずである。

 そうした戦術の常識が覆され、対応以前に思考が追いつかなかった。


 一方のルークスは、予定通り「敵ゴーレムの破壊」をやっていた。

 最短距離を進み、盾に守られていない右側から順番に片付けているに過ぎない。

 ヴラヴィ女王に言ったように、帝国軍が罠を仕掛けることは考えていた。

 だがいかに帝国軍が間抜けでも「自分たちの進路に罠をしかける」まではしないはず。

 何しろ最強の剣であり盾でもあるゴーレム部隊が前にいるのだから。

 そしてイノリならば、その盾を正面から砕けるのは実証済み。

 しかも一見無謀な正面攻撃も、ルークスなりに「敵の弱点」を突いたものなのだ。


 兵たちの心という弱点を。


 たった一基のイノリで万の兵を押しとどめるのは不可能だ。

 だが、逃げるように仕向けることはできる。

 兵たちの頼みであるゴーレムを破壊することによって。


 イノリが十基目を撃破したとき、ルークスは気付いた。

 敵ゴーレムが立てる地響きのリズムが変わったことに。

 バーサーカーの列が乱れはじめた。

「コマンダーが指示を出したな」

「主様『敵指揮官が全基による攻撃を命じた』とシルフが申しております」

「らしいね。じゃあ予定どおりに」

「承知」


 帝国軍右翼の兵たちは、自軍のゴーレムが一方的に破壊される様を目の当たりにしていた。

 士官が叱りつけるも、兵たちの動揺は収まらない。

 ゴーレムが撃破される度に、轟音と地響きが起きる度に悲鳴があがる。

 追い打ちとばかり、突然の強風が帝国軍の正面から吹き付けてきた。

 砂塵によって将兵は前が見えなくなる。

 ゴーレムコマンダーも例外ではなく、自己の御するゴーレムを見失った。


 ゴーレムを自律行動に戻させ、ルークスは「片付け」を継続する。


 その度に起きる轟音や地響きが、視界を失った兵たちの精神を削りとった。

 そして限界を迎える。

「逃げろ!」

 誰かの叫びが引き金となった。

 兵たちは算を乱して逃げだす。

 第七師団の右翼端から始まったパニックは横隊に伝播していった。

「逃げるな! 貴様ら!」

 士官が叫んだところで、視界と同時に意思疎通も失った兵たちは止まらない。

 全てのゴーレムが破壊されるのは時間の問題に見えたし、その後で新型ゴーレムが自分たちを踏みにじるのは確実に思えた。

 しかも敵は軽量型ゴーレムどころか、馬より速く走れたのだ。

 人間の足で逃げ切れるわけながい。

 生き延びる道は一つ、部隊から離れること。

 暴風で上官の声も聞こえづらいので、口々に「逃げろ!」と叫びながら走る。

 逃げる先は、唯一視界が確保できる風下、つまり後方だ。

 政治将校が指揮する啓蒙隊こと督戦隊も、吹き付ける砂塵で目も開けていられない。

 兵たちは彼らの間をすり抜け後ろへと逃がれた。

 さすがに政治将校も気付いた。

「後ろに向かって射よ!」

 啓蒙隊員は風下に向かい、逃げる自軍兵の背中を弩で狙った。

 その動作は、啓蒙隊の脇を通り抜けようとする兵たちの、目の前で行われたのだ。


 今横を通ったら射られる!


 恐怖に駆られた兵は、目の前の啓蒙隊員を突きとばし、殴り、蹴り、踏み越えた。

 驚いて振り向く政治将校も殴られ、蹴られた。

 恐慌状態の兵たちは、倒れた者の姿など目に入らない。

 お陰で世界革新党員たちは暴力からは逃れられたが、闇雲に逃げる兵たちに何度も踏まれ、蹴られた。

 兵たちが逃げる先、啓蒙隊の後ろには軽量型ゴーレム、クリムゾン・レンジャーの横列があった。

 行動範囲に味方兵が入ったので停止している。

 啓蒙隊を蹂躙した逃亡兵たちは、その足下を走り抜けた。

「奴らを逃がすな!」

 師団長からの要請を受け、ゴーレム連隊長は「逃亡阻止」をレンジャー中隊に命じた。

 中隊長は各コマンダーに命じる。

「逃げる兵を踏み潰せ!」

 コマンダーがいる本陣からは、最後尾の軽量型ゴーレムは砂塵で霞み、逃亡兵は人垣に阻まれて見えなかった。

 だが命令された以上、ゴーレムを動かすしかない。

 コマンダーたちは地面に手を着き、土を介して契約ノームに指示した。


 足下の味方兵を殺せ、と。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る