第190話:繰り返す先へ 7


 シグマの時間を止めるその能力は大変ありがたかった。

 なぜなら、止まった世界で動けるのは、シグマと俺だけだったから。

 理由はわからない。だけども、俺のことをすでに敵として知り、敵意をもって相対するピュアよりも、まだ話の通じるシグマと話ができる時間を作れたことが助かった。


「……話を、聞いてほしいだけなんだが……」

「話を?……何を企んでいる」

「企んでいるわけじゃない。本当に、ただ情報がほしいだけなんだ」


 止まった刻のなかで、俺は妙に分厚いシグマの肉切り包丁を躱しながら、敵ではないと訴えかける。


 意外と楽勝? そんなわけがない。

 むしろ、必死だ。


 シグマが両手に持つ肉切り包丁。

 それが頭上に敷き詰められているといえば理解ができるだろうか。

 一般的な考えであれば、何百何千といった包丁をどこから取り出したのか、いつ放り投げていたのか興味は尽きないが、取り出したわけではなく投げたわけではなく、それは『型式』で作られた包丁だ。

 『縛』の型で形作り、『疾』の型で補強して具現化。だから、幾らでも作り出せるのであり、使った後は型式を解除すれば消える。

 証拠隠滅さえも簡単にできる、暗殺者であれば痕跡を消せるのだからとても有益な型式だと思った。


 それが、自分に向かってくると言うのは、あまり考えたくはないのだが、な。


 刀身の一つ一つが切れ味をよくするために『疾』の型で強化されているその包丁がシグマの意思一つで戦っている俺に向かって飛んでくるのだ。


 探偵も真っ青、完全犯罪を幾らでも作り出せるなとか思いながら、死角から落ちてきた包丁を半身で躱しては、一気に『疾』の型で間合いを詰めてきては振り下ろされるシグマの肉切り包丁をバックステップと宙返りで逃げながら、黒鎌デスサイズでまたまた勢いよく落下してくる包丁に対抗する。


「ぬお」

「あれを、避けるか」


 救いなのは、包丁の向かってくる軌道が直線ということだ。軌道が歪だったらもう対処のしようはなかった。とはいえ、それが数本、数十本と様々な角度から狙い済まされるように飛んできたら、ただでさえシグマに警戒していなければならないのだから、避けるのも困難である。

 更には、辺りはピュアの放った雪の結晶が時間が止められ散らばり停止している。その結晶に触れると切り裂かれるのもまた厄介で、そこに、シグマが隙を狙って襲いかかってくるのだから、この二人の型式は相性がいいのだろう。


 そんなピュアは、シグマの型式『刻渡りターンエンド』にしっかりと捕まり、動きを止めている。

 自分がその発動の際にはどうなるのか理解しているのか、まるでシグマに指示を与えているかのように片腕を水平に持ち上げて一歩前に進むポーズで静止しているのだが、この中で何より狙いづらい。

 雪の結晶が彼女の周りに渦を巻くようにもっとも多く配置されていて、その中に入り込んで彼女を倒すことなぞ自殺行為であり、この刻が動いたときにそれ等が自分に向かってくるというのもぞっとする。

 彼女の弐つ名『純雪ピュアスノー』が体現されている。誰がつけたのかは知らないが、話に聞く、彼女の自由奔放な性格とも掛け合わせているのだろう。よくいったもんだ。


 シグマも彼女に手を出されないように動いている。そんな鉄壁な守りな彼女に、時間が止まっていようがなかろうが、俺が手を出すことはないだろう。

 よくよく、刻が止められていることに安堵する。

 二人同時に相手をしていれば確実に倒されていた。


 とはいえ、シグマを抑えきれているのかといえばまた別の話であり、この場を支配しているのはシグマなのは間違いない。


 左右は雪の結晶が散らばり、隙をついて迫るシグマによって動きが制限されているからではない。


 空だ。


 そんな状況より、手っ取り早くこの戦いを終わらすなら、頭上の包丁全てを一気に落とせばいいだけなのだ。

 もちろん、戦いの最中で隙を作り有利に戦いを進めるためであり、それ一本の直撃で殺傷することも出来るのだから、出し続けるのは有効だ。だがそんなことをするより、びっしりと針の筵のように空に敷き詰められた肉切り包丁を一斉に落とせば、逃げる術がない。いざとなればシグマはそうするつもりで現出させているのだろう。


 だが、シグマはそうすることはなさそうだった。

 一斉に落とせば自分も被害を被るからなのか、それとも、今は身動き一つしないピュアがいるからなのか。

 それとも――


「……お前は、自分が何者か分かっていないのか?」


 すでに、俺を消すことよりも、実力を試す段階へと移行しているようだ。

 切り替えが早い。さすがA級。


「……? 俺が、夢筒縛の関係者って話をしているか?」

「いや違う。お前が――」


 圧倒的なナイフ捌きを見せながら、切り結ぶように競り合っていた刃の先で戸惑うような表情を浮かべたシグマが、俺から離れて刻の止まった世界を解除する。


「――およ? あれ? はるの型式食らって倒されてない人はじめて!」


 動き出した時間の中、シグマから生還した俺に、次は世界最強と言われる『ピュア』が動き出す。

 停滞していた氷。その氷が砕けて細かく散開した雪が辺りを凍えるほどに冷やし、動こうとする体を止め、生きようとする意思さえも凍らせていく。


 綺麗な白い世界を作り出していたそれらは、今は心を凍らす恐怖の対象でしかない。


「う、動けない……だ、と」


 動きを、阻害される。


 時間を止めるシグマの場合は、本来であれば刻が動けばそこで絶命しているのだろう。

 だが、ピュアのこの『氷の世界ジュデッカ』は、じわじわと体を凍てつかせて体の動き――つまりは生命活動を止めるという仕組みのようだ。


 どちらがいいのか。

 知らずに死んでいるのがいいのか、死ぬことを知りながら死ぬことがいいのか。

 

 刻が止まっていればその鋭利な結晶で。

 動いていても、その凍えるほどの冷気で内部から凍らされ。


 この二人は、つくづく。

 相性がいい。まるで、この型式達さえ、二人が密に話し合い作り上げた二重奏デュエットのようだ。


「待て」


 じわじわと襲い来る、時間が止められた後に来る恐怖の氷漬けを止めたのは、時間を止めた張本人、シグマだ。


「……大樹――千古樹、だった、か?」

「ああ」

「とりあえず、話を聞こう」

「え!? なんで!? 何があったの!?」

「……いいのか?」

「このままだと、取り返しがつかないことになりそうだから、な」


 シグマが武器をしまい、煙草を取り出し火をつけると、「ついてこい」とジェスチャーをして歩きだす。

 俺の目的――情報を得る第一歩。それに近づく事ができたことにほっと安堵しながらその後についていく。


「私だけ除け者にされてる!?」


 ピュアを置いて進んでいいものなのだろうかと思った矢先に、背後からピュアの声が聞こえて。


 ああ、この二人って普段からそんな感じなんだなって思った。

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