アルティの窮地

 講堂裏でアルティと伯爵家令嬢が一触即発となったそのとき、冷静な声がした。

「重度のゴーレムオタクって、騎士団に相応しいっすかね?」

 お下げ眼鏡のヒーラリである。

「「え?」」

 アルティとシータスが期せずしてハモった。次いで同時に答える。

「全然」「あり得ませんわ」

 言葉こそ違えど否定で揃った。

「そうっすよね。想像してみると違和感が強いっすよ。栄えある騎士団の中に、あのゴーレムオタクが。想像してみてくださいっすよ」

 真っ先に想像したのは暴走ポニーのカルミナだ。

「勢揃いした騎馬隊の中で、聞かれもしないのにゴーレムを熱く語り続けるのか。すげー騎士だな、別の意味で」

「それは、ちょっと……」

 シータスもその絵面が恐ろしい事は理解出来た。

 アルティも普段の言動から心配になる。

「頭の中にゴーレムしかないルークスが、女王陛下の横に立つ訳?」

「何を聞いてもゴーレムの事しか返さないって、すげー無礼だな!」

「あ……う……」

 普段の授業態度からシータスもそれは容易に想像できた。

 互いの認識を一致させたところで、ヒーラリは追い打ちをかける。

「性格は軟弱だし、勇敢でもないし、人付き合いも悪い。騎士に必要な資質の正反対っすよね。武芸なんて無縁で馬にも乗れない。ゴーレム以外に興味も無ければ熱意も無いっす。そんな人って、騎士に相応しいと思うっすか?」

「お、思いませんわ」

「じゃあ、学園で一番騎士団に相応しい人と言ったら、誰っすかね?」

「それは――フォルティス殿ですわね」

「そのフォルティス様の先輩になるんすね、ルークスが」

「それは許せませんわ!」

 その物言いにアルティは我慢できなかった。

「許せないも何も、あんた達はそうしたがっているじゃない! せっかくルークスが断ったのに、それをひっくり返そうとして、バカじゃないの!?」

 ヒーラリがなだめるもアルティは止まらない。

「自分たちがルークスを、騎士団に入れる為に圧力をかけているって事くらい理解しなさいよ、この分からず屋!」

 さしものシータスも気圧された。

「別に、ひっくり返そうだなんて思っていませんわ。ただ、思い知らせてやるだけで」

「ルークスに『騎士団からの誘いを断った』事が間違いだと、思い知らせるっすか? で、ルークスが考えを変えて騎士団に入れば、皆さんは目的を果たした事になるんすかね?」

 シータスは言葉を失った。

 プライドが傷ついたから叩いているに過ぎないので、目的だの着地点だのは最初から無かった。

「だから、彼は、革新主義者の疑いが……」

「ゴーレムマスターになれないって以外に騎士団入りを断る理由が、あのルークスにあるって言うんすか? 逆にゴーレムマスターになれるなら、騎士団だろうが修道院だろうが入ってしまうのがルークスだって、皆さんもご存じっすよねえ?」

「も、もう入れやしませんわ」

「あ、なら目的は既に果たせたって訳っすよね? 騎士に相応しくないルークスを騎士団に入れて、フォルティス様の先輩にするという最悪の事態は避けられたっす。なら、それで良いじゃないっすか」

「そ、それは……」

 頭では理解できても、シータスの感情は納得できない。

 フォルティスに先んじて騎士団に誘われたのに、それを蹴った事が許せないのだ。

「騎士団がルークスを誘ったのは、グラン・シルフが欲しいから以外に理由は無いっすよ。別に私が風精科だからって言うんじゃないっすが、戦場でのシルフの働きはゴーレムに引けを取らないほどなんすよ。それを支配できるグラン・シルフは各国の軍が欲しがって仕方ないっす」

「それは、理解できますわ。でなければあんな人間を騎士団などに」

「でも騎士団がどうしてもグラン・シルフが欲しくなったら、形だけゴーレムマスターの修行をさせるって言い出すかも知れないっすよ。そうしたらルークスは飛びつくっすから、フォルティス様に先んじて騎士団の先輩っすよ。それで良いんすか?」

「よ、良くありません」

「だから、一番良いのは現状維持っすよ。ルークスがグラン・シルフを使う度に、騎士団は未練を増やします。だから両者が物別れになったこの状態を維持するため、手を出さないのが最善だと思うっすけどね」

「で、ですが……」

「皆さんはルークスにどうしてもらいたいんすか? 騎士団に入るか、入らないか、二つに一つしかないっすよね? 入らないからって叩いたら、後は入る道しか残ってないじゃないっすか。今、ルークスは入らないと決めているんすよ。で、彼を叩いて、考えを変えさせるんすか?」

 結局シータスはヒーラリに圧しきられた。

「放課後が楽しみですわ」

 と捨て台詞を残して貴族の女子たちは去った。


 仲間だけになると、すぐヒーラリはアルティに謝った。

「ごめんなさいっす。連中を丸め込む為とはいえ、ルークスの事を悪く言って」

「別に、私は何も。むしろお礼を言わせて」

「でも、家族を悪く言われるのは嫌っすよね?」

「えー、家族ー? 実感無いけど」

 面と向かって言われると照れてしまうアルティである。

「ルークスはアルティを家族と思っているっすよ、きっと」

「そうかな?」

「家族だから大切にしているっしょ? アルティが苛められたとき助けたじゃないっすか」

「そりゃグラン・シルフがいれば――」

「あの時はまだシルフっすよ。シルフが人を吹き飛ばすの、初めて見たんで強烈に覚えているっす」

「そうだったね。初等部だったから」

「それに、ルークスが精霊に命令するのを見たのも、あの時が初めてっすね」

「え?」

「いつもルークスは契約精霊にお願いしているっすよ。初めて召喚に応じてくれた精霊みたいに」

 ヒーラリの言葉にカルミナもうなずく。

「あいつ、大精霊と下位精霊で態度変わらないな!」

「良く見ているわね、二人とも」

「そりゃ、精霊に関しちゃ大先輩っすから。初等部入学時点で精霊連れていたなんて、ルークスくらいっすよ」

「なーんか、学園の勉強に意味あるのか疑いたくなるぞ。ほいほい大精霊呼び出す精霊使いが、成績最下位だなんてな!」

 ルークスとビリ争いしているカルミナが言う。

 ゴーレムの知識を問う科目では成績トップのルークスだが、それで補いきれないくらい他が酷すぎて、ブービーのカルミナに届かないのだ。

 だのに、学園創立以来初の大精霊契約者である。

 この矛盾は少女たちには解けなかった。

「後は放課後っすね。ルークスが勝てばもう、この件は終わりっすよ」

 現在伯爵家がこの学園で最上級の貴族である。その一角に苛めが不都合と思わせられたので、他も遠慮するだろうとヒーラリは説明する。

「本当にありがとう。ルークスにもお礼言わせないと」

「良いっすよ。何があってどうしてそうなったか、ルークスに理解させるなんて無理っすから」

「そこは、何とか、私が頑張る」

 アルティにも自信が無い。

 そもそも「何故貴族が自分を苛めるか」をルークスが理解できるかも怪しい。なので「何故やめたか」は絶望的だ。

「ならあたしが教えてやる!」

 アルティとヒーラリは顔を見合わせたが、暴走ポニーを止める者がその場にはいなかった。

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