放たれる神学教師

 昼前に学園に戻ったランコー学園長は、神学教師のアドヴェーナを呼んだ。

「破門の件はどうなったかね?」

 と尋ねると、若い男性教師は不機嫌を隠さず言う。

「例の生徒がこの町の生まれだと、ご存じなら教えていただきたかったですね。お陰で遅れてしまいましたよ」

「それは残念。吾輩――いや私も今朝知ったものでな。何しろ甚大な事故を起こしたものだから」

「精霊がやったことなんですね?」

「そうだとも。契約者の指示なく力を行使した結果だ。幸い、無人だったので怪我をしたのは本人だけで済んだが、一歩間違えれば大惨事になっただろう」

「精霊の管理が疎かになっているようですね、この学園は」

 居丈高な物言いに神経が逆なでられるが、ランコー学園長は下手に出続ける。

「なにぶん未成年者なので、徹底が難しい。平民は隙あらば逆らうし、上級貴族は下の者の言葉など聞かない。学園長である吾輩を家人階級に留めた弊害であろうな。権威が無いのだよ、学園長には」

 この誘導に若いアドヴェーナは引っかかった。

「ご心配ありません。権威なら神殿にあります。生徒たちに精霊管理を徹底させましょう」

 ランコーは内心の喜びを隠し、慎重な発言をする。

「それは心強い。だが、できるのかね? 神殿がその様な事に踏み出すなんて、冒険ではないかな?」

「私も本学の教師となった以上は、生徒たちを管理してみせます」

 十分にやる気になったと見て、ランコーは頷いた。

「では、君に一任しよう。具体策が決まったら教職員を集め、新方針を発表したまえ。いや、校則とした方が確実か。うむ、君の手腕に期待をしているぞ」

「お任せください」

 こうして若い男性教師は、老練な学園長の計略の駒にされた。

 当然ながら、意気揚々と学園長室を出る本人は「他人に操られている」などとは夢にも思わない。それが操られる人間の常なのだ。


                    א


 神学教師アドヴェーナは昼食をとる時間を削って、新しい学園の方針と校則とを書き上げた。

 学園長の許可を得て、午後に緊急の教員会議を招集。全教師の前で公表した。

「そのような方針も校則も受け入れられません!」

 断固として拒否したのは教頭のアウクシーリムだった。風精科を中心に全教師が反対した。

 それをアドヴェーナは退廃的な風潮の蔓延と捉えた。

「これまで皆さんは神殿の教えを蔑ろにしてきました。その結果が今回の事件です。その責任は学園長お一人にあるのではなく、皆さんそれぞれにもあるのです。して、皆さんは神殿にどのような申し開きをされるので?」

「精霊の事をあなたはご存じないではありませんか!?」

「侮辱ですな。私の頭には聖典の全てが収められてあるのですよ。当然精霊の事も知っていますとも」

 教師たちは自分たちの教科書や専門書を机上に置いた。

「では、我々のこれらの書物はなんだと?」

「専門的な細かい事はそちらにありましょう。しかし精霊を管理するのに必要な事はすべて聖典に記されています」

「そんなはずありません!」

「困りますな。教師が聖典を否定するなど。それだから破門される生徒が出るのです。私としても、同僚を破門にする事は避けたいのですが」

 神殿という権威を傘に着た男に、教師たちは何も言えなくなった。

 それに「無知な上に全てを知った気でいる人間」には何を言っても無駄である。

 ルークス・レークタを知る教師たちは「彼が反抗したのも当然だ」と納得した。

 彼はとても正直だから。


 午後の半分を使ってアドヴェーナは教員会議で新方針と新校則とを決定した。

 治まらない教師たちは教頭を先頭に学園長室に詰めかけた。

「なぜあんな無法を放置するのですか!?」

 いきり立つアウクシーリム教頭に、ランコー学園長はしれっと言ってのける。

「私としても不本意だ。だが、破門は避けたいのだよ」

「しかし、このままですと学園は危機に陥ります!」

「そうなれば彼も頭を冷やすだろう。それを待とうではないか」

「待てません。この件は王宮精霊士室に報告してください」

「するとも。当然だ」

 教師たちを下がらせ、ランコー学園長は息をついた。

 毒をもって毒を制す、それで良いのだ、とほくそ笑みながら。


                   א


 午後の後半は緊急の全校集会になった。

 初等部から高等部までの全校生徒が講堂に集まる。

 ところが出てきたのは新任の男性教師だったので生徒たちはざわついた。

 学園長なり教頭なりが出てくる所なのに。

 アドヴェーナは演台に立ち、声を張りあげた。

「悲しいお知らせがあります。一部生徒の契約精霊が、契約者の指示なく力を行使した結果、被害を出してしまいました」

 名指しこそしないが、ルークスである事はアルティにも分かった。

「精霊が勝手に力を振り回しては、大きな被害をもたらします。実際、一歩間違えれば人命が失われる所でした。契約精霊は道具です。しっかり管理しなければなりません。人間が、です。勝手に力を行使させるなど、言語道断です!」

 アルティは全身から血が退く思いだった。

 ルークスの精霊たちはかなり自由に現れ、主に彼を守る為に力を行使してきた。それが封じられようとしているのだ。

 騎士団からの誘いを断った事で生徒から妬みと恨みを買った上に、破門で神殿から見離されたルークスだ。精霊から守られなくなったら、どんな目に遭わされるか。

 壇上でアドヴェーナは唾を飛ばしている。

「精霊は道具と心得、指示したとき以外力を使わせないよう徹底しなければなりません。それが本学園の新しい方針です。そして、新しい校則となります」

 そして神学教師は用意した大きな紙を貼りだした。


精霊管理則

一、精霊は道具であり、過度な接近は避ける。

二、精霊の管理は人間が行うものとする。

三、契約者が指示したとき以外、精霊が力を行使する事を禁止する。

四、契約者の指示なく精霊が力を行使した場合、契約者と精霊双方を罰する。

五、罰は行為の重大性と責任感の強さを考慮する。


 あまりに酷い内容で、生徒たちが悲鳴をあげた。

 アルティは目を疑った。特に最後の「責任感の強さ」など客観的に判断できるはずもなく、罰する者の裁量次第ではないか。

 アドヴェーナは教鞭で演台を叩いて生徒たちを静まらせた。

「なお、罰則には放校、そして破門もあります。各自、聖典に従い各々の義務を果たすことを期待します」

 いつから精霊士学園は神学校になったのか?

 ルークスがいたら絶対にそう言ったろう、とアルティは思わずにいられなかった。

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