第一章 天才の持ち腐れ

王立精霊士学園

 パトリア王国は大陸の東端に位置する小国である。西の山岳地帯から東の海へとなだらかに下る地勢だ。

 サントル帝国とは国境を接していないお陰で、ゴーレム大戦による戦禍は免れた。しかし、戦後二十年に及ぶ「仮初めの平和」期に戦災を被っている。

 十年前に国王が急死して幼い女王が即位するや、北のリスティア大王国が無理難題を突きつけ、拒まれるや侵略してきたのだ。

 ゴーレムの数で二倍を越す侵略軍を、国一番のゴーレムコマンダーが撃破して戦闘には勝利できた。

 ところが講和交渉の最中に彼が暗殺された為、賠償金を要求するはずだったパトリア王国は国土の北半分を奪われてしまったのだ。

 ただでさえ小さな国が人口も半分となり風前の灯火である。

 そのためゴーレムを操れるゴーレムマスターの育成は国の最優先課題であった。


 首都の西、鉄鉱山の麓にある町フェルームに王立精霊士学園が設立されたのは大戦直後、先王の時代だ。

 初等部から高等部まで各五年、五才から二十才まで五百人あまりの生徒がいる。

 国策故に学費はもちろん、衣食住まで国が用意してくれる。そして卒業後は精霊使いとしての道が開かれているとあり、国中から「精霊と繋がれる」子供が集まっていた。

 精霊使いは産業に欠かせない存在で、農林水産業に工業、運輸業など、世界の産業は精霊が支えている。その為どの業界でも精霊使いは引く手あまたなのだ。

 特に軍では優遇された。平民なら入隊後は兵卒だが、精霊士は下士官、ゴーレムコマンダーに至っては貴族と同等の士官になれる。

 ゴーレム大隊は軍の主力であり、騎士団に並ぶ花形である。

 故に学園ではゴーレムを操れる土精ノームと契約できる生徒はカーストが上がり、土精との相性が悪い生徒は下位カーストに甘んじねばならない。

 もっとも、貴族であれば上位カーストに固定されるなど、例外はいるが。


 学園の敷地には池があり、水精ウンディーネの力で校舎の屋根ほどの高さまで噴水が水を噴きだしている。

 学習に必要な機材は土精ノームが操る人間大のゴーレムが運ぶ。

 各所への伝達連絡で風精シルフが飛び回る。

 校舎各階の休憩室では竈が常にお湯を沸かすと同時に火精サラマンダーの常駐場所になっている。また玄関前には篝火が焚かれ、無断侵入者をに熱く歓迎する手はずである。

 校舎は初等部、中等部、高等部とで分かれ、園庭や講堂は共有している。

 中等部の校舎では、この春に最上級生に上がったばかりの男女四十名がゴーレム史の講義を受けていた。

 これは必修科目なので全員が受けることになっている。

 この日は欠席者がいないので、名簿上では四十一人いるのだが。

 扇型の階段席に制服姿の少年少女が座っている。要の位置にある教卓で初老の女性教師オリムが歴史書を読み聞かせていた。

「四年に渡ったゴーレム大戦ですが、前半は従来型の戦闘が行われていました。しかし巨大ゴーレムが戦場に現れた天歴九百十六年九月十五日、これまでの軍略は覆されたのです。

「巨大ゴーレムに人間は抗しようもなく、巨大ゴーレムには巨大ゴーレムで対抗するしかありませんでした。その為にゴーレム技術の進歩は著しく、泥人形だったのは初期の頃に留まり、翌年冬には武装したゴーレムが戦闘を行いました。

「さて、最初に武装ゴーレムを戦場に投入した国はどこでしょう? アルティ・フェクス嬢」

「は、はい!」

 名指しされた少女は慌てて立ち上がった。

 燃えるような赤い髪の後ろに寝癖が付いている。象牙色の肌に強い光を宿した鳶色の瞳の少女だ。制服の胸元が苦しそうで、成長の著しさが見て取れる。

 普段は快活な少女なのだが、答えに自信が無いので目が泳ぎ挙動が怪しくなった。

「えーと、確か……フィンドラ?」

「ちゃんと予習していたようですね。宜しい」

 ホッとしてアルティは座った。

 予習したのではなく、身近な「誰よりもゴーレムに詳しい人間」の駄弁をうろ覚えしていたに過ぎない。

 そうした事情を知らぬオリムは講義を進める。

「最初に武装ゴーレムを実現したのは、大陸北部に位置する小国、フィンドラ王国でした。巨人族と国境を接する国で、彼らに度々悩まされてきました。しかし、この時代はそれが幸いしたのです。

「フィンドラ王国は巨人族の武具を購入し、自軍のゴーレムに装備させました。フィンドラのゴーレムは帝国軍より一回り小さな物でしたが、お陰で巨人の防具が丁度良かったのです」

 教師はページをめくる。

「天歴九百十七年十一月二十日、サントル帝国はフィンドラ王国に侵入。翌日、雪の山間部で両軍のゴーレム部隊同士が初めて激突しました。

「その勝敗をワーレンス・マリシオス君」

 大柄な男子生徒が立ち上がる。だらしなく制服を着崩し、茶髪を汚く刈っている。

「どうせ帝国軍が勝ったんでしょ」

「違います」

 ワーレンスは舌打ちして座った。

「勝利したのはフィンドラ軍でした。勝敗を決したのはゴーレムの大きさではなく、武装の有無だったのです。観戦武官の記録に『裸の大男を完全装備の剣士が圧倒した』とあります。

「それまでは地形を破壊する程の事をしなければ巨大ゴーレムは倒せませんでした。しかしこの冬の戦いで帝国軍のゴーレム部隊は初めて、他国のゴーレム部隊によって敗北したのです。

「これは帝国にとって衝撃でした。侮っていた小国にゴーレムを損耗させられた上に、極秘であった呪符の防御法も知られてしまったからです。

「ではその防御法を、フォルティス・エクス・エクエス君」

 金髪の聡明そうな男子が立ち上がった。周囲の女子から歓声が漏れるくらいに整った顔立ちで瞳は紫色、地味な制服も落ち着きある正装に見えるほど優雅な身のこなしである。

 そして容貌に合った爽やかな声を発する。

「バウクシーテ鉱石を結晶化して呪文を封印、核としてゴーレム中心部に埋め込む方法です。これにより衝撃、熱、薬物などにより呪符が破損、あるいは無効化される事を防ぎました。ただ想定していたのは人間と精霊による攻撃で、ゴーレムが武器で攻撃する事は想定外でした」

「大変結構です」

 完璧な回答にオリムは感心した。

 このクラスでここまで回答できるのは、級長である彼フォルティス以外には一人しかいないだろう。

 もっともその一人は、中等部で教える範囲を超えて答えるので、別の意味で手を焼くのだが。

「人間の力では破壊不可能なゴーレムの核も、ゴーレムが武器を使えば破壊できる事をフィンドラ軍は証明しました。これにより各国は巨大ゴーレムの実用化と並行して、ゴーレム用の武具防具も開発し始めました。

「この武具防具の開発により確立した職業を、ルークス・レークタ君」

 その手を焼く生徒の名を呼んだのだが、返事は無い。

「ルークス? 欠席者はいないはずですが」

 あの生徒に限ってゴーレム関連の授業をサボるなどあるだろうか。

 赤い髪の少女が恐る恐る手を挙げた。

「あの、ルークスは前の授業でゴーレム製作が上手く出来なくて、出来るまで続けるそうです」

 自分の講義を蔑ろにされ、オリムは怒りを覚えた。

「そんな勝手は許しません。首に縄を付けてでも連れてきなさい」

「私はあいつの保護者じゃありません」

「後で私の所に来るよう、伝えておきなさい」

 憤懣やる方ない様子でアルティは「はい」と言った。足を組み、浮いた方をイライラと揺らす。

 父親同士が友人なため物心つく前から家族ぐるみの付き合いで、現在彼女の家に同居しているルークスという少年については、アルティがどう言おうが周囲の認識はほぼ一致していた。

 それが彼女は不服でならないのだが。

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