第200話:繰り返す先へ 17


「いっくんは泣き虫だなぁ。ふへへっ」


 どこか恥ずかしそうで、嬉しそうな、そんな想いが残るその声に、自分がどれだけ長い間チヨの胸に顔を埋めていたのかと恥ずかしくなった。


「頭が禿げる。いい加減撫でるのをやめろ」

「えー。普段できないんだから今くらい堪能させてくださいな旦那様。ふへへーっ。お、おやおや? それともいっくん、むっつりさんだからあたいの胸の谷間に夢中だったのかな、かな? 堪能してたのかな、かな?」


 旦那様。

 そう言えばチヨは、このやり直しの最初の出会いの頃からしばらくは、俺のことをそう呼んでくれていた。

 今となっては懐かしい話ではあるが、チヨもやり直しを経験しだした頃から呼ばれなくなったなと思うと、その呼ばれ方にむず痒さを感じる。


 だけども。



「ない乳に何を堪能すればいいのかと思うのだが」

「ない――……ひっどっ!」


 言葉とは裏腹に、笑い声をあげるチヨが、すっと俺から離れていった。

 俺はそんなチヨを座り込んだ体制のまま見上げる。


 生きている。

 彼女が生きているということに、酷く。とても酷く、心が揺さぶられる。

 また目から溢れそうになる涙を堪えながら、俺も立ち上がる。


「チヨ」

「ん? あいあい?」


 チヨは「何度やり直して思うけど、やり直しってすごいわぁ」と、何度もやり直しているたびにリビングを見渡しながらのいつもの言葉を呟きつつ、少し俺から距離を置いて振り返って俺を見る。


 気づけば、地下世界である裏世界の空の色がオレンジ色に色づいていた。

 間もなく夜。

 天井の光が少しずつ消えていき、夜が訪れる前に演出されるオレンジの夕焼けを模した光だ。


 その光が我が家の窓から差し込み、その光をバックにしたチヨの表情は俺からは伺い知れないほどに暗く闇を落とす。


「すまなかった」

「ん? 何の話?」

「お前を、殺してしまったことだ。取り返しのつかないことをした。俺を恨んでくれていい。謝っても許してくれるとは思ってない。だけどそれでも、俺にお前を――」


 その闇がチヨの俺への心情を表しているようで。

 謝るだけですむわけがない。

 俺は思いつく限りの言葉で、チヨに謝罪をしようと、頭を下げた。


「あはは。いっくん。何言ってるのさ。謝るのはあたいのほうだよ」


 だけども、チヨはそんな俺の謝罪を、笑う。


「いっくんはいつもあたいを助けてくれる。いつもあたいの傍にいてくれる。いつもあたいを喜ばせてくれる。楽しませてくれる。幸せにしてくれる」


 一歩俺に近づく。

 俺が怖くないのか。


「家族も友人も。傍に誰もいなくなったあたいにとって、恋人として傍にいてくれる、好きでいてくれるって、それがどれだけ嬉しいか、いっくんはわかってないのかな、かな? 分かってなかったんなら思いしるといい。ふへへっ」



 チヨが、俺を抱きしめる。

 その暖かさは会ったあの時と変わらず。何度も抱きしめあった時と変わらずに。冷たくもならず、急激に冷えていくこともないその温もりは、俺の心をゆっくりと溶かしていくようで。


 柔らかな、幸福の感情が心を満たしていくのが分かる。


「だからいっくん」


 その感情が、どこから来ているのか。

 それは、すぐに理解できた。

 できないわけがない。


「あたいを殺したとか、そんなことで悩まないで。そんなこと気にするくらいなら、あたいをもっと楽しませてくれないかな、かな? だからね――」


 目の前の彼女――チヨが。

 チヨが俺にくれるこの感情。


 チヨは、どこまで俺を救ってくれるのか。


「――ありがとうっ」



 そうやって許してくれるチヨに。

 俺は、何ができるだろうか。



「むっ!? い、いっくん!?」


 そう思いながら、俺はチヨを抱きしめ返す。


 今は、このまま――この温もりをしばらく感じていたい。



「いっくん!? あたいは前も言ったと思うし、何度も何度もやり直すたびに言ってるはずなんだけど忘れてないかな、かな!? むしろあえて忘れてたりしないかな、かな!? っていうか聞こえてるかな、かな! こういうのはしっかりと――」



 護れなかった彼女を、もう一度護らせて欲しい。

 傍に居て欲しい。

 助けて欲しい。

 一緒に、生きていて欲しい。


 今度はしっかりと。



「ま、まったーーーっ!」




 もう一度の誓い。何度やり直してもたてる誓い。

 何度も何度も。そして今回も。

 



 ……とりあえず。今回も。





      巫女装束から、始めよう。






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 巫女装束からはじまりメイド服、眼鏡付きスーツにその二つに猫耳やウサ耳、尻尾をつけてみたり、チャイナドレスも堪能してナースへと移行。更には各種学生服類を何種類か試した後は上着を取ってもらって男物のワイシャツを装着してみたり。



 ふむ。やはり、よく似合う。

 ただ、一日かけてそれらを堪能するのは流石にやりすぎただろうかと思いながらも、体操服は次回に持ち越し、これで最後にしようと、先の『旦那様』呼びに、一度は堪能したメイド服――先ほどはコスプレ風の際どい衣装だったから、今度はクラシカルな衣装で「旦那様」と呼んでもらえないだろうかとか改めて真剣に考えてみる。


「い……いっくん?」


 息もたえだえといったチヨが、驚愕の表情を浮かべて俺の手元を見ている。


 俺の手元にあるのは、そう――


「ど、どっから今そのメイド服を出したのかな、かな!?」


 何を言っているのかと。

 出したのだからお前が着るのは当たり前だと。俺が着る訳がない。こんなの着て似合う男性といえば、俺の周りではあの冬達三人衆くらいだろうと思う。冬辺りならかなり喜ぶのではないかと思っているのだが、そういえばあいつはそういう趣味があるわけではなかったか。残念だ。


 その三人を除外してみると、俺の知人男性は、おっさんばっかりだな、とか。

 よりチヨがその中で異質だなと思った。


 とはいえ、お前は今まで何を着させられていたのか考えればすぐに分かる話ではないかと。


「前から思ってたけども! その服、いつもいっくんが買ってきて用意してたわけじゃないのかな、かな!」

「はぁ? お前は馬鹿か。お前と俺がやり直ししているこのタイミングは、お前と俺が初めて出会ったところだろう。そこからスタートするのに俺がなんで事前に持っていると思う。それこそ女性物の服を着る趣味のあるやつか、服に興奮する変態だろう」


 俺は服に興奮はしない。

 服を着るチヨになら興奮するかもしれない。

 なんだ、同じ服だと不満なのか、だったら――


「ああ、そうか」


 今更感のあるその疑問に、チヨがなぜそんな質問をしてきたのか理解した。


 型式は。

 『想像』と『創造』の力だ。


 つまりは。



「『模倣と創生フェイク』」



 そう呟くと、俺の手元に、先ほど出したクラシカルタイプのロングスカートのメイド服とは別に、和を取り入れたメイド服が現れた。


 無から有を作り出しているわけではない。

 俺は、『縛』の型と『流』の型を応用し、一度見たものを模倣することが出来る。


 これが、やり直しの型式以外の、俺のメイン型式だ。

 黒い鎌デスサイズを紛失したり手放した時に獲物がなくなるから重宝している。


 だが、本来はこのような用途で使うものだ。


 チヨのために用意したといっても過言でもないこの型式。

 とくと、堪能させてやろう。

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