ゴーレムオタク
天才の持ち腐れ。
それがルークス・レークタへの大方の評価である。
風の大精霊と契約できたのに活かそうとせず、相性が正反対のノームが必須のゴーレムに固執した挙げ句に成果を出せないからだ。
しかも王立精霊士学園では風精使いの評価は高くない。国を守る要はゴーレムであり、土精使いの育成がこの学園の最優先事項だからだ。
ゴーレムに必須のノームと契約できた生徒は学内でカーストが上がり、召喚もできない生徒は下位カーストに甘んじるのが学園の不文律である。
さすがに貴族と平民という越えられない壁ほどではないが、学園生活を送るうえで所属カーストは重要だ。
たとえ風の大精霊と契約していても、ノームを召喚できないルークスは平民で下位カーストという底辺である。
しかし国内で二人目の大精霊契約者という事実は大きく重く、羨望とそれ以上の嫉妬を招いていた。
それに加えて、彼の父親は知らない人がいないほどの有名人――英雄である事が嫉妬に拍車をかけている。
とりわけ貴族たちは嫉妬と蔑視とが入り交じった感情をルークスにぶつけていた。
とは言え直接的な暴力に及ぼうものなら、ルークスを常に見守るグラン・シルフに(一部の生徒が「ルークスに使われない鬱憤を晴らしている」と言うくらいに)猛烈な反撃を喰らう。
結果、ルークスに対するイジメは陰口や近づく生徒を追い払うなど陰湿な方向に悪化していた。
ルークスがゴーレム史の授業に行った時は終業間近だった。
不機嫌極まりない表情で女性教師オリムは尋ねる。
「今まで何をしていたのです?」
「ゴーレムを作っていました」
悪びれず答えるルークスに教師の表情はさらに険しくなった。
「それは前の科目ですね」
「終わったのに気付きませんでした」
「嘘をおっしゃい」
「え? 先生は何かに集中したりしないんですか?」
「しゅ、集中していても、終業の鐘くらい分かるでしょう」
「周囲の音が聞こえるなんて、集中力が足りないんじゃないですか?」
「そ、それは、普通そんな事はありません」
「はあ。僕は普通じゃないんですね」
オリムは赤髪の少女に顔を向けた。
「彼の言っている事は本当ですか」
深々とため息をついてアルティは立ち上がった。
「本当です。声が聞こえないどころか、軽く肩を叩いたくらいじゃ気付きません」
「だったら、なおさら引っ張って来なさい」
「私はそいつの保護者じゃありません!」
きっぱり言って座った。
納得できないオリムは「席に付くよう」指示したルークスに言い添える。
「あなたの大好きなゴーレムが戦場に現れてから、ゴーレム同士が最初に戦った辺りの講義を聞き逃したのは、身から出た錆ですからね」
その余計な発言が呼び水となった。
「え? それは講義で扱わなかったじゃないですか」
「何を言っているのです? 今日やったのですよ。あなたがいない時に」
「六百二十五年七月、エタラヤ国内における領主間の紛争が、記録に残る最古のゴーレム戦ですが、七世紀を扱ったとき省かれました」
「そ、それは等身大の作業用ゴーレムの転用ではありませんか?」
「ゴーレムはマスターの命令に従うだけで、作業の内容を決めて作られるものではありません。作業用と戦闘用との区分は、巨大ゴーレムの集団運用が始まった大戦期に生まれた、新しい区分です。七世紀では全てゴーレムです」
「今日の講義はゴーレム大戦です」
「九百十七年四月二十四日のアミンの戦いですね。コモド共和国のゴーレム部隊十六基が移動中の帝国軍ゴーレム中隊――既に帝国は三基からなる小隊単位の運用を始めていました――十基に奇襲をかけました。小型のコモドゴーレムは帝国軍の馬車を振り回し、ぶつけました。これが巨大ゴーレムが最初に武器を使った戦いとも記録されています。双方の被害は帝国軍が中破二、小破多数に対し、コモド軍は撃破七、大破三、中破六で、投入した全てが破壊、もしくは戦闘力喪失という完敗でした。この戦いでゴーレムの大きさが勝敗の決定的要因であるとの認識が広まり、ゴーレムの巨大化競争が始まりました。しかしこの戦闘を観戦していた中にフィンドラ軍の武官がいた事はもっと注目を――」
「も、もう結構です。席に付きなさい」
なおも喋りたがるルークスを、追い払うようにオリムは席に戻らせる。
隣に座るルークスに、アルティは頭痛を覚えた。
重度のゴーレムオタクであるルークスにゴーレムについて語る機会を与えるなど、火に油を注ぐも同然なのだ。
ノームと契約できない欠点を補う方法を探す為か、ルークスはゴーレムの知識を貪欲に求めている。
学園の図書室にあるゴーレム関連の文献は全て読破したルークスだ。中等部で教えるゴーレム史程度、頭に刻み込まれているはず。
それ位ゴーレムオタクのルークスがゴーレム関連の授業を忘れるのは「内容を既に知っているからだ」とアルティは思っている。
ゴーレムについて未知の知識を得られるなら、それが楽しみでワクワクしすぎ、ゴーレム製作に集中できなくなるのがルークスなのだ。
白けた空気のまま講義は惰性で続き、程なく終業の鐘が尖塔で鳴らされた。
「それでは、今日の復習をしておくように」
教師としての威厳を損ねたオリムは、不機嫌な顔のまま教室を後にした。
緊張していた生徒たちが一斉にゆるむ。
「またルークスがやらかしやがった!」
大柄な男子ワーレンスが怒鳴ると賛同の声が広まる。生徒たちのとげとげしい視線が注がれる先でルークスは、我関せずとばかり肩からオムの幼女を下ろしている。
げんなりしているアルティに、話しかけてくる女子がいた。
「いやー、ルークスは相変わらずマイペースっすね」
眼鏡という珍しい補正具を使う、お下げ髪の少女はヒーラリだ。
「お陰でディープな話が聞けたっすよ。まあ、アルティには毎度の事でしょうけど」
「ええ、ええ。どうせそうですとも」
アルティが冷ややかな視線を向けた当人はノンノンとの会話に夢中だ。
見とがめたヒーラリが眼鏡の位置を直す。
「ちょっと注意してやるっすか?」
「それこそ毎度の事よ。次は選択だから、ヒーラリは移動でしょ」
土精科を選択しているアルティたちと違い、ノームを使えないヒーラリは契約精霊のシルフを活かすべく風精科を選択している。
「本来ならルークスもこっちっすよねー」
「それは言わない約束よ」
ノームを使えず、シルフどころかグラン・シルフと契約しているルークスこそ「風精科を選択すべき」とは、本人以外の全員が思っている。
もっともアルティにしても契約しているのは火精サラマンダーで、ノームは召喚できるだけでありる。それでも土精科を選択しているのは「将来ノームと契約できたときにその方が有利」と判断したからだ。学園生活においても、家業においても。
ルークスはいそいそと次の講義の支度を始めた。頭の中はゴーレムしか詰まっておらず、周囲の反応は見えもせず聞こえもしない。
聞こえたところで、価値観を押しつけられて感情を害するだけだから、むしろ本人には都合が良かった。
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