第192話:繰り返す先へ 9


 詰んでいる。


 殺人許可証所持者としても名があり、世界樹と敵対する主要人物である『シグマ』と『ピュア』と互いの情報を共有し合うと話をつけて別れてから、俺は改めて帰路につきながらなぜそう思ったのか考え直した。


 夢筒縛は、すでに水無月スズ――つまりは、自分が世界を支配するための鍵である『苗床』がどこにいるのか、分かっていたようであった。


 そうでなければ、以前の記憶の中にあったやり取り――


<……『弦使い』の恋人を連れて来いと言った>

<なぜ……?>

<ちょっと話をしたいことがあってな……。そろそろ、な。しっかり話をしようと、我も思ったわけだ。あれは、我の娘だ>


 あの時点で、というよりは、すでに知っていたというほうがしっくり来る話だったと、やり直している今、よりよく分かったからだ。


 水無月スズ。

 彼女は、シグマとピュア、そして、シグマが創り出した枢機卿によって、巧妙に隠されていた。

 それこそ、冬の恋人が複数いて、その複数が杯波和美はいなみ かずみ暁美保あかつき みほという、新鋭の情報屋だという話さえも、カモフラージュとして使われているくらいに、だ。


 冬の周り、強いては、スズは、多数の虚実により存在が隠蔽されている。

 そしてその事実と、彼女の本当を、ということも。更には、彼女自身も、自分を忘れている、ということも。全ては、彼女の存在を隠すため、母たるスズを守る彼等が行っていたことだった。


 だからこそ、『月読機関』を度の超えた人体実験施設として私欲のために扱ったことで、存在を消されて裏世界から身動きの取れなくなった夢筒縛は、情報が消されて、表世界で一般人として過ごしている彼女を知ることができないはずであった。


 それこそ、表世界で、じかに彼女に会いでもしない限りは、事に及ぶことができないはずである。



 どこかで知った。

 そしてそれは、俺が知るより前であるのだろう。

 俺も、冬と出会って間もない頃は、恋人はいるとは聞いていたが、ファミレス看板娘の二人だと思っていたし、スズという存在は、冬自身から紹介を受けるまで知らなかった。


 それこそ――


「……そう言えば」



 ――なぜ。

 俺の記憶の始まりは、あの家からなのだろうか。



 そんなことをふと思った。


 目が覚めるように何もない広場で。

 夢筒縛に声をかけられたところから目覚めて。

 それ以前の記憶が、ない。


 ……まさか。

 それ以前の記憶を、消されている?

 どうやって? いや、確かピュアが記憶を消すようなことをしていた気がする。流石に冬のあの無知さはそうでもないと説明ができない。



 ……できない。いや、そう、だよ、な?



 冬の無知さが、ピュアによるもの、またはピュアの仲間によるものだと仮定するとして、それは型式の力を使えば出来るのだろう。


 だとしたら、俺は記憶を消されている?

 だからあそこからの記憶が始まり?

 俺が生まれたのは?

 俺の本当の親は?

 まさか、俺も、世界樹で作られた実験体?


 気になるとどんどんと溢れていく謎。

 より調べることが増えてしまった。



 それと。

 記憶はあるのに、やり直しが出来ているのに。


 その何もない広場から始まっているわけではなく、とても中途半端に、家の中で「奴隷をやろう」といわれてチヨを紹介されるその場から始まったやり直しのこの人生。

 なぜそこから始まっているのか。

 すでに二度、同じ場所からスタートしている。


 セーブポイントのようなものでもあるのだろうか。

 いや、違う気もする。


 何となくではあるが、そうではないかという予想はある。

 だけども、確信はない。


 せめて、もう一度。


 だけども、もしそうであるならば。

 やはり、すでに詰んでいる。



 そう思えてしまって仕方がない。



 考えながら帰宅した俺が、家の扉を開けたとき。


 この世界が、すでに詰んでいるということを。

 改めて実感することになった。











「あぁ~。チヨちゃんチヨちゃん。御主人様がやっとお帰りだぜ~」



 そこにいるのは、リビングの床に、無様に顔面を擦り付けてぴくぴくと痙攣しているチヨと、それを引き起こしたであろう存在が。


「……チヨに、何をした」


 思わずその光景に。

 相手が誰だろうと関係なく、怒りが沸きあがった。


 すぐさま黒い鎌デスサイズが俺の手の中に納まる。

 その鎌の刃先を相手に向けて臨戦態勢をとった。


「あ~? そりゃおめぇ、あれだよ。ちょっと楽しませてもらっただけだよ」


 燕尾服の初老の男。

 男はまるで行為が終わったのかのようにすっきりとした表情で楽しそうに俺を見る。


 男の背後に倒れて虚ろな瞳で虚空を見つめるチヨが何をされたのか。

 ちらりと見える視界の端で無事を確かめようとする。

 チヨの体を護るものは剥ぎ取られている。まるで拷問を受けていたかのように至るところに暴力の跡があり、長いことその場で何かしらをされていた形跡が見受けられた。


 なぜもっと早く戻ってこれなかったのかと、ぎりりと、無意識に歯を食いしばって自分を責めることしかできない。


「チヨちゃんはさ~。『焔帝』の娘だろ~? だったら俺とも仲良くしてくれないとさ~。やっぱり、全て知りたいじゃん」


 その男は不遜に笑う。

 何のためにチヨを。何の許可があってこの家に。

 怒りはただ。今思う思いを短絡化させる。


「『焔帝』が残したかもしれない、極意もあるかもしれねぇし。それに俺の好みだからさ。一石二鳥だろ~? だから奴隷な彼女にさ。自分の御主人様が帰ってきてくれるまでに、教えてもらいながらお相手してもらってたわけよ。ま~、強情だわぁ。好みだわぁ。屈服させたいわ歪ませたいわでもう楽しくて楽しくて」


 極意なんてものは、何一つ教えられてないだろう。

 なぜなら、チヨは、『焔帝』と呼ばれた、前『焔の主』が殺されたとき、まだその父親から継承もなにもされていないのだから。

 それは、この男が何よりも、分かっているはずだ。


 高天原の頂点、四院の一人、『焔の主』を、突然現れて圧倒的武によって殺害した男。

 チヨを奴隷の身分へと陥れた原因は、こいつだ。


 今にも飛びついて切り裂きたい衝動を抑えながらも、じりじりと歩を進める。


「な~、お前さ。チヨちゃんの奴隷権持ってるんだよなぁ?」


 武器コレクターとして名高いその男は、俺に向けられた鎌をニヤニヤと見ながら同じように俺に腕を向ける。

 その、見せびらかすように服の上から腕に巻きつけられた暗器は、前『焔の主』から奪い取った名品。

 『焔の主』の象徴。『型式砲天』だ。


「だったらさ。俺にこの子くれよ」

「……断る」

「なんだよ。じゃあ、さ。奴隷から解放するしかねぇじゃん」




      現『焔の主』

           刃渡焔はわたり ほむら




 裏世界最強が、俺に向かって、敵意を向ける。




 これが、俺の敵。

 チヨを狙う化け物と俺の因縁。

 俺がどんどんと深みに嵌っていく原因。

 やり直して世界が変わろうとも、何があろうとも。

 護りきったとしても。



 俺はこの先、

 この男だけは、許すことが、できない。

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