第七章:求める者
生存者達
第209話:そして、現在
冬の枢機卿。
永遠名冬本人。
俺達全員の許可証。
この三つをやり直しのあの場所へ持ち込むことが出来れば。
きっと、この状況を打破することが、できるはずだ。
無理だ。最初に思いついた時、そう思った。
だけどすぐに無理ではないと感じた。
『想像』と『創造』によって様々な変化を起こす力の式――『型式』
俺には。俺達にはこの力があるではないか。
ヒントは『シグマ』こと
常立春の型式『
彼の型式は『条件』と『誓約』を設けているが、それらは比較的ゆるい部分もある。
例えば、その名前を紡ぐだけで発動プロセスにカウントされるという部分についてはシビアであるが、一日五回までの制限というところが緩めである。時間を止めるのだ。時間を支配するのだ。それを五回までオーケーとか、普通一回だけ出来るとかではないのだろうかと思うのだが、本当に、チート能力だ。
『ターンエンド』? 違うだろう。技の名前を『チート野郎』とでも改名してみてはどうかとさえ思う。
そんなチート能力だが、五回にしてもあのように時間を止めるのだから、これを一日一回とか更に絞ってみると、とんでもない能力になるのだろう。実際、彼は五回が妥当。条件を浅くしても五回が十分使える能力といっていたことを記憶している。
つまり彼は、その能力の条件を変えていることになる。
一度なのか何度なのかは分からない。恐らくは何度も。それこそ、自分の使いやすい回数にするために何度も変更しているのだろう。
型式の『条件』や『誓約』は、変えることができる。
それらは厳しい設定、複雑な条件により、より強い能力となる。
『
俺のこの型式は、どのような『条件』や『誓約』がかけられているのかは不明だが、他の誰かが作った型式を三つストックすることができる。
一つは『ピュア』の型式『
一つは『縛の主』の型式『
俺はこの二つを駆使して、毎回のやり直しのときに『
三つのストックなのだからもう一つ空きがあるように思うのだが、すでに使われている様子でこれ以上ストックができなかった。あまり意識していないが恐らくはチヨの服装を作る能力『チヨ専用型式』がそうなのではないかと思っている。
だがこれを。
二つや一つのストックにしてみるとか。
ただでさえ人それぞれの『想像』と『創造』からくる力なのだから。
模倣なんて出来ないといわれていたものを模倣して使えてしまう型式なのだから。
『条件』や『誓約』をシビアに、狭めていけば。
俺の作ったであろう型式で、俺の型式なのに俺に『嘘』をつく型式だ。
もしかしたら。
俺の『
……苦渋で血涙もので切腹したくなる決断だが。
ち……チヨの……コスプレ衣装を作り出すもっとも有効で俺にとって利益もあるこの能力を、す、す、捨ててでも……っ。
この俺の型式で、常時発動型のやり直しの型式の発動時に、やり直し時点に何かを持ち込む。または複数の人をチヨのように俺のやり直しに追従させることができる。
そういったことが可能になるのではないだろうか。
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『ど、どういうことですか……?』
それは世界樹から外へと出た枢機卿が発した、驚きと困惑の声だった。
「何を驚いているのかは知らんが……」
「あら。お早いお帰りですね」
その驚きが、今目の前で起きている光景――『月読の失敗作』と鎖姫が、世界樹から溢れ出そうとしていた水無月スズの素体を全て蹴散らして死体を一まとめにしていたことに驚いたのだろうか。
この場合、この短時間で殺し屋組織と『素体』達を倒しつくしたこの二十六名の許可証所持者達に驚くべきところなのか、それとも、スズと同じ姿をした死体がそこらかしこに無残に散らばっているこの光景に驚くべきところなのか、と俺はどちらに枢機卿が驚いているのか迷ってしまう。
それとも、
『驚くのは当たり前でしょう! ここは地上ではないですかっ!』
普通に俺を信じ従い、冬から離れてしまっていることに気づかないまま地上へと上げられてしまったことに対してだったようだが、地上に上がったことに怒られるとは……それは流石に思いつかなかった。
「……いや、気づくだろう? 普通は」
俺達は階段を上がって上に来ているのであり、そもそも先ほどこの二人が通って降りてきたであろう道も歩いてきている。
冬がいるとすれば階下。つまりは最下層とも言える、『縛の主』の研究ラボに行くべきなのだから、降りていくことが正しいとなぜすぐに思わないのかとため息をついてしまう。
なぜ今、外の光を浴びてから気づくのか。
外とは言っても地下世界だから実際の外ではないのだが。
……この枢機卿は、どこか抜けている。そう思わずにはいられない。
いや、どうやら枢機卿は冬が危険な状態であることだけを心配しすぎていて周りが見えなくなっているのであろう。
この枢機卿の冬に対する情は深すぎる。
深すぎるが、それをそうさせてしまうのも冬の力なのだろう。
冬自身も、周りを虜にしていく天然の力持ちであり、俺も、こうやって彼の力を借りようとしているのだから。
俺は過去味わったことのないこの出来事に、どうしたらいいのかと、枢機卿ほどではないが困惑してしまう。
これからこの枢機卿をどうやってやり直しの世界に連れて行くことができるのか、出来たとしてもこんなにも天然ボケが激しいこれを連れて行って事態が好転するのか、少し疑わしく思ってしまう。
『貴方……騙しましたね……』
「騙してはないぞ」
『どこがっ! 貴方が冬を助ける為に力を貸せというから付いてきたのに、ここにいるのは鎖姫ではないですかっ!』
びしっと、外で姿勢正しく佇む自分と同じメイド服の女性――水原姫を指差して怒りを露にする枢機卿に、姫も呆れている様子であった。
「……普通気づきますでしょう?」
「気づかなかったから今こうなっている……」
「まあ……先日生まれたばかりの子みたいな純粋な子ですからね……」
姫がいまだ『騙された』と戦慄いている枢機卿に近づいて頭を撫でながら言った言葉は確かにそうであるとも思えた。
このように鮮やかな緑色の髪をギブソンタックに決めたメイド姿の枢機卿は、先日この体を手に入れたばかりであるのだ。
生まれたばかり。
それは、何もかもが初めて起きた事象であり、この枢機卿と言う存在がこのように自分の意志を持って動き出したことで今後の展開を決めたのだが……本当に大丈夫なのだろうか。
『それに! この辺りのスズ様に似た死体はなんですかっ!』
……そこ。
最初に気づいて質問する話じゃないか?
辺りには水無月スズとそっくりな『苗床』から作り出された素体――俺も何度か指揮した『世界樹の尖兵』の死体郡が無残な姿で転がっている。
仮にも枢機卿なんだよな?
末端とはいえ、全ての情報を網羅するといわれている情報媒体が元だよな?
なぜこれらを知らない?
まずはその辺りから説明もしていかなければならないのかと思うと、俺はこの枢機卿を説得できるのだろうかと心配になる。
今回のやり直しで冬と行動を共にしたときも、妙に過保護で枢機卿なのか疑うところが多々あったのだが、本当にこの機械人形にこれからの鍵となってもらうことを考え直したほうがいいのではないかと思ってしまった。
だけどもう……このルートでは後戻り、修正ができないところまで来ている。
俺は。
今ここにいる全員が護りたかった相手――永遠名冬を騙して、『縛の主』に一人で戦わせてしまっているのだから。
やるしか、ない。
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