第241話:Re・PLAY

 半分皮膚が剥がれ落ちて機械のパーツを見せるすう姉の顔がこちらを向いた。


 悲しげな表情を浮かべるそんなすう姉は見たくなくて。でも、見るしかなくて。

 見て、記憶に残すようなことしかできない自分が、とても無力だった。



『フ……――ュ――』



 ふらりと、体が揺れる。

 くるりと、振り返ってゆらゆらと体を振らして歩いてくる。


 ふるふると震えるすう姉の手が伸びた。

 その手を必死に掴もうと僕も手を伸ばす。


 そんなすう姉の――顔に体に。

 光が、走った。


 四つに分かれていく体。

 ばらばらになって散っていく体。


 体の中から、チップのような電子機械が飛び出していく。

 チップだけではない。

 色鮮やかに、ケーブルや機器が弾けるように粉々に。

 機器と同じく、辺りに血のように飛び散る黒い液体は、すう姉の血液でもある循環液なのだろうと冷静に判断する自分がいる。


 すう姉が、機械の体で出来ていると再認識したけども、そんな再認識は今はいらない。


 機械だろうがそこは重要じゃない。

 僕のことを心配してくれて助けに来てくれた、僕だけの枢機卿――すう姉なのだから。

 裏世界に来て、色々教えてくれた、導いてくれた、僕の大切な姉の一人なのだから。



 死んでいく。

 目の前で、僕を助けに来てくれたから、助けになんかきたから、体を壊されていく。



「すぅ――姉ぇぇぇっ!」



 伸ばす。

 僕も、手を、必死に。


 せめて。

 せめてすう姉を。

 樹君に触れている何かしらをやり直しの先へ持っていくことができると言うなら、同じく型式に記憶を捧げている僕なら、樹君と接触している僕に触れるだけでもきっと連れていけるはず。


 動け。

 動け体。

 伸びろ、腕。



 後少し、もう少しでチップに――



 触れるか触れないか。

 その瞬間。





 僕の意識は、途絶えた。






















 辺りの光が治まる。


 この光を見るのは初めてかもしれない。

 俺もやり直す時はこんな感じで光っていたのだろうか。



 ……眩しいだろうな。

 単純に、そう思う。

 この光がある意味目晦ましとなって動きを阻害し、その間に俺はやり直しへと旅立つのだろうかなんて思う。

 アニメや漫画で見る昔のヒーローが光る原理はまさにこのためなのかなんて思ってみるが、あれは更にその光の中でコスチュームチェンジしているわけだからもっと凄いとも思った。


 俺とそんなヒーローの違いは。

 着替えているのか、それともやり直しているか、の違いくらいだろう。


 そんなわけないのだが、ふとそう思えて笑えてしまった。



 やり遂げた、という気分でもあったのだろうか。

 妙に自分の気持ちが充実している。



 先ほどまで俺の目を傷めていた光は、冬から発せられた光だ。

 それがやり直しをする際に発せられる光なのだろうと思うと、そう言えば、と、何度かのやり直しの中で、夢筒縛が光について驚いていたことを思い出した。


 となるとやはりこの光は、やり直しの光なのだろう。

 冬の光が消えて、冬がいなくなった後、俺自身からも溢れ出てきたその光に身を任せる。

 どうやら俺も、やり直しをすることができるようだ。


 冬は無事、やり直し先へと向かえただろうか。やり直しの先へと向かえていなかったらまたやり直す必要が出てくるのだが……。

 流石に今回のようなやり直しをもう一度経験したいとは思わない。


 なぜか、どうやっても狂いが生じる。なにもかもが自分が思う通りになんて動かないし動いてくれない。


 それは女狐だったり冬の行動だったり。様々な要因が絡んでいるのだろうとは思う。


 人だから。

 それぞれが思考し、生きているから。


 そんなものを全て把握して全てを思い通りに動かすことなんて出来るはずがない。


 もしやり直しが失敗していたら。

 ……いや、次はもっと上手くやれる気がする。

 なぜなら、このやり直しの型式『未知の先フォールダウン』の弄り方を知れたのだから、もっと上手く――そう、それこそ何人もやり直しの旅へ連れて行けるのではないか。


 出来ない。

 そう冬の昔の記憶を持つ残留思念は言っていた。

 だけど、それはやりようにもよるのではないか。


 そうだとしたらこのやり直しは、もっとも充実した実のあるやり直しだったのかもしれない。

 それこそ、あらゆる仲間を繰り返しの先へ連れて行くための前準備のやり直しだったのだと思えば、そろそろこの旅も終わりが見えてきたとも思える。



 冬であった残留思念が俺の型式をどう創り変えたのかは分からないが、基本は残してあるということだから元々の型式の力自体は何も変わらないはず。つまり、俺の『模倣と創造フェイク』は残っているということだ。

 それに、誓約のほうが強いから条件はいくらでも変えられるといっていた。


 あれがあればまだ戦える。正直に言えば型式を捨てる必要があるとも考えていたから、今後をどうすればいいかという不安もあった。

 なぜなら、あれがなければ、俺は『焔の主』に勝てないから。


 勝てないということは、チヨも護れなくなるということになる。

 それは致命的だと思っていた。俺の存在理由に、チヨは切っても切れなくなっていたから。


 だから、残留思念が、元の条件を残した上で更に自分の思念を取り込み誓約を強化し俺の型式を強力にしてくれたと言うことには感謝した。


 ……ん?

 残っている……? であれば……まさか、チヨ専用型式も。

 まさか、チヨ専用型式も、現存、している……!?


 思わず二回考えてしまうほどに。


 ならば、俺は、戻った先でチヨにまたすぐに着せることが出来るのではないか!?


 チヨは今回は死んでしまった。

 本当は死なせたくなかったが、あの状況ではどうしようもなかった。

 だから戻って最初にチヨに謝って慰めないと。

 いくら俺と同じようにやり直しが出来るからといって、本当はチヨのほうが慰められなければならないのだ。

 チヨは本当に死んでしまっているのだから、それは俺を助けることよりも恐怖だ。

 やり直してすぐは俺の見えないところでいつもぶるぶると震えていることは知っている。だから少しでもその恐怖を和らげるために、忘れさせるために。抱きしめてその傷を埋めてやりたくて。



 そんなことしかできない俺は。

 ……俺は、彼女のためになっているだろうか。

 俺は、彼女のその心を救えているだろうか。

 支えられて、いるのだろうか。



 不安になる。

 何度もやり直しても、聞けないその質問。


 そろそろ終わりを迎えるのだから、聞いてもいいかもしれない。





 次に目を開けたときは、きっとあの白い世界。


 ああ、そうだ。

 狐面の巫女装束に、久しぶりに会える。


 そんなこともふと思った。

 長いこと会っていない気がするが、そこまで長くない気もした。

 会おうと思えばいくらでも会えそうでもある。

 やり直せばいいのだから。


 今度はしっかりと彼女の名前を聞いてみよう。


 待っていろ、狐面の巫女装束。

 お前のその巫女装束を、俺のチヨ専用型式で創りだしてチヨに着せてやるのが目下俺の目標だ。



 そう思い、俺は目を開けた。


















 真っ暗な部屋の中。

 パイプ管がひしめく部屋。

 傍で倒れるのは、すでに息絶えたチヨ。

 先ほど壁を壊して、破砕されてばらばらとなった枢機卿のパーツが散らばり。

 後ろには、固形状に人の姿をした液体――水無月スズが流動しながら立っている。


 ここは、『苗床のゆりかご』。

 俺が先ほどからずっといる、やり直すために向かった目的地、その部屋だ。





 光の治まったそこに。



「樹……お主は、何をしたのだ。我の妨害のために何を行ったのか、説明を我は求める。何をしたい。何をしたかった。何が起きた。なぜ『B』室は消えた」




    『縛の主』

        夢筒縛が。



 俺の、目の前にいる。











「――は?」






 やり直して、いない……?

 それは、想定していなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る