決闘の相手
王立精霊士学園高等部三年のコンテムプティオ・デ・スワッガーは目立たない生徒である。
父がドロースス子爵に恥じぬ奮戦をしたのが仇となり、領地がリスティア大王国に編入された際に追放された身の上である。
家督を継ぐこともない次男のコンテムプティオは中肉中背、濃い茶色の髪に平凡な顔で、成績も中の上と、これと言った特徴が無い。
ただノームと契約してカーストの頂点近くにいるのが幸いし、少ないながら取り巻きを持てる立場ではある。
そんな彼が、今朝から一躍注目の的となっていた。
生意気な平民の後輩に決闘を申し込んだ、それだけで周囲の態度が一変したのだから笑いが止まらない。
確かに上級貴族が平民に決闘を申し込むなどは、名誉とは言えない。
だが相手は貴族の価値を否定したのだ。
許せないと怒ったコンテムプティオは、平民に手袋を投げつけた。
そんな行為を、主に貴族の女子が評価している。
領地を失った「名ばかり子爵家」と無視していた女子が「やはり生まれが物を言いますわ」などと褒めそやすのだ。顔がにやけるのも仕方ない。
ただし懸念はあった。
コンテムプティオは決闘相手であるルークス・レークタの事を殆ど知らないのだ。
だが友情に富むように
「まず決闘の場所だ」
昼休み、寮の自室に取り巻き四人を集めたコンテムプティオは、紙に園庭の一部を描いた。
ゴーレムの素材となる泥を溜める沼のほとりが決闘の場である。
自分と敵とを適当に沼の脇に記す。
「オムはゴーレムを動かせないから、沼の上にいる。こちらがゴーレムを作って、真っ直ぐ向かわせると」
そう水を向けると、取り巻きの一人が言う。
「奴はウンディーネと契約しています。泥沼だと足をすくわれる危険があります」
「では、園庭に上がって進む」
と矢印を書き込む。
「グラン・シルフと契約する前、シルフと契約していました。砂埃で視界を閉ざすでしょう」
「ではノームに『乾いた地面を歩いてオムのゴーレムを潰せ』と命じる。砂埃では人間の目は塞げても、ノームの目は塞げない」
「さすがです」
満足するコンテムプティオに、さらなる進言がきた。
「奴はサラマンダーとも契約しています。呪符を燃やしにかかりますよ」
「三属性と契約しているのか!?」
他の取り巻きも今思い出したように頷く。
グラン・シルフの存在感が強すぎて、他の二属性が霞んでいたのだ。
彼らの知る限り、三属性と契約できた精霊使いはいない。
ゴーレムを使えないと侮っていたが、精霊使いとしてはルークスが格上であると認めざるを得なかった。
「ゴーレムを作る時、呪符を体内に取り込むようノームに命じよう」
「しかし、それだと圧力で呪符が損傷する危険があります」
「頭部なら力が掛からない。それに、歩くだけで事は済む。踏み潰せば終わりなんだ」
「確かに」
「だが油断は禁物だ。奴が何かしないよう、厳重に注意しておかねばな」
と口にはしつつ、コンテムプティオは自分の勝利を信じて疑わない。
「シルフがやたら動いています。グラン・シルフが何か仕掛けているかも知れません」
と取り巻きの一人が言った途端、コンテムプティオは不安に駆られた。だがそんな弱みは見せられない。
「もしそんな真似をしようものなら」
もったいぶってコンテムプティオはそこまで言った。続きは頭に無い。
察した取り巻きの一人が言う。
「その悪事を暴露してやりましょう」
「その方法は?」
「え……ええと」
視線を逸らせる。他の三人も俯いてしまう。
「どいつもこいつも」
「そ、そうだ。奴自身に白状させましょう」
「どうやって?」
「養い親の娘が同級にいます。人質に捕ってしまえば卑怯な真似はできません」
「それは良い考えだ。よし、その役はお前に任せた」
「えっ? ……はい」
コンテムプティオは合図と同時に人質に捕るよう手はずを整える。
「今度こそ、我が勝利は確定だな」
ようやく彼は勝利を確信するに至った。
א
寮で昼食を済ませた友人たちが教室に戻ったとき、アルティは一人でいた。
「ルークスはどこに行きましたの?」
おっとりとクラーエが尋ねてくる。
「放課後までにする事があるって、どっかへ行ったわ」
「まあルークスには負けられない勝負っすからね」
「アルティが懸かっているからな!」
暴走するカルミナの脳天をクラーエがにこやかにチョップする。
「賭けたのはあなたでしょう?」
「百倍の大穴だ! 帰りに皆で祝勝会だ!」
友人たちの気持ちはありがたかった。だからアルティは心配になる。
「あまり目立つと、あんたたちも苛めに巻き込まれるよ?」
「アルティこそ平気なのか?」
「そんな事言うものじゃありませんよ」
たしなめたのはカルミナの手綱を握るクラーエである。
「今さらですわ。だってアルティはルークスと運命を共にしますもの」
それに「一生」と付け加えたのは眼鏡をかけたお下げのヒーラリである。
「誰がよ、誰が」
アルティが否定するも、友人たちは生温かい視線で応えてきた。
照れくさくなったアルティは講義の準備をする振りをして机の天板を上げた。
机の中に折られた紙が入っている。
広げると「昼休み」「講堂裏」とだけ書かれていた。
「うわ、呼び出しっすか」
目ざとく見つけたのはヒーラリだった。
「呼び出し? 告白か?」
とカルミナが暴走する。その口をクラーエが塞いで心配げな眼差しを向けてきた。
「これだけで貴重な紙を使うなんて、貴族っすね。しかも字は女」
「理由は考えるまでも無いか」
ようやく色恋沙汰ではないと理解したカルミナが提案した。
「よし、あたしも一緒にいくぞ!」
「え!? その気持ちだけ受け取っておくわ」
「何故そこで遠慮する!? 一緒だと心強いだろ!」
「いやむしろ話がもつれそうで不安だから」
「ひどい! アルティがひどい!」
カルミナに額にクラーエがデコピン。
「ひどいのはあなたの前科の数々ですよ」
「あたしが何をした!?」
「ごめんなさい。記憶力が一番ひどかったのを忘れていました」
「カルミナはともかく、私も行くっすよ」
「ありがとう、ヒーラリが来てくれるなら心強いわ」
「何故そこで差をつける!? 差別すな!」
暴れるカルミナを抑えつつ、クラーエは眉を曇らせる。
「ごめんなさい。私はちょっと」
「仕方ないっすよ。貴族が相手じゃ」
「そうよ。家の事を大切にしなきゃ」
クラーエは貴族に仕える家の出なのだ。貴族との確執は家族に累を及ぼしかねない。
アルティはヒーラリと講堂に向かった。
だが裏に回ったときは何故か後ろに暴走ポニーがいた。
「ふっふっふ。あたしを止めたくばゴーレム大隊を連れてくるのだな」
「全てが手遅れな気がする……」
「ああ、もうあちらさんはお待ちかねっすよ」
講堂裏では手下の女子二名を従えた伯爵家令嬢シータス・デ・ラ・スーイが待ち構えていた。金髪を幾筋も縦に巻いた金の掛かった髪型をしているのは、裕福な上級貴族だからである。
左右に侍らす手下はデクストラとシニストリで、お追従と悪口で嫌われている二人だ。
吊り目を怒らせてシータスは開口一番言った。
「いつまで待たせる気でしたの?」
昼休みの頭から待っていたので空腹が怒りに拍車をかけている。
「手紙に気付いてすぐ来たんだけど、手紙自体に気が付かなくて」
「あなたは登校してから一度も机を開けませんの!?」
どうやら手紙は始業前に仕込まれていたようだ。
気を取り直してシータスは問いかける。
「それで、あなたはどうしますの?」
「何の話ですか?」
「彼の思い上がりも放課後まででしょうね。その後も今までどおり一緒にいるなら、どうなるか分かっていて?」
陰湿な苛めばかりのシータスが、ここまであからさまに出るのはアルティには新鮮だった。
決闘でのルークスの敗北を確信しているのだと見当付ける。
そして鍛冶屋の娘だからか、アルティは叩かれると跳ね返る性格だ。
「何でそこまでルークスを怒るのよ?」
「彼が国を守る努力をしないからですわ」
「騎士団からの誘いを断った事?」
「当然でしょ」
「それのどこが『国を守る努力をしない』事になるわけ? まさか国を守っているのは騎士団だけとでも? ゴーレム大隊はどこへ行ったのかしら?」
売り言葉に買い言葉。アルティは売られた喧嘩を正面から買った。
たちまち空気が険悪になる。
シータスは冷たく言い放つ。
「彼が騎士団に入らないのは、私たちと同じ貴族になるのが嫌だからですわ。すなわち彼には革新主義者の疑いがあるわよ」
「はあ? あのゴーレムオタクに政治主義なんてある訳ないでしょ。その程度も分からないの?」
怒りも露わにシータスが扇子を取りだした。それをゆっくり広げてゆく。
その動きに合わせ、二人の手下も左右に広がり始めた。
事ここに至っては、アルティは一戦を覚悟した。
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