第240話:強襲
やり直す。
それは、今ここにいるスズと別れることになるということ。
忘れていたわけではなく、ただ、それを認めたくなかっただけ。
「スズは、無理なんですよね……?」
「無理、というか、どこまでが適用されるかがわからん」
「そう、ですか……」
やり直せるのは、僕と樹君だけ。
恐らくは、これが型式に記憶を捧げたからこそ出来ることなんだろうと思う。
では、型式を作りかえれば?
スズの記憶も捧げれば。スズだってこんなどうしようもない結果となった記憶がないほうがいい。
その記憶を捧げれば、もしかしたら――
「……冬」
「……分かってます。分かって、います……」
誓約にまた記憶を捧げる。
それは可能だと思う。残留思念の僕が樹君の力となるために捧げたことからそれも分かる。
だけど、それを。やり方を見ていただけで、すぐに出来るのかと言われると、分からない。
もし失敗したら全てが水の泡となる。それこそ、型式を一から構築し直すことになったとしたら、僕達はそこで終わりだ。
だけど。
そうだとしても……
「万代さんが、樹君と繰り返しているのな――」
<冬っ!>
羨ましい。
なぜ万代さんが出来て、スズはできないのか。
ずっと一緒にいられている二人が、妬ましい。
そんなことを思わず、口に出していいそうになってしまった。
二人が僕が言おうとしたことを理解したのか、苦笑いを浮かべている。
先ほど僕は思ったではないか。
樹君は何度もやり直している。
その中には、僕やスズ、万代さんも殺したりしたこともあったのではないか、と。
やり直す記憶を共有しながら、やり直しを続けていた。
万代さんが死んでしまうことを、樹君は何度も見続けた。
助けることもできたのかもしれない。今彼女がここにいることがその証拠。
でも、その為に、一体どれだけの犠牲を払ったのだろうか、どれだけのやり直しを経験したのだろうか。
スズの叱咤の声に、僕はすぐに思い至った。
羨ましい?
本当に?
やり直して何度も繰り返し続けることが?
自分の大切な人が死んでいくことを何度も見てしまうことが?
助けるために試行錯誤し続けることが?
そういうことさえ出来てしまう。
それが、やり直し。
狂う。
そんなの、狂ってしまうんじゃないだろうか。
「すいません……」
「全然気にしない気にしない。ただ、シグマさんに一言だけ言っとくと、死ぬのって、痛いってこと、かな、かなっ」
そんな無邪気に自分が死に続けてきたことを笑う万代さんに、僕だけでなく樹君も「うっ」と唸りをあげた。
それだけで、樹君は万代さんを死なせてしまったことに罪悪感をもっているってことが分かった。
<……いいんだよ? 冬ならきっと、こんな結果にならないように動いてくれるはずだから>
スズもまた。
自身の体である液体を、まるで笑っているかのように揺らしながら、僕の背中を押してくれる。
「……ならないように、頑張ります」
<うんっ>
以前僕は、スズと約束した。
<ずっと、僕の傍で一緒にいてください>
<……はい。きっと、死ぬまで一緒だよ?>
僕が許可証所持者として、スズに告白したあの時。
僕が、これからも一緒にいることを、一緒にいてくれることを誓いあったあの時。
それさえ叶えられていない今を。
どうしようもなく先が見えてしまった今をやり直して、きっとスズを、幸せにしてみせると。
だから。
だから……
だから――?
……どうやって、やり直しを、するのでしょうか?
「そう言えば、樹君。やり直しはどうやって行われるのですか?」
なんて初歩的なことを、知らされていなかったのだろう。
なにをしたらやり直せるのか。樹君は知っているけど僕は知らない。
「ああ、俺が――」
樹君が、僕の質問に、やり直すための方法を教えてくれようとした。
その声は、途中で、途絶える。
――ばきばき、と。
『苗床のゆりかご』の壁に亀裂が入るほどに、大きな音が、外から響いたから。
本来なら扉から入ってくるはずの部屋の壁が吹き飛んだ。こうなると扉は扉として機能しない。
当たり前だと思う。
そんなことを考える余裕さえあるのだけど、でもそれは自分が今この場では戦えないからなのかもしれない。
戦えないからせめて状況整理だけでもしなければと、脳が必死に動いているからかもしれない。
『くっ、もう少し時間を稼ぎたかったですが』
そんな悔しそうな機械音声は、扉が壊れて、戦いの衝撃で先程ひび割れを起こした壁ががらがらと崩れて、拡張された部屋の先の通路で片膝をつけて座り込むメイドの後ろ姿から聞こえる。
僕の枢機卿――すう姉だ。
やっと見ることの出来た懐かしささえ覚える姉の姿。
だけどその姿は酷くぼろぼろで。
僕達がここで話をしている間もずっと外で戦い続けてくれていたのだと。片腕をなくしてまで戦い続けてくれていたのだと思うと申し訳なささえ覚えてしまう。
「いっく――ぐぇ――――ひゅぐっ」
万代さんが壁であった向こう側にいた何かを見て、ソレに、視界を遮るように飛びつこうとした。
だけど、その飛びつきよりも先に、にゅっとどこかから腕が伸びてきて、彼女の首を掴んで持ち上げた。
彼女は何の力も、抵抗も出来ない一般人だ。
その先にいた相手からしてみたら、それこそ枯れ枝を折るかのように一瞬で殺せる程のちっぽけなものだったのかもしれない。
事実、そうであると、目の前でそれはあっさりと実行される。
反抗することもなく、ただ掴まれて。
一瞬、びくりと反射的なのか、動いた体はその後は動かなくなる。
そのまま、ぶらりと、力なく宙で揺れる万代さんは、もう、死んでいる。
あまりにも一瞬。
先ほどまで笑いあっていたそれが、崩れ落ちる。
「あなたが……戦っていた、相手……」
そこにいたのは。
「樹、そこで、なにをしておる。……お主も、とことん我の邪魔をするな。『B』室の丙種」
「僕は、『冬』です。名前くらい覚えては?」
「我の障害になり得るなら覚えてやろうて。これでも覚えたつもりだがな、ひよっこ」
『縛の主』
夢筒縛。
世界樹の管理者であり、僕からスズを奪った敵。
スズを自分の私利私欲のために利用する敵。
僕達が、結果的にやり直す選択を強いられることになった、敵。
「チヨ――しまっ……」
樹君が万代さんがあっさりと殺されてしまったことに驚き声をあげ、投げつけられた万代さんを片手で抱き止めようとした。
僕を支えていたから抱き止めることが中途半端になったのか、万代さんが一度樹君にぶつかって勢いをなくした後、地面へどさっと抵抗なく倒れていく。
だけど、本当に僕を支えていたからだろうか。
抱き止めるなら、僕を一度離してでも抱き止めるはずだし、なぜ僕の体を支える腕に力が込められ続けていくのだろうか。
片手だからといって、抱き止められないなんてことはないような気もする。
不審に思い樹君をみると、万代さんが飛んできた先を見て怒りと焦りの表情を浮かべていた。
「冬っ! 発動するっ!」
『少しは耐えなさいっ!』
怒りを抑え込めないのか、どんどんと歪んでいく顔に、理性で耐えながら、僕に忠告する樹君。
叫んだ樹君の前に現れたのは、すう姉だ。
発動する?
何が?
まさか、やり直しが?
条件が整った、ということを意味する樹君の焦りの声は、僕にどのタイミングで条件を満たしたのかは分からないままに。
僕はただどうなるのか、身構えることしかできない。
なくなった腕の接続部からばちばちと音を立てるすう姉が、主武装である棍を勇敢に振るう。
『――っ!?』
振るった棍がばきばきと食い破られるような音を立てて二つに割れると――
――ぱきり。
と。
すう姉から。
機械兵器としての強固な体であるはずのすう姉から、聞いてはいけない音が聞こえた。
彼女に振るわれたそれは。
『縛の主』
夢筒縛の、代名詞。
「『
すべてを喰らう、残酷な、一撃。
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