フォルティスの稽古

 馬蹄の音が町外れの粘土山に近づいてくる。

 級長のフォルティスが馬で来たのだ。騎士の家系だけあり馬の扱いは慣れたもの。容姿も相まり様になっていた。

 鞍から降り馬を繋ぐ。

「ルークス、起きたな」

「今は何を言っても聞こえないわ」

 アルティが呆れた風に言う。

 ルークスは地べたに胡座をかいて絵や字を地面に書いている。火炎槍の使い方を考えるのに夢中なのだ。

「聞いてもらう。敵の情報だからな」

 フォルティスはルークスが地面に描いている絵の上に地図を広げた。

「ソロス川北岸に昨日、ゴーレム連隊を含む敵先鋒部隊が到着。ゴーレム百二十五に兵四千。今日午後には本隊が到着して総数二万三千になる見込みだ。先鋒部隊の兵が周辺で木を伐採している。夜陰に紛れて渡河する腹だろう。これを向かえ撃つ我が軍はゴーレム三十八に、君が鹵獲した十五が増援で向かっている。兵数は軍事機密だから推定で五千から八千。騎士団など少数が対岸に残っている可能性がある。さて、君が敵指揮官ならこの川をどう渡る?」

「ゴーレム三十、続いて兵三千で昼間に渡河」

 思考を遮られてもルークスは不機嫌にならなかった。瞬時に興味が戦況に移り、即答する。

「昼間だと?」

 一瞬、フォルティスは素人のルークスが当てずっぽうで言ったのかと思った。そのくらい、非常識だった。川を渡っている間は、弓の格好の的になる。

「ノームに自律行動させず、コマンダーが逐一指示を出すには視界が通る昼間だ。パトリア軍は上流を堰き止めているはず。三十のゴーレムで堰を切るかどうか二択。切れば二倍のゴーレムを残した状態で防衛の切り札を無くせるから、後は力攻めで渡河できる」

 川を堰き止めるなど軍事機密で公表されていない。それがあると思っているのはフォルティスも同じである。

「三十基は川の半ばから投石して、弩の操作兵と弓兵を河川敷から追い出す。そしたら歩兵三千も渡河を始めて、一緒に渡りきる。ゴーレム同士が戦っている間に兵は大型弩を奪い、それで敵ゴーレムを攻撃する」

「驚いた。君はゴーレムだけでなく軍事知識も相当なものだな。しかも発想が柔軟だ」

「ゴーレムの力を最大限発揮させるには必要でしょ。で、この橋を奪取できるかは、対岸からの指示でどれだけゴーレムを思い通りに動かせるかだ」

「説明しなかったが、そのインヴィタリ橋が唯一ソロス川でゴーレムが渡れる橋である事は知っているのだな」

「この国でゴーレムを動かす動線は頭に入っているよ。で、一人のコマンダーが一基を操る。状況によっては二十と、撃破された分を追加で送る。要はコマンダーの数だけ対岸に送るんだ」

「戦力の逐次投入だな」

 フォルティスが声を沈める。避けるべき戦術だが、そう指摘すると角が立つ。

「確かに下策だけど、五十基を一度に出して濁流に呑まれるよりマシでしょ」

 事実を指摘されても感情を害さないのはルークスの美徳である。フォルティスは安心して質問できた。

「それなら一人で複数を操って、一基にぶつける方が有利ではないのか?」

「普通ならね。でも目的は橋の確保だ。敵を撃破できなくても、橋を確保して残りを通せれば勝てる。その為に渡河部隊は敵を撃破するより突破すべきだ。陽動やフェイントはノームでは難しいし、それをやられたら引っかかる」

「なるほど。だから一人一基か」

「それを踏まえて防衛側は敵の撃破じゃなく、橋の防衛を優先しないと。極端な話、大型弩を全部失っても、橋を守り切れば敵の渡河は防げる。逆に、渡河したゴーレムを全基撃破しても、残りが橋から雪崩れこまれたら突破される」

「しかし敵ゴーレムを撃破できなければ、いくら橋を守っても結果は同じではないか?」

 大型弩を失えば、あとはゴーレムの数が勝敗を決める。そして敵は二倍半もいるのだ。

「渡河したゴーレムは僕が全部やっつけられそうだよ」

「本当か?」

「その為には、僕が火炎槍を使えるようにならないと」

 新兵器の名称に戸惑うフォルティスに、アルティが説明する。

「威力は十分だけど、サラマンダーが必要だし、松明を付ける手間もある。それに、まだ一本しか無いの」

「それで敵のゴーレムを倒せるのだな?」

 アルティは粘土の残骸を指した。

「火炎槍の使い方をルークスが覚えたとして、それをゴーレムに教えるのはどうする? 見せるだけで十分か?」

「僕が乗って動かす」

「動かす、だと?」

 ルークスが水繭の中で操る、との説明を聞いたフォルティスは額を押さえた。

「信じがたい。いや、疑っているのではない。常識を覆されたので理解に手間取っているのだ。それより、その様な事は秘密にしないと危険だ。私が敵国なら、真っ先にルークスの命を狙う。単基で二十基に勝ったゴーレムにグラン・シルフ、二つの脅威を同時に排除できる」

「ああ、そうか」

「私は父さんたちを口止めしてくる」

 英雄が暗殺されたらどうなるか、ルークスの父親で痛いほど分かっていた。

 アルティが去ると、フォルティスが提案した。

「学園に来たまえ。君に槍の使い方を教えよう」


 学園の練習場でルークスは、長い棒の先にクッションを巻いた「槍」を、フォルティスから持ち方から教わった。

 両順手で右は柄の中程、左は柄の尻を握る。右足を踏み出し上から突き、下から突き、腰のひねりを加えて横から突く。前の手を逆手にして、全身の力を使って突く正面突きが一番力が入る。

 左右の手を替えて上から、下から、横から突いて、左手を逆手にして正面突き。

 攻撃が終わると防御の動き。 

 相手の武器を柄で逸らせるのだ。

 元より武器を持つのに両手が必要なので、両手武器の槍は都合が良い。戦槌の柄に穂先が付くのでリーチが長くなるのも利点だ。

 ルークスは自分らの動きを精霊たちにも見せた。特にノンノンが覚える事が重要だ。


 ルークスが基本動作を覚えると、フォルティスは防護具を着けた。右手に戦槌、左手に盾を持つ。

「狙いは脇の下と襟元。鎧を避けて突く動きを覚えろ」

 他の生徒が見守る中、二人は練習を始めた。最初フォルティスがゆっくり動きながら、どこに隙ができるか説明して、そこをルークスに突かせた。

 やってみてすぐ、左脇は盾のせいでほぼ狙えないのが分かった。

 襟元も、正面からでは上から突きでも角度が浅く、刺さっても首を分断するくらいだろう。敵が前のめりにならないと、胴体中央にある核は破壊できない。

 敵が転べば正面突きを後ろ襟から突き入れられる。

 色々試した結果、右から振られた戦槌をかわして右に回り込むと、右脇に横から突きを入れやすいと分かった。

 何回か繰り返したあとで、フォルティスは少し動きを速めた。

 繰り返し練習して、ルークスが動きに慣れたところでさらに速める。

 そうやって動きを覚えたところで、本番を始めた。

 打合せせずフォルティスが打ちかかり、それを避けてルークスが反撃する。

 防護具を着けていないのでルークスは身軽に動けるが、突いても防護具ばかりで中々鎧の隙間が狙えない。

 それに、フォルティスの動きが遅い。

「もっと速い方がいいんじゃない?」

「ゴーレムならこの位の速さではないか? この程度をかいくぐって攻撃を当てられないなら、速めても意味なかろう」

「ゴーレムはゆっくりだけど、動きを途中で止められないよ」

「そうか。重い分慣性が働くからな。だが速めると、当たったら痛いぞ」

「防護具の隙間を突かれる君も痛いだろ?」

「なるほど。承知した」

 フォルティスの振りが速まった。風切り音が鳴る。その分、一回ごとに振り切るので、隙は大きくなった。

 何度か攻撃するが、防護具の上だ。

 右から振られた戦槌を左に踏み込んで避け、右脚の踏み込みと同時に体をひねって横から突き。右脇の防護具が無い所に当たった。

「ぐ!」

 さすがに痛いようで、フォルティスがうめいた。

「良し、今のは良い動きだ。続けるぞ」

 当たると痛いのはフォルティスだけではない。防護具を着けていないルークスはどこに当たっても痛い。特に、クッションが付いていない柄が当たると。

 右上からの攻撃を避けそこねて柄が左肩に当たり、左腕が痺れて槍が握れない。

 一時中断してリートレの治療を受けねばならなかった。

「防護具を着けた方が良いのでは?」

 フォルティスは勧めたが、ルークスは首を横に振った。

「僕が着けると普通のゴーレムより遅くなる。遥かに速く動けるんだから、再現しないと」

 痛みが治まると練習再開だ。


 フォルティスは自律行動のパターンを組み合わせている。その全てを知っているルークスだが、どのタイミングでどれが出るか、それだけで苦戦を強いられた。

 実際に戦ったゴーレムより、フォルティスは強敵である。

 人間の状況判断能力がノームに勝るとは思わない。

 違いは戦う意思の有無だろう。

 ノームは契約者に言われたから「相手のゴーレムを叩く作業」をしているだけだ。戦いたいとも、相手を倒そうとも、勝とうとも思っていない。

 対してフォルティスは勝ちに来ている。

 さらに二手先、三手先を読んでいるので、ルークスはゴーレムの行動パターンを全部思い返さないとならない。


 ゴーレムの行動パターンは出尽くしたと言われている。

 最適化されているので、後はそれを誘導して隙を作るのがゴーレム戦の戦術である。

 初撃前の投槍攻撃がその一つだ。相手に防御をさせ直後に攻撃をすると、そのまま防御を優先するので敵の反撃が弱くなるのだ。

 ただ戦槌で叩き合うと、相手のどこに当たるか、どう体勢が崩れるかは不確定なので戦術を入れる余地がない。

 それをルークスは「逐一コマンダーが指示する」事でノームに優越できると発案した。

 そしてルークスのゴーレムは、直接ゴーレムライダーが操作するのでかなり優位に立てる。

 皮肉にも「いかに人間の指示を減らしてゴーレムを動かすか」を工夫した男の息子が「いかに人間が細かく指示してゴーレムを動かすか」を考えていた。

 ドゥークスは軍人として戦力の均質化と効率化による全体の底上げを求め、ルークスは技術者として確立された技術への対抗法を考えている故に。

 そして精霊を人間側に引こうとした父親は精霊側に行き、精霊側に行こうとした息子の側に精霊の方が来たのだ。

 ただ、父と自分を比較するには十四才では幼すぎた。


 練習を続けるうちに、ルークスは柄で相手の攻撃を逸らせるコツが掴めてきた。

 ただ避けるより攻撃への繋ぎが早くなる。

 上からの攻撃を柄で右に払って逸らせ、無防備になった右脇を横から突き。

 右手で重量物を振り回すより、両手で軽い武器を使う方が手数に勝る事も分かった。

 加熱時間という足かせこそあれ、火炎槍は入れば一撃でゴーレムを破壊できる。

 ルークスの勝算に自信という裏付けができた。


 昼まで練習をやって、ルークスはヘトヘトになった。

「この位にしよう。後は体を休めてくれ」

 さしものフォルティスも息が上がっていた。汗を拭いつつ、道具を片付けに行った。

 木陰で休んでいるルークスに、アルティが弁当を持ってきてくれた。

「フォルティスに稽古つけられたんだって?」

「ああ。凄く疲れた」

「彼の取り巻きがもの凄く怒っていたよ。右脇の下が紫色になっているから」

「なんで怒るんだろ?」

 互いに了承した練習であり、痣ができたのはお互い様だ。しかも単なる鍛錬や娯楽ではなく、侵略者を倒す為の訓練なのだ。

 それを怒るなど、ルークスからしたら「敵側の人間」としか思えない。

「彼は偉いね。怒る子をなだめていたよ。『ルークスの戦力を高める事が、祖国を守る最大の貢献だ』って」

「ああ、取り巻きはそういう事が分からない人たちなのか」

 他人の行動目的を理解もせず、目で見た物だけで感情的になる人間はルークスには理解できない。

「それでフォルティスは『祖国防衛の為に将兵が命を投げ打っているのだから、この位の痛みは物の数ではない』ってさ。さすが騎士団長の息子よね」

「また騎士団か」

 嫌な名称が出たのでルークスはげんなりした。

「まだ拘っているの?」

 ルークスは昔から騎士団に良からぬ感情を持っている。直接それを言わなくても、態度が雄弁に語っていた。

「とにかく彼は味方だから、それだけは忘れないでね」

「ああ、それは知っているよ」

 フォルティスは全体の利益を考えて行動する、特別な人間である事は知っている。ある意味、ルークス同様に異分子なのだ。

 そして彼のように論理的に行動する人間は、感情で動く人間に比べたら遥かに理解しやすかった。

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