アルティの覚悟

 アルティはしゃくり上げ、立ち上がり、よろめきながら工房に入った。

 アルタスは鋼板を切る作業を続けている。

「父さん……せめて見送ってあげてよ」

「そんな暇など無い」

 娘に見向きもしない。

「冷たいよ」

「西の二十を片付けたら、次は北の本隊に向かうぞ、あいつは。それまでに鎧を一式仕上げにゃならん」

 アルティは雷に打たれたような衝撃を受けた。

 ルークスが勝つ、その可能性を考えもしなかった。

(そうだ。ルークスが勝てるかも……)

 アルティの心に希望が芽生えた。

 動く事もできない手の平サイズのゴーレムで、等身大ゴーレム二基を相手に決闘したとき、どうなった?

 今までルークスは何度も不可能を可能にしてきたではないか。常識を覆して。

「ルークスは、勝てるんだ」

 声に出すと、まるでそれが実現できるかのように思えた。

「勝つんだ。勝って帰ってくるんだ」

 胸が温まったのはしかし、ほんの一瞬だった。

 帰ってきても、またすぐ次の戦場へ行ってしまう。一桁も多い敵と戦う為に。


 約束を果たす為に。


 ルークス一人に戦わせて、自分が逃げるなどできない。

 大切な約束さえ覚えていない自分に、逃げ延びる資格などあるだろうか?

(でも、私が残った所で何ができる?)

 級長のフォルティスは「各々ができる事を考えろ」と言った。

 アルティは考えた。ルークスを助ける為に自分は何ができるか。

 一人では何もできないアルティは、どう考えても父親の手助けをするのが一番だ。彼を守る鎧、それこそ今一番必要な物のはず。

 だがしかし、サラマンダーと契約しただけのアルティは工房では戦力外だった。ゴーレムが使えないでは炉の番もできない。鋼板を均一に加熱するため、炉の奥まで薪を突っ込む鉄の棒は重すぎて人間の、ましてや少女の手に余るのだ。

 せめて作業ゴーレムが使えれば――

 アルティは自分の両頬をはたいた。

「何をためらっている!? 本気になれ!!」

 ルークスはいつだって本気だったじゃないか。本気を出さない人間が、その隣に並んで良いわけがない。

 アルティは工房の隅にあるゴーレム補修用の泥溜に駆け寄った。両手をぎゅっと握って呼びかける。

「土の精霊ノームよ。私の声に応えて。友達を助けたいの。力を貸して、お願い!」

 赤いとんがり帽子を被った小柄な精霊が三体、ぬぼぬぼっと泥から顔を出した。

「おや、いつもと様子が違うな」

「そうそう。いつもはもっと火だもんな」

「友達って誰の事だ?」

 どうやら常駐しているらしく、アルティを知っていた。ならば当然ルークスも知っていよう。

「あなたたちが嫌うルークスは大切な友達なの。今、とても危険な事をしようとしているわ。だから助けたい。お願い、力を貸して」

「風の坊やか。あいつは苦手だ」

「そうそう。いつも一緒のグラン・シルフが厄介だ」

「でもアルタスが可愛がっているからなあ」

「それと下位の土精、オムのノンノンも友達なの。彼女もルークスと一緒に、敵と戦うの」

「戦いは嫌だな」

「そうそう。人間は戦いが好きだから始末に負えない」

「ここは戦いが無いから居心地が良い」

「いいえ、父さんは戦っているわ。敵と直接戦うだけが戦いじゃない。物を作る事も戦いなの。私も、父さんと同じ戦いをしたいの。手伝いをすることでルークスを助けたい。でもそれはルークスだけの為じゃない。父さんを含め皆を助ける為にもなるの」

 ノームたちは互いに顔を見合わせている。

「お願い。私の友達になって。私の友達を助けるために。お願いします」

 勢いよく頭を下げた。

「で、誰と友達になりたいって?」

「そうそう。そのお願いは誰にした?」

「それが分からない事には話にならないな」

 そっとアルティは顔をあげ、三人のノームをそれぞれ見た。

 そして決めた。

「三人と。皆と友達になりたいの。一人でも多くのノームと友達になりたい。もちろん虫の良いお願いだって分かっているわ。でも、私にできるのは、それだけだから……」

 勢いを失い、声がどんどん小さくなってゆく。

 それを見たノームたちは笑った。

「欲張りだな」

「そうそう。本当に人間は欲張りだ」

「でもまあ、そういう欲なら聞いてやらんでもない」

 アルティには一瞬、理解できなかった。

「友達に……なってくれるの?」

 にやりと笑ってノームたちはうなずいた。

「ありがとう。本当にありがとう」

 アルティは一人一人と固く握手をした。

 こうしてアルティは三人のノーム、プルヴィス、サブルム、クァエストラスと友達になれたのだ。

「皆、ゴーレムは作れる?」

「昔やったな」

「そうそう。呪符さえあれば」

「お前に三基扱えるかの方が心配だ」

 棚の引き出しからアルティは予備の呪符を三枚引っ張りだした。

 工房の泥溜は補修用なので、三基も作る泥は無い。ノームたちを粘土山まで連れて行き、そこで各々等身大ゴーレムを作ってもらった。

 そしてアルティはゴーレムを三基引き連れ工房に戻った。

「さあ父さん、手伝える事は何でも言って」

 娘の申し出に唖然としたアルタスは、我に返るや怒鳴った。

「若い娘が残るなんてとんでもない!」

 しかしその程度では、覚悟を決めたアルティは引き下がらない。

「ルークスの鎧を作るんでしょ。私を説得している暇なんて無いわよ。さっさと指示を出しなさい!」

 ただでさえ年頃の娘を持てあましていたアルタスは、炉の癖を見る作業をしている職人に「教えてやれ」と投げ、説得は妻に任せる事にした。


                   א


 ノンノンとリートレの連携が進み、ルークスのゴーレムはかなり早足で歩けるようになった。

 ルークスは今、背中の内側に貼りついた水繭の中にいる。その内側に呪符を貼ったので、高価な核は不要だ。

 リートレはゴーレムの目から入った光を水繭の内側に映し、ルークスに「外が見える」ようにした。またゴーレムの耳の奥に鼓膜を模した薄い膜を作り、それで拾った音を水繭の内面を振動させて再現しルークスに聞かせる。

 これでゴーレムの中にいても外の様子が分かるようになった。

 水繭の内面振動を精霊たちとの会話に利用できないか、思いついたのはルークスである。リートレはその期待に応えた。

 水繭の内側背面は表面が泥だ。泥の壁面から出っ張った腰掛けにルークスは座り、背後から伸びた腕で体を固定している。

 さらに別の腕が二本、肘掛けとして伸びている。これは必用に応じて手を覆い、自由に動く「操作腕」となって腕や指の動きをノンノンに伝えるのだ。

 土精と水精との協同でこのゴーレムは自律行動するだけでなく、ルークスが直接操れるようになっていた。

 今のルークスはゴーレムに乗っているだけのマスターではない。


 ゴーレムを思いのままに操る、ゴーレムライダーとなったのだ。


 こうして出陣の目処が立ったとき、ちょうどアルティが見送りに来た。

 ゴーレム実用化を成し遂げた喜びをルークスは語って伝えたのだが、何故か悲しい別れ方となってしまった。

「どうしてアルティは、心配すると怒るのかな?」

 ルークスがぼやくと、水繭の内面が振動してリートレの声を伝えた。

「ルークスちゃんが自分を大切にしないからよ」

 インスピラティオーネも同調する。

「このゴーレムに乗っておられるのがその証左ですぞ」

「仕方ないじゃないか。僕はドゥークスの息子なんだし、ゴーレムで戦わなきゃならないんだし」

「その『仕方ない』で割り切れないのが人間、特に女の子なのよ」

「あーもう、面倒臭い」

「主様、それは――」

「絶対にアルティちゃんに言っちゃダメよ」

「どうしてさ?」

「人間の男性は相手の行為に怒るけど、女性は言葉に怒るのよ」

「そうなのかな? まあ、そうなんだろうな」

 自分より遥かに長い時間、人間を見ていた精霊が言うのだ。一般論にせよアルティ個人にせよ、その判断は正しいとルークスには思われた。


 早足でゴーレムを進めながら、時折ルークスは自分で操った。

 リートレとの連携には及ばないが、ノンノンは頑張ってルークスの意図をくみ取ってくれる。

 大まかな指示は声で良いが、武器を振るのはルークスが手を動かした方が確実だ。

 リートレは芸が細かく、武器と同じ手応えを手を包む操作腕に再現してくれる。本当に武器を持っているかのように両手の相対位置が決まるし、戦槌を地面に突き立てたときはしっかりと止まった。

 何度か武器を振って分かったことは、自分の肉体より遥かに正確にゴーレムが動ける事だ。

 ルークスは武器なんか振ったらすぐへばってしまうが、ゴーレムは疲れない。手を滑らすこともない。そもそも構えた武器がブレない。

「でも、操作腕を動かすだけで僕の筋肉が限界になるな」

 練習はほどほどにして前進を続けた。


 昼頃、偵察のシルフから報告が来た。

「主様、敵が進路を変えました。山地を避けて南の平地を迂回する模様です」

「あー、谷間に誘い込まれて地形ごと破壊されるのを避けたか」

 王宮精霊士室長はグラン・ウンディーネと契約しているから、山地で待ち構えていればゴーレム部隊に大打撃を与えられる。それを予期しての転進だろう。

「午後には会敵すると思ったけど、夕方になりそうだな」

 そろそろ腹ごしらえしようと思ったが、午後まで延ばす事にした。

「主様、敵がシルフを飛ばしてきています。排除しますか?」

「こちらにグラン・シルフがいる事を知られたくないな。近づかれたら気付かれる?」

「その心配は無いでしょう。ゴーレムの中にいるなど思いもしません」

「なら放っておこう。こちらが一基なのは知られても困らない。むしろ油断してくれるんじゃないかな?」

「分かりました」

「敵とぶつかったらシルフを封じてくれ。連携を邪魔すると同時に、本国に連絡をさせないように。砂煙を上げて敵の視界を邪魔してくれると、不利が相当減るけどできる?」

「現地のシルフだけでは不足しましょう。今のうちに旧友たちを集めます」

「そうしてくれ。君が外で活躍してくれると簡単なんだけど、さすがにゴーレムは他に任せられないよね?」

「閉鎖空間でこの圧力を維持するには、シルフでは力が足りませぬ」

「それ以上に、閉じ込められるのは嫌がるよね。ごめんね、嫌な事をさせて」

「何をおっしゃる。主様の夢を叶えられる喜びに比べたら、苦などむしろご褒美です」

「私たち、ルークスちゃんの役に立てるのが嬉しいの」

「ノンノンも、ルールーの役に立てているです」

 三人の献身に感謝し、ルークスは戦場へと向かった。

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