救出、そして――

第230話:世界樹の中へ


 俺は世界樹の裏口で倒れた松と、松から離れない戦乙女を『月読の失敗作』達――許可証所持者二十二名と弓に任せて、枢機卿と女狐と共に先に進む。


 今は世界樹の中はほぼ無人。

 殺し屋組織『騒華ソウカ』の幹部が連れてきていた殺し屋達は表口で女狐達と『世界樹の尖兵』によって倒され、先ほど外で呆けたまま動けなくなった戦乙女から聞く限りは、その幹部であるラードも松によって倒されたと聞いた。



 だがその代償もやはり大きい。 

 できれば、松には、生き残っていて欲しかった。

 いくら俺がやり直せるからと言っても、仲間が倒れていくのは辛いし、不測の事態に備えて戦力が減るのもまた辛い。


 戦乙女が呆けるように松を慈しむ姿を見ていても、生き残っていてほしかったと心から思ってしまう。

 こんな世界に生きているのだから人の生き死にに心が麻痺しているとは思っていたのだが、まだまだ俺も人の心はあったようだ。



 二人の許可証も受け取り、これから先敵がいるのは、最奥にいる夢筒縛一人と、殺し屋組織の残存がいるであろう地上であり、世界樹の中に侵入されないように警戒する人数も必要だったから地上には多めに配置し、少数だけで世界樹の中へと侵入している。

 世界樹の中には『世界樹の尖兵』も今はほとんどいないはず。

 先に女狐達と戦闘した時に投入されていたのはプロトタイプではあるが、これから時間をかけて本当の尖兵を作っていくのだから、殺し屋組織に警護を頼んでいたはずだったと記憶している。


 地上は割り振れる最大人数で護り、最奥は気づかれない程度の人数で挑む。

 最奥に人数をさほど割り振れない理由もいくつかある。

 まず枢機卿に関しては、これから俺が『模倣と創造フェイク』で過去に送り込むから必要だとして、女狐については、不慮の事態に備えての保険だ。


 それに、もし夢筒縛に見つかった場合、準備が整うまで夢筒縛を抑えてもらう必要もある。

 今回の冬の救出において、最も問題なのはそこだ。


 俺のこの『模倣と創造フェイク』は、やり直しができる条件が、俺が夢筒縛に怒りを覚えることが条件だ。

 それこそ、今はもう、怒りしか覚えていないので、電話越しに飛んでしまうのではないかと本当に心配ではあったのだが、対面した上で怒りを覚えるということが条件なので電話越しでは起きるわけがないのだが……。


 とにかく。

 俺は、夢筒縛にとんでもない怒りを溜め込んでしまっている。それは以前、何度も繰り返し飛んでしまっていたことから自分でよく分かっていた。

 それこそ、もうその怒りを取り除けないほどに、だ。


 なので、俺は会ったら即飛んでしまう可能性が高い。

 声だけならなんとでもなるだろう。もしかしたら数秒、あるいは数分はなんとか耐えられるかもしれないが、そこまで長い時間ではないことは確かだ。

 顔を見てしまえば即飛びなのは間違いない。

 だから、女狐には、少なからずその時になるまで俺に夢筒縛と遭遇させないこと、という重要な問題点をクリアしてもらう必要があるのだ。


 もう一つ保険はあるにはあるのだが、あれは戦えないしな。


「……なあ、枢機卿」

『なんですか』


 俺は世界樹の地下施設、冬達が生まれた『B』室の部屋内で割れた大きな試験管のような容器を見ながら枢機卿に声をかけた。

 凄く不機嫌な声が返ってきたが、まだ許してもらえないのだろうか。いや、許してもらう云々より、次のやり直しのために俺がしくじらなければいいのだからそういった話は今は関係ない。


 だけども。

 少しは友好を築いても悪くはないだろうと、ちょっとした好奇心を話題に変えた。


「この割れた容器、何が入っていたんだろうな」


 前々から気にはなっていたのだ。

 この割れた容器。

 明らかに人が入っていたであろうそこは、今はもぬけの殻。


『……は? 何をいきなり。……どうせこの施設が破棄されたときに何かしらのトラブルがあって割られたか、それか以前大きな争いがあった時に壊されたのでしょう』


 なるほど。

 言われてみれば、確か世界樹は以前夢筒縛が世界を手に入れるために許可証協会率いる『流の主』達と戦い、戦場となったのだったか。


 裏世界の最も大きな争いではあるのだが、誰もが口を閉ざすその戦いはどれほどの規模だったのかと思うとまったく想像がつかないが、なかなか奥のほうへと進んでもここまで壊れていると考えると、当時の夢筒縛はかなり劣勢だったのだろうと思った。

 女狐達が世界樹の正面で戦った『尖兵』がそこまで数もいなかったようだしその時に生き残った廃棄品とかだったりするのだろう。


 その時にこっそりピュア達が『苗床』を強奪して表世界へ逃がしているとかそんな話もあるようだが、なぜここまでその争いが「あった」という事実だけはわかっているのに、どんな戦いだったのか等は誰からも聞けないのはなぜなのだろうかと少し不思議だった。


「ああ、それ私ですよ」

「……? なにがだ?」


 俺達から少し遅れて『B』室へと入ってきた女狐が、俺と枢機卿の話に参加してきた。

 しかし、『私』といわれても、何の話なのか分からない。


「ですから、そこにいたのです」

『そこにいた……?』


 俺も枢機卿も、何の話をしているのか分からず小首を傾げてしまう。

 女狐がはぁっとため息をつくと、先ほど俺が見ていた割れた大きな試験管容器を指差した。


「ですから。そこの中にいたのは、私です」

「『……え?』」

「とは言っても、二年前くらいの話ですか。そこの試験管の中で目覚めたのは。その時すでにこの施設は壊されてたようですので、先ほどの枢機卿の推論は二年以上前の話になるのでしょうね。正直、抜け出てくるときは苦しかったので二度とそこから出てきたいとは思いませんよ」



 女狐が圧倒的な力を持っているのは知っている。

 なぜなら俺も、このメイドからは逃げることしか出来なかったからだ。

 今戦えといわれても、勝てないだろうとは思うほどにこの女狐は強い。


 女狐が言ったことに、俺はこいつがどうしてこんなに強いのか、思わず納得してしまった。


 なるほど。つまり、破棄されていたかどうか不明だが、『準成功体』の一人であったから、そのように強いのか。と。

 冬が丙種だったはずで、ピュアがその上位種の乙種だったと記憶している。

 女狐の強さからして、その更に上、甲種なのでは、と思えばこの強さも納得だ。


『そ……そんな……』


 納得している俺と逆といえばいいのか。

 女狐の言葉に、そこまでかと言うほどに反応する枢機卿に、俺は驚いた。

 わなわなと震えたかと思えば、力が抜けたのか、地面に膝を落として項垂れるほどだったのだから。


『でしたら……まさか』

「ええ、そのまさかですよ」


 女狐も、枢機卿が悟ったそれを理解しているのか、両腕を胸の前で組んで、まるで威圧するかのように上から目線でにやりと笑う。


「つまり、私は。冬の家族なのですよ。だから、私があの子の姉と言うのは、あながち間違いでもなく。正式にそう言われてもおかしくないのですよ」

『うぅぅ……』




 ……は?

 お前等何を争っているんだ?



「……二年前に産まれたんなら、冬よりもっと若いだろうに。だったらお前、冬の妹になるぞ……枢機卿も、数日前に体持ったんなら妹に分類されるんじゃないか?」

「『!?』」


 二人揃って、「それもある意味ありではないか!?」みたいな顔して俺をみるのはやめてくれ。


 そんなどうでもいい会話にノる俺もどうかしているのだが。

 俺は俺で、これから先、この二人と一緒に重要な場面をしっかり乗り越えられるのか不安になった。

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