涙の出撃
アルタスは妻と娘たちを、実家がある南へ逃がすと決めた。
ただし自分は残る。ゴーレムスミスとしてやるべき仕事があるのだ。
ルークスのゴーレムに合った鎧の製作が。
同業者もアルタスの呼びかけに応じ、一両日中に完成させようと全ゴーレムスミスがハンマーを振っていた。
学園から早々に帰ったアルティは、工房街の騒音が普段以上なのに驚いた。
もうこの町は役目を終えたとばかり思っていたのに。
アルティが帰宅すると、荷造りをしていたテネルがバスケットを差しだした。
「お弁当を工房にいるルークスに届けてあげて。そして、ちゃんとお見送りするのよ」
ルークスの見納めになるかもしれないと思うと、受け取る手が震えてしまった。
玄関を出たアルティには家からすぐの工房が、やたら遠く感じられた。だのに歩き出すとすぐ着いてしまった。
工房の前には鎧を半端に着けた普通の戦闘用ゴーレムが立っていた。しかしルークスも、彼の女性型ゴーレムも姿が見えない。
(まさか、もう出発してしまった?)
「ルークス!? ルークス、どこ!?」
「主様は今、
どこからか風の大精霊の声がした。
工房の
「ルークス?」
背後で音がした。
ゴーレムが兜を外した――と思ったら頭部が無い。
「え!?」
胴体から丸い頭が生えてきた。卵のようにのっぺりしていて、上半分は水面の様に中が透けている。人影が見える。
卵が左右に割れたら人間がそこにいた。
「ルークス!?」
見慣れた幼なじみが、なんとゴーレムの
「やったよアルティ! 外部情報をゴーレムの目と耳を使って分かるようにできたんだ。まあ、他の部位でも『窓』を開ければ自由に見られるんだけど」
ゴーレムに下ろされる間、ルークスはいつものように勝手に説明している。
「内部を二重にしたんだ。とはいえ考えついたのはリートレだけど。十分に空間はあるし、空気や水で空間を作っているんだから、呼吸や飲み水の心配もない。しかも
ご機嫌なときのルークス
いつものように内容はほとんど分からない。それでも一つだけ、アルティにも理解できた。
「まさか……あんた、ゴーレムの中に入って、それで戦うの?」
「うん、そうだよ」
事も無げに言うルークスに、アルティの感情が爆発した。彼女は彼の横っ面を引っぱたいた。
「何考えているのよ!?」
アルティは絶叫した。
「ゴーレムは相手の内部の核を破壊するのよ!? ゴーレムの中なんて一番危ないじゃない! そんな所にいたら死んじゃうわよ!!」
幼なじみの剣幕に、ルークスは叩かれた頬を押さえて呆然としていた。
「止めなさい! そんな危険な真似は今すぐっ!!」
アルティにはルークスの「我が身への無頓着さ」が我慢ならない。だがその怒りの理由が「心配」であるとまでは自覚できなかった。
ルークスを心配するあまり、ルークスを危険にさらすルークスが許せないのだ。
だが怒りをぶつけられたルークスはたまらない。何とか「説得」を試みる。
「でも、外にいても敵兵に見つかったらお終いだよ。なら、中にいて状況を把握した方が良い」
「だからって、敵に身を晒す事ないでしょ!?」
「晒してないよ。鎧とゴーレムが間にあるんだ」
「バカな考えはやめて、私たちと一緒に逃げて!」
「さっきも言ったようにダメだよ」
と言ったあとで、ルークスはつぶやいた。
「やっと敵をやっつける
「――え?」
アルティは混乱した。
(何故今ここで約束なんて出てきたの?)
しかもそれはアルティに言ったのではなく、独白に近い、ぼやきである。
(となると、そっちの方がルークスの本当の理由?)
彼にとり約束が特別な意味を持っているのは間違いない。
ルークスと何か約束したか、アルティは記憶を辿った。
しかし思い出せない。何も覚えていない。
だからと言って「ルークスの記憶違い」とは考えにくい。
ルークスが「覚えていない」のは良くある。だがそれは「聞いていない」など、はなから覚えていないからだ。
一旦覚えるとなると、やたら克明に覚えている。しかもアルティにとってはどうでも良いような些末な事を。
そのルークスが覚えているのだから、何かを約束したのは間違いない。
しかも命の危険を賭して戦いに赴くのだから、とても大切な約束のはず。
(まさか、私を守るって約束したの?)
もっとも、そんな
ルークスの事だから「フェクス家を守る」だった可能性の方が高い。
どちらにせよ同じ事だ。自分たちの為にルークスが死地に向かう……
アルティの胸が締め付けられ、息が詰まるほど痛んだ。
「ねえ、お願い。約束なんて守らないで良いから、逃げて……」
「ダメだよ。どの道ドゥークスの息子は逃げ隠れできない。どうせ居場所を明らかにするなら、戦うのが一番だ」
「私たちの事なんか……見捨てて良いから……逃げて……」
涙がポロポロこぼれて、上手く言えない。
その様を見てルークスも言葉を詰まらせた。アルティがここまで自分を心配しているとは思わなかった。
ならば、なおさら敵を撃退しなければならない。
この町を、自分たちの暮らしを、敵に踏みにじらせてなるものか。
さらに戦意を高めたルークスは、詰まっていた息と共に声を発した。
「ごめん。僕はこのゴーレムに乗って、戦ってくる」
言い出したら聞かないルークスが、きっぱりと言い切ってしまった。
もう誰にも止められない。
絶望するあまりアルティは両膝を着いて泣きじゃくった。幼児のように両手で目を擦って鳴き声を上げる。
「バカー。ルークスのバカバカバカー。さっさと行っちゃえー」
大泣きするアルティにルークスは途方にくれた。
だがいつまでもこうしてもいられない。
彼女が持ってきたバスケットを手に取った。
「弁当ありがとうね。おばさんとパッセルによろしく」
それだけ言うとルークスはゴーレムに歩み寄った。ゴーレムの手で頭部まで持ち上げられ、卵形の
ゴーレムは次いで兜を乗せ、その内部を満たすように頭部が形づくられた。
「主様の事は我らにお任せください。必ず無事に連れ帰ります」
風の大精霊の声が響く。
そして地響きを立てゴーレムが歩き出した。
涙目で見送るアルティから、ゴーレムが一歩、また一歩と遠ざかってゆく。
ルークスを乗せ、戦場へと旅立ってしまった。
アルティは土を握り、地面に投げ捨てた。
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