その名はイノリ
鎧が揃うまで体を休める以外やる事もない。ルークスは精霊たちを粘土山に戻してゴーレムを作らせ、帰宅して寝ていた。
「インスピラティオーネから、鎧が出来たってさ」
と、シルフの娘フォラータに起こされたときはもう夕方だった。
「酷い汗ね」
彼女はルークスに風を送ってくれる。
「嫌な夢を見ていたんだ」
夢の中でルークスはゴーレムになり、大型弩の矢で胴を貫かれたのだ。自分の中の「ルークス」が死んでしまったので、悲しみのあまり泣き声をあげたが涙は出なかった。
何やら不吉ではあるが、夢のお告げは信じないルークスである。
何しろ両親の死を事前に夢見ていないのだから。
工房へ行くと、ゴーレムは銀色の鎧に包まれていた。
アルタスが下手なしゃべりで説明する。
「浸炭させて、固くしている。こいつは衝撃を受けとめるでなく、先端を滑らせる鎧だ」
浸炭は鋼鉄に炭素を加える焼き入れ法だ。硬化するのは表面だけで、内側は柔らかいままなので割れやすくならない。
胴体を守る鎧は膨らみある曲面で構成され、パトリア王国の紋章が描かれてある。長い肩当てと腰垂れで、上腕と腿をある程度カバーしていた。
左右の前腕当ては外側だけが金属で縦に細く線状に膨らみが何本もあった。内側は何本もの革バンドで留められている。軽量化と、衝撃で潰れるのを防いでいるのだ。両方に小さな膨らみある円盾が付けられてある。強い力を受けると外れて衝撃を逃がすそうだ。
上腕当ても前腕当てと同じく外側だけで内側は革バンド、縦線補強がされている。
脛当てと、腿当ては前側だけで、後ろが革バンドである事と縦線補強されている点は腕と同じだ。
兜は頭頂部が尖り打撃を逸らせる形だ。面覆いは無く、顔は出ている。
ゴーレム自体に敵の攻撃を受け止める力が無いので、切っ先を逸らせ、ある程度潰れたり外れたりすることで衝撃をやわらげる鎧だ。
七倍級の女性像が白銀の鎧に身を固めた姿に、人々は感嘆していた。
長柄を付けられた火炎槍は三本できていた。一本を手に、二本は背中の受けに差してある。その受けが、背中の増加装甲にもなっていた。
腰の後ろには予備武器の短剣が横に差してある。
そして松明を入れた袋を腰に付けていた。
ゴーレムの準備は万端だ。
「ルークス」
アルティが緊張した面持ちで歩み寄る。
彼女の後ろでは三人の友人たちが拳を握りしめて、小声で声援している。
これでお別れになってしまうかも知れない、そう思ってアルティは覚悟を決めてきた。
想いを伝えるのだ、と。
だが、いざルークスの顔を見ると、決意が挫けてしまう。
これから戦場に向かう男の子に、余計な事を言って混乱させやしないか、心配になった。
だが今を逃したら、二度と機会は無いかも知れないのだ。
でも、ルークスに負担をかけるくらいなら我慢すべきではないか?
アルティはなおも迷った。
(想いを伝えるなんて、結局自己満足だよね?)
最後の最後でアルティは目を逸らせた。
「ところで、このゴーレムは何て呼ぶの?」
後ろで友人たちが拳を振り回し頭を抱えて、声にならない叫びを上げている。
妙な事を聞いてきた、とルークスは思った。
「ゴーレムはゴーレムだけど」
「そうじゃなくて。ほら、ゴーレムってノームの名前で呼ばれるでしょ?」
「ああ、そりゃノーム一人で一基を動かすからね。でも、三人なんだ」
「だから、何て呼ぶのかなあって」
「うーん、そうだね」
言われてみれば必要と思えた。取りあえず三人の頭文字を並べてみる。
「ノ、リ、イ。ちょっと違うな。リ、イ、ノ。イ、ノ、リ。ああ、イノリかな」
「ごめん。私変な事を言ったね」
「イノリで良いじゃないか」
オロオロするアルティは、押しつけるようにバスケットを差しだした。
「これ、夕飯ね」
「ありがとう、何から何まで」
受け取ったルークスは、軽く言った。
「じゃ、行ってくる」
「い、行ってらっしゃい」
アルティはぎこちなく答えた。
何か足りない気がするが、ルークスには思いつかない。
しかし時間も心配なのでルークスはイノリをしゃがませ、その手に乗る。
そのときゴーレムが口を開いた。
「主様、皆心配しております。安心させる為に何か言うべきかと」
「ああ、そうか。敵ゴーレムをやっつける事しか頭になかった」
足りないと感じたのは、それだった。ルークスは改めて見送る人々に向き直る。
「心配しないで。僕は大丈夫。友達が守ってくれるから」
「主様、それでは足りぬとリートレが言っています。主様の目的はゴーレムを倒す事でも、無事な帰還もまた目標でなければなりますまい」
「そうか。じゃあ、きっと無事に帰ってきます!」
そしてイノリを立たせた。
「ルークス!! 必ず帰ってこい!!」
アルタスが大音声を発すると、人々も歓声で見送った。
ルークスはイノリの手の上に乗ったまま歩かせた。町を出て人の目が無くなったら中に入るつもりだ。
前回の寂しい出陣とは正反対で、ルークスは大勢に見送られて戦場へと向かった。
イノリの姿が遠のくと、アルティが膝から崩れた。友人たちが支えるも、泣きじゃくる。最後まで笑顔で見送れたのだ。
「よく我慢したっす、アルティ」
「大丈夫ですよ。ルークスは必ず無事に帰ってきますから」
「ルークスの奴、なんでアルティに特別な一言くらい言わないんだ!?」
それはルークスが「自分がアルティの特別である」事を知らないからだ。
悪いのは、想いを伝えなかった自分なのだ。
自分を責めるアルティを元気づけるためヒーラリが眼鏡を光らせた。
「大丈夫ッすよ。私のシルフを付けたから、ルークスの状況は分かるっすよ」
「え? でもいつ戻しますの? まさか――」
クラーエが言葉を切るほど、それは聞いてはいけない質問だった。
「決まっているじゃないか! ルークスが敵のゴーレムを全部やっつけて、戦争に勝った時だ!」
暴走ポニーの元気な声が、アルティを含めフェルームの住民たちを力づけた。
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戦場に向かって走るイノリの中で、ルークスは精霊たちに語りかける。
「不思議だな。今日は恐いと感じない」
その声はインスピラティオーネが口内の水膜を震わせて、火炎槍の松明の火にいるサラマンダーにも伝える。
「大勢の人間が主様を見送りましたからでは?」
「初めての戦いを乗り切って、ルークスちゃんも自信が持てたんじゃないかしら?」
「ルールーが頑張ったからです」
「そうだね。今日は寂しくなかったし、戦いも知って、その反省も踏まえて準備もやるだけやったと思う。それに、沢山の人が手伝ってくれた。だからかな。自惚れとは思わないけど、負ける気がしない」
外で声がした。
「当たり前だろ。このカリディータ様がいるんだ。敵のゴーレムなんか全部、ぶっ壊してやるぜ」
サラマンダーの言葉がルークスの腑に落ちた。
「そうか。やっと分かった。何故前回恐かったのかが」
前回はいなかったからだ。共感者が。
ルークスはノンノンとリートレ、インスピラティオーネの三人に戦わせる事を嫌っていた。自分が操るにしても、戦いたくない精霊を使っている事が心の重荷になっていた。
そこに四大精霊の中で唯一、攻撃の意志を持つサラマンダーが加わった。
戦う意思を共有できる友達が共にいるのだ。
「今の僕には、しっかりした土と、やらわかい水、自由な風に加えて、強い火がある。だから恐くないんだ」
「なるほど、四属性が揃いましたな」
「アルティには感謝してもしきれないな。カリディータの力を借りられるようにしてくれて」
「そうかそうか。そんなにあたしが頼りになるか」
「ああ。敵と契約したノームには気の毒だけど、ゴーレムを全部壊してしまおう」
「任せろ!」
サラマンダーは誇らしげに火の粉を散らす。
炎の軌跡を残して夜の道をイノリはひたすら走った。
戦場へ、ソロス川へ向かって。
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