第225話:『焔』を纏いて 8
俺だけを考え、俺だけを見て、俺を殺すためだけに強くなろうとする彼女を遠くから見るたびに、彼女の活躍を見るたびに、知るたびに。
俺は、彼女がまだ俺を愛していると確信する。
俺の愛が薄れることはないのだから、彼女もまた俺への愛を失うことはない。なぜなら互いが愛し合っているのだから。
彼女とまだ繋がっている。
彼女がまだ俺を愛してくれている。
彼女が俺を殺しにきてくれる。
その、愛情を愛憎へ。憎悪へと反転させて。
彼女は俺への愛と共に俺の元へ戻ってくる。
そう思っていたのに。
彼女の傍にあいつが。
あいつが現れて彼女の心を掴んでいく。
彼女が、他の男に、盗られた。
寝取られ。寝取ったことはよくあったが、そういえば寝取られたことはなかったと思った。
実際行われてみれば、悔しくはあるがそういうのも悪くはないとも思う。
彼女が他の男と一緒に仲良くやっているのを見るとざわつくこの心がとても新鮮で、彼女の視線が、本当は愛しているのに向けられることがないというこのジレンマに心は惑う。
この惑いもまた新鮮で。興奮して。
優越感。
別の男を愛する彼女のその相手を目の前で殺してみてはどうなるか。
どんな表情を見せてくれるのだろうか。
俺の心はトキメク。
彼女が必ず俺の下に戻ってくるということが分かっているから味わえるこの感覚に、俺は自分と彼女の中にある愛を確信する。
だから――
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――四つ。
――防戦しようと防御した腕を焼いては散らす。
「……は。圧倒的だな。しずくちゃんの弟君は」
悲鳴を上げながら燃えカスとなっていく仲間達を見ながら、俺としずくちゃんは仲良く唖然として立ち尽くしていた。
ちらりと、傍にいる愛しい彼女を見てみると、彼女のその目は俺を見ていない。
敵であり仇であり、標的である俺を見ずにそこまで彼女に魅入られる彼がとても憎らしい。
そんな彼女の惚けたような、嬉しいような。驚いているような。泣きそうな。
ころころと表情が変わっては何かを言いたくて、叫ぼうとして言葉を出せないその様が、とても美しい。
ああ、彼女の美しさをまた再発見することができた。
……なんだ。まだまだ彼女には見るべきところがあるじゃないか。
なぜそこに気づかなかったのか。
まだまだ彼女には愛せるところがある。彼女を見続けることができる。彼女で楽しむことができる。
そう思うと、彼女を取り戻すという行為もまた俺にとってのクエストであり、そのクエストの達成の暁には彼女が俺の下へと戻ってくるというのであればこのクエストは俺にとってラスボスとの戦いの果てにある、最上級クエストなのだと思う。
つまりは、俺としずくちゃんの、ハッピーエンドに至る道なのだと。
ついにここまできた。
彼女が寝取られて他の男の下へといったことに酷く屈辱を味わいまた興奮した。それを踏まえることでこの道に至ることができたのだと考えれば、寝取った相手――弟君という障害もまた愛おしくも感じる。
だが、あれは許すことはできない。
一時とはいえ、俺からしずくちゃんを奪ったのだ。
だから、あれは殺して消して、初めてしずくちゃんを手に入れることができるのだ。
目の前で殺されたときのしずくちゃんのあの絶望に塗れた顔がまた見れると思うと嬉しく思う。
――五つ。
――気軽に触れられては燃え尽きる。
「旦那……様ぁ……」
圧倒的なまでの力で俺の仲間を倒す彼を見続け、俺のことなどまさに言葉の通り眼中になくなってしまった彼女は、ついに言葉を吐き出し涙を零した。
その涙を掬い取って舐めればどれだけ濃厚なしずく味がするのだろうか。
またしずくちゃんの新たな表情を見れたと嬉しくは思うが、その表情を作り出したのがあの弟君だと思うと腹立たしい。
俺のしずくちゃんを。
どうしてそこまで自分のモノとできるのか。
なぜそこまで彼女から愛されるのか。
あの時から、そう。
ずっと、記憶を弄られる前から。
家を燃やした時に、あの時も彼女は弟君を護るために必死だった。
自分の命を捨ててまでも弟君を護る。
そんな意志がありありと分かった。
それは愛だ。
家族に対する愛情だ。
だけどその愛は、俺が壊した。
壊して消して。彼女の中ではなくなったはずだった。記憶を取り戻させてからもう一度壊して、俺への愛憎へと変えたのだからもうなくなったもののはずだった。
だからその愛は、自分だけのものだったはずなのに。
家族に対する愛情だったそれが、今は彼女の中では一人の個に対する愛情――異性への愛情へと変わってしまっていることが、俺には信じられない。
あれだけ俺と濃厚な時間を過ごしたのだ。
憎しみを植えつけたのだ。
愛し合ったのだ。
なのに、それらを全て忘れて別の男へと向かう。
であれば、俺はしずくちゃんを取り戻すために――
「――しずくちゃん。俺は彼を、もう一度。殺すよ」
「っ! なにをっ! あんたは私が――」
ああ、そうやって彼へ過剰に反応する君が愛おしい。
だからその愛が、欲しい。
なのに。
その愛は、他の男へ向いてしまっている。
――六つ。
――振りぬいた刃で貫いても、
炎に巻かれてバーベキュー。
だから。
彼女が、俺の下へ戻ってこないほどに別の男のモノになってしまった彼女を――
そして、その彼女を変えてしまったあの男を――
――七つ。
――逃げる間もなく焼き尽くし。
「君の愛を、また取り戻したいからね」
「っ!? ふざけないでっ!」
しずくちゃんの背後に浮かぶ氷の刃のいくつかが俺に向けられる。
「また君の愛を俺にくれるのかい?」
「これをどうして愛だと感じるのか理解に苦しむけど、あんたに死をくれてあげることはしてあげられるわ」
「ああ……なるほど」
――それが、愛なんだよ。
分かってない。
分かってないと、彼女に言ってやりたい。
壊したい。殺したい。
そう思うことこそ、究極的な愛なのだと。
でもそれを言ってしまえば。殺して欲しいと願っていると理解されてしまえば、恐らく彼女は俺を殺そうとしなくなるだろう。
なぜなら、彼女は、俺を愛してるから。
殺したくなるほど愛しているからだ。
「ああ、もう。君は本当に愛らしい」
「……狂ってるわ」
「狂っていなかったら、君にああまでしない。あの日々は俺にとってとても美しくて喜ばしい日々だったよ」
「あんたは……どうしてそこまでして、私を苦しませるの……」
「あの時の君が。俺を本当に愛していたからだ。もちろん俺も――」
【――いつまで喋っとんねん】
熱気と共に、言葉が聞こえた。
言葉そのものが熱気として届いたと錯覚するほどにその言葉は濃密に俺の耳元に伝わる。
「無粋だな、弟君は。まだ俺が喋ってるだろうに」
そして。
炎の塊が。
辺りの景色を歪ませる程の熱気と、それを起こす炎の塊となった彼が。
しずくちゃんの作り出した氷の刃を瞬時に溶かすほどの熱量を持った塊となって。
全てを燃やし尽くして、辺りに炎を撒き散らして。
俺の前へと。
「弟君が俺と戦うのは必然であるからして」
仲間達もあっさりと殺された。
どれだけの無敵さなのか。
それとこれから戦うのかと思うと、うんざりする。
だけども、その戦いこそが、俺にとって必要なことなのだと思うと、自分の愛のために勝ち取るべきだと思うと、立ち向かう力が湧き上がる。
【そうやな。わいも、あんさんがいたら雫が安心して暮らせない思うから、戦って倒すしかないと思ってんで】
「……俺の雫を、これ以上、穢すなよ」
【誰があんさんのやねん。雫は雫のものや。誰のもんでもないで】
その姿はまさに。
『焔の主』が『主』として、裏世界最強として君臨する由来となった姿と同一。
それは。その姿は――
【
彼が生きていられる残り時間は、
――残り、十二分。
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