第228話:『焔』を纏いて 11

 この男が、どうしてこうまでして煽るのか。どうして敵との対話を選びつつ戦っているのか。

 わいの命が、残り僅かだと分かって、対話をしていたんやと気づく。

 思いのほか喋りすぎていた。まさに時間のロス。



 わいの、残り時間は――



「弟君さ。覚醒したばっかりで、その力をいつまで続けていられる? 型式にだって限界あるだろう? だったら、もうそろそろ、厳しいよなぁ?」

【……はっ】


 そりゃそうや。

 あまりの強さに、いつまでもこの力が続くとか錯覚して、考えることを忘れてたわ。


 先ほどからの、不必要なほどの怒りとその温度の上昇は。

 わいの命の灯火が消える直前の、感情の揺らぎが起こした最後の煌きだったんやな。


「物理的に心臓ないんだから。いくら炎の塊といっても、な。どうなるんだろう。楽しみだ」


 ラードの言う通り、もうこの力は終わりを迎える。

 忘れたらあかんところを忘れてたやんけ。

 恐らくはこの忘れかけていたことさえ、ラードの『隙間の合間スキマ』の能力にかけられていた可能性もある。



【……凄いな】

「気づいたか。……当たり前だ。これで生きてきたんだし、弟君程度の実力者には見破られるわけがないんだけど。流石にヒントを与えすぎたか」



 ……はぁ〜。ようデキてる型式やなぁ、と、本来なら型式を覚えたてのわい如きが看破できるほど簡単なものやないんだろうとラードが言ったことに素直に感心した。


 何の型で構成されてんのかもさっぱりやで。やっぱ複合型なんかな。……確か、瑠璃が二つまでなら組み合わせることが出来る言うとったから、『流』と『疾』の型辺りなんかな。

 奥深いでほんま。


 力が高まった理由が怒りだけだと思わせるのもラードの策略だったのだろうと思えば、時間があればわいもこのように熟練できる型式を創れたのだろうかと羨ましくもなった。


「弟君さ、俺と相性いいとか思ってた? 有利とか。なわけないだろう? 俺のほうがどう見ても、有利だ。だって、俺は逃げ回ればいいだけなんだから。俺を追いかけて倒せたり、遠距離で何かできるわけでもないだろう?」


 くっくっと押し殺すような笑いと、その目が雫を見た。


 ラードはもう、次の戦いが本命だと言わんばかりにわいとの戦いに関心も薄れている。


 所詮は物理攻撃では倒せない時間制限付きの力や。こんな相手との戦いはいくらでも経験があって、格下の相手だから余計に余裕があるんやろうな。


「『流』の型」


 次は自分が戦うと考えたのか、雫が自分の周りに『流』の型で作った刃を浮遊させる。


「ほら。しずくちゃんも、弟君が勝てないと思って戦う準備してるよ。ははっ。もう遅いだろう? 弟君、この型式切れたら終わりだ。また見せてくれるのか? 絶望まみれの顔を、さ」

「ち、ちが――」


 どれだけ時間が残っている?

 ラードを倒すにはどうしたらいい?

 近づくことはない。ならばわいが近づけばいい。

 近づくにはどうしたらいい?


 考える。

 時間がないからこそ、自分がこの歴戦の猛者に勝つにはどうしたらいいか、どうすればこの相手に致命的なダメージを与えられるか考える。


 遠距離攻撃。

 できたら苦労せんわ。

 でも、今はそれが欲しい。

 なら、作れ。


 型式だ。

 今、自分が生きていられる事象を生み出しているのも型式。

 『想像』と『創造』でなんでもできそうな力。


 ……炎。

 わいは、さっき、何を知った?

 わいの体から離れた炎はどうなった?

 しばらくわいの体から離れても、炎に意志をもたせられる?

 それを投げてぶつける?

 避けられるやろ。

 なら、その炎を破裂させてダメージを与える?

 ……破裂させる?



「ほら、もう弟君死ぬよ? どうするしずくちゃ――え?」




 ぽっ。       ぽっ。

      ぽっ。

  ぽっ。    ぽっ。




 わいの考えに、炎が同調した。

 不思議な音を立てて、火の玉が浮かんでいく。


 ラードの自己陶酔にも、時間稼ぎの対話にも付き合ってもいられん。

 遠距離攻撃が出来ないとたかを括って逃げ切ろうとしているのなら、逃がさなければいいだけやん。



【だ~れが、遠距離攻撃、できないってぇ?】



 自分の体から切り離した炎は、しばらくの間、わいの意志が届く。

 ラードとわいの間に、一定間隔で狐火のような火の玉が並び、ラードの辺りにもぽつぽつと浮かばせる。


「まさか、遠距離――」

【そやで――】



 狐火に意識を集中させる。

 ラードがわいの接近から逃げようと、『隙間時間おうちじかん』を発動したようやけど、もう遅い。



 狐火から狐火へ。火から火へ移り移るその様は、狐火に意識が乗り移る度に加速していく。爆発音と共にどんどんと早くなっていく。

 あまりの速さに、ラードの型式の効力さえも一つ前の狐火に置いていき、逃げようと『疾』の型を発動したラードをいとも簡単に捉える。



【――遠距離攻撃なんか、そう簡単にできるわけないやろぅがっ!】



 離れた場所への攻撃なんてできるわけがない。熟練してたら飛ばしたりできるかもしれへんが、そんなの待っていられる程の余裕もなければ時間もない。



 だったら、単純な話や。

 なーんも考えんでもええ。思ったとおりにすりゃいい。


 時間も短縮できるように、わいがただ逃さないように近づいてしまえばええだけやで。


 その炎を、わいの誘導灯に使う。

 その炎の道を、ただ追いかければいいだけ。

 ちょっと勢いつけるために爆発させて加速はさせてもらうけどな。



 ラードの前へと躍り出て、捕まえる。

 捕まえて。ただ、抱きしめる。

 だけどその抱きしめは、







「ぎ、ぎゃぁあああぁぁぁああぁあああぁっ!?」






【炎の塊から抱きしめられる気分はどうやぁ?】


 わいが青くなるほど熱く熱していれば、地獄やで。


「はなっ! はなぜっ! ばなぜぇぇっ!」


 溶けていく。溶けていく。

 人が、ゆっくりと、溶けていく。

 にちゃりと、肌が焼けては溶けて、くっつき。くっついた皮さえ焼き尽くされて燃えては黒くなる。


 いくら炎の名を冠する『焔』の型で耐性をあげて対抗しようとも、抗えないその熱量。

 抜けようともがいても、肌がずるりと剥けるだけ。

 とろりと剥けた先にあるピンクの肉をこんがり茶色く焼いていく。


 本当は焼けていく臭いとかあるのかもしれへんが、鼻も炎やからな~んも感じんなぁ。抵抗しても炎で囲んでいるから逃げられもできんしなぁ。


「ひぎっ。びぎゃぁ! あ、あちゅ……ば、はなりぇりょぉ……!」


 より型式に習熟しているから起きる悲劇。

 中途半端に耐えられるから、じわりじわりと、蝕んでいく。

 習熟しているから、この型式を切ればすぐに焼け死ぬことが分かっているから、型式を切らすことができない。


 だから、暴れるしかないけど。

 溶けていくから暴れられない。

 暴れれば暴れるほどに、侵攻は早まり、耐えられるから痛みから解放されたくて、抜け出したくて、暴れざるを得ない。

 でも、暴れたら死に一歩近づいてしまう。


 ……負のスパイラルとはよく言ったもんやで。



【さしあたって。最初で最後の型式やな。名前はそやなぁ……】

「や‶、や‶め‶……ゃめ‶――」




 ――盛れ。


       燃え盛れ。



         復讐さえも燃え尽きろ。



    浄化の柱となりて。


    

  命を懸けて高く高く。



      天をも穿つ、炎となれ。








        『火之迦具土かぐつち








 『炎の魔人イフリート』は『火の化身カグツチ』へと昇華し。


 青い火柱が、空高く昇り。

 そして散っていく。






 彼に残された時間は、

 残り――

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