窮地

 ルークスは火炎槍を下に向け、イノリの右足首を掴んでいるレンジャーに突き立てた。

 背中の土が破裂して骨が露出する。

 それでも敵の手は離れない。

 人間と違ってゴーレムに痛覚は無いのだ。

 しかも機能する部位だけでもノームは動かせる。

「右膝から切り離して!」

 ルークスの指示にウンディーネは素早く対応、膝下を切り離した。

 抵抗が消えたイノリは前に倒れ込む。

 ルークスは火炎槍を手放し両手を着き、地面を転がり素早く場所を移動した。

 たった今までいた場所が戦槌に抉られる。

「ルークスちゃん、足は直したわ」

 イノリは立ち上がり、素早く動いて敵の包囲を脱した。

 生命の危機に続く激しい上下動、ルークスは心身ともに振り回された。

 それでもイノリは背中から予備の火炎槍を抜く。

「カリディータ、穂先を熱してくれ!」

 息を乱すルークスをリートレが気遣った。

「ルークスちゃん、仕切り直しましょう」

「ダメだ! レンジャーと相性が悪いと教えてしまう。まだ脛当てと火炎槍を一本無くしただけだ。インスピラティオーネ、武具を見失わないようにシルフに見張らせてくれ」

「承知しました。主様、ここは――」

「倒れているレンジャーにも気を付けないとだな。厄介だ」

 まだ一基も撃破できていない。

「ルールー、大丈夫ですか?」

「僕は大丈夫だ!」

 声のあまりにも大きさに、ルークス自身が驚いた。

「ごめん、ノンノン。僕は大丈夫だ」

 ちょっと思い通りにならなかっただけで、何を狼狽うろたえている?

「落ち着くんだ。まずは――深呼吸だ」

 敵から距離を取りつつイノリは外周を回る。

 火炎槍を松明たいまつのように掲げて。

 レンジャー部隊の向こうでバーサーカーの影が動いて見える。

「そうか。レンジャーを急ぐ必要はないんだ」

 ルークスは突破口を見いだした。


 イノリはレンジャーの群れに突進。

 敵の接近を認めたノームたちが次々と攻撃に入る。

 だが両手で戦槌を持ち上げたとき既に、イノリはレンジャーの集団を通り抜けていた。 

 そしてバーサーカー部隊に突入する。

 そこからはソロス河畔かはんの再現となった。

 鈍重なバーサーカーを火炎槍で次々とほふってゆく。

 厄介なレンジャーは、バーサーカーが邪魔でイノリに近づけない。

 しかもバーサーカーそのものだけでなく、残骸もレンジャーを阻んでくれた。

「乗り越えを禁じられているのか、性能的に無理なのか? どちらにせよありがたい」

 バーサーカーを半数も撃破したところで、ルークスは強風を止ませた。

 帝国軍の将兵が月明かりの下に見たものは、累々と転がる自軍ゴーレムの残骸と、そのただ中に屹立する、銀色の甲冑を着けた女神のごときゴーレムだった。

 恐怖に駆られた帝国兵が悲鳴をあげて逃げだす。

 足止めにバーサーカーを残したが、有り難いことにレンジャーは連れて行く。

「どの方角に逃げている?」

「西です、主様」

「帝国方面か。なら急がなくていいか」

 大破してなお動いていたレンジャーが次々と止まった。

 ゴーレムを放棄してノームを呼び戻したのだ。

「放棄されたゴーレムはリスティア軍に進呈だな」

 ルークスの残るバーサーカー十数基に向きなおった。


                  א


 連日深夜に起こされ、帝国軍のゴーレム師団長アロガン将軍は怒り心頭に見えた。

 副官のサーヴィターら師団の幕僚も、不機嫌な顔を宿の居間で付き合わせている。

 シノシュはテーブルに広げられた地図に刺したピンを、次々と抜いていた。

 グラン・ノームの報告に従って。

 オブスタンティアに起こされたシノシュがテーブルに着いた時既に、北の軍港から進発した部隊のゴーレムは十基以上撃破されていた。

 しかも全てバーサーカーだ。

 損害がバーサーカーの半数に達したと思ったら、レンジャー六基が一気にやられた。

 そしてアロガン将軍が来るまでに、三十基のバーサーカーは全滅していた。

 その間に残存レンジャーが西に少し移動した。

 すると一基、また一基とノームが抜けてゆく。

 西に少しずつ移動するに従い一基ずつ脱落しているのだ。

「追撃されているのか」

 師団長がうめくように言う。

 恐らく敗走している。

 そして迫り来る敵の足止めに、レンジャーを置いているのだろう。

「寝込みばかり襲いおって、卑怯者が!」

 アロガン将軍の罵倒をシノシュは無視した。

 昼間行軍して疲れている敵を夜襲するのは、戦術として王道と言えよう。

 特に、少数が多数を攻撃するなら、視界が悪い夜は打ってつけである。

 五十基のゴーレム全てからノームが戻ると、師団長らは深くため息をついた。

「何と言うていたらくだ。敵を大王都に封じ込める部隊が壊滅とは」

 壊滅したのはゴーレムだけだろうが、シノシュは黙っている。

 しかも何基かは放棄されただろう。

 回収されたら敵の戦力になってしまう。

 大王都には一個連隊百基が向かっているが、そのどれだけが敵の戦力にされるやら。

(新型ゴーレムに加え鹵獲ろかくゴーレムまで加わった敵軍に、残り二百で勝てるか?)

 呼び戻している先鋒部隊のゴーレム百基は全てレンジャーなのだ。

 ゴーレム師団「蹂躙じゅうりん」には現時点でバーサーカーは八十基しかない。

 一応切り札があるが、新型ゴーレム相手にどこまで通じるか未知数だ。

(パトリアの新型ゴーレムは、本当に単独で戦局をくつがえせるのだな)

 ゴーレム師団が、征北軍が敗北するのは時間の問題に思えた。

 北上中の連隊を戻さない限りは。

 だがそんな真似をしたら、政治将校が何を言うか分かったものではない。

 それ以前に、師団長にその気はなかった。

「第九十七連隊に連絡しろ。不寝番を欠かさず、奇襲される隙を作るな!」

 アロガン将軍は眼を血走らせ、息を荒らげている。

(まさか戦闘集団が全員寝ていたとでも?)

 厳重警戒をしてなおゴーレムが一刻たらずで全滅した、とは考えられないらしい。

(このまま敗北へ一直線か)

 シノシュは考え込む。

 そのとき師団長はどうするか、を。

 敗戦の原因は、全軍反転を妨げた政治将校の横槍だ。

 だが帝国史上ただの一度も政治将校が敗因となったことはない。

 輝ける世界革新党の歴史に一点の曇りも許されないのだ。

 当然、他の者が責任を負わされる。

 総指揮官であるホウト元帥はゴーレム師団に責任を負わせるだろう。


 となれば、師団長は責任をシノシュに押しつけるに違いない。


 どれほど無理筋だろうと、そうする以外に自分が助かる道がないのだから。

 他に作戦全体に関わる大衆はいないのだから、シノシュが生け贄にされるのは確実だった。

(最悪のシナリオだ!)

 敗戦の罪の重さは、非革新的な発言や市民への無礼の比ではない。

 敵の内通者として死刑は確定だ。

 それを回避するには、第九十七連隊を呼び戻す以外にない。

 しかし大衆のシノシュが、市民の決定を覆すなど不可能だ。


 シノシュに残された道は「敗北の度合いを減らす」しかなかった。

 連座させられる家族を少しでも減らす、それしかない。

 だが市民に口だしできない大衆には、それさえ不可能事だった。

(無理でもやるしかないだろう……)

 両親は理解してくれるはず。

 祖父母も文句は言うまい。

 幼い弟妹を助けるためには「自分たち五人が死ぬしかないのだ」と。

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