第208話:繰り返す先へ 25
あの時――俺がどうでもよくなって、世界の滅びを加速させたとき。
そのやり直しが出来たらという仮定の中で敵対した冬が答えてくれた回答。
チヨは。
チヨは俺と一緒に、やり直すことができた。今も俺と共にやり直してくれて、その都度俺の心の平穏を護ってくれている。
狐面の巫女装束が何をしたのかは分からないままだが、俺のこのやり直しに、今もついてきていてくれることがとても心強い。
まあ、ついてこないといっても、無理やり連れて行くけどな。
それだけ俺はチヨを離したくないっていう気持ちがあるのは確かだ。
……俺のチヨに対する想いを言葉にしてみると、ストーカーとか拉致とかそんな単語が浮かんでくるのだが、ちょっと危ないやつに見えないだろうか。
チヨにそう思われたら立ち直れないかもしれない。
「ん~……いっくんが頑張ってくれてる手前、あたいも戦ったりして援護できたらいんだけどねぇ……無理無理。あんなんと戦えるわけないって」
でもチヨはあくまで裏方で。
戦う術はなく、未来が分かっていても、それに対抗するだけの力はない。
巻き込みたくないから。
これ以上、踏み込ませる気はないから。
だからチヨは、俺達の裏で武器を作ってくれればいいんだ。
俺達が戦うために必要な武器と、俺の心の平穏のために傍にいてくれればそれでいいんだ。可能であればコスプレもさせてくれれば尚良し。
だけど、そうなると。
冬が言っていた、「二人なら」にチヨはカウントできないのだから、どうしたらいいのかと考える。
<その結果を二人で共有して対処ができるから。もちろんそれは二人でなくてもいい。一人でなければいいんです。一人でできることは、万能じゃなければ限られているから。一人だと影響が弱いから。数が多ければ多いほどいい。もし、そのやり直しが、一人しかできないのであれば。別の方法でその情報を共有すればいい。なんだったら――>
彼――冬はそう言った。
冬も人に頼るということをとある人から教えてもらったという。
「……二人、ないしは複数、ということ、か」
『どうしましたか? 裏切り者』
「っ……ああ、そうだな。俺は裏切り者だ」
上層へと向かう道。
その道をメイド姿の
ある目的のため、この先に冬がいると嘘をつき、この枢機卿と共に外へと向かっている途中だったことを、枢機卿の俺を蔑む声で思い出す。
今まで許せないと怒り狂い、俺と話すことさえしなかった枢機卿が、なぜそのように質問してきたのか。
そう思ったとき、俺は足を止めていたことに気づく。
早く助けに向かいたい枢機卿からしてみれば、俺のこの行動は、イラつきの元であるだろう。
だが、俺からしてみれば、この先には冬がいるわけがないので、足を止めようが何も変わらない。
……目的のため。
そう。目的のために、俺は枢機卿を、冬の護衛として常に傍にいる彼女を離して、この世界樹の外へと連れ出す必要があった。
そんな枢機卿の護るべき相手、永遠名冬は、今頃は最下層の研究ラボで『縛の主』に殺されていることだろう。
だが、これもまた、俺が見てきた未来の一つ。
今回のやり直しは、俺が冬と関わってきた中で、冬にとって比較的残念な結果に陥るケースをわざと選んで進んでみた。
冬の恋人三人のうち二人が死んで、一人は捕らえられるパターンだ。
冬にとって、恋人三人ともが捕らえられ、冬の前で拷問と薬漬けにされたうえで複数人に襲われ続け、最後は『縛の主』の『
死んでしまった二人……俺も面識のあるファミレス従業員の二人には悪いと思っている。
次のルートでは上手く護れるように動いてみよう。
このルートでは、この後、『縛の主』に殺されたはずの冬は、水無月スズによって一命を取りとめ、仲良く試験管の中に入っているはずだ。
その後、水無月スズが死ぬまでその試験管の中で生き続け、試験管の中から解放された後は『人喰い』の餌食になる。
結局は冬も死んでしまうのだが、俺と冬が殺し合いすることもない穏便な道であり、理由は分からないが、『縛の主』が一時的に何かの研究に没頭しもっとも油断する道だ。
つまりは、もっとも助けやすいルートなのだ。
俺一人では無理だが、世界樹の周りで今も戦っているであろうあの女狐や『月読の失敗作』達の力も借りれば、きっと助けられるだろう。
だが、助けた先。そこからが問題だ。
<――情報として、何らかの情報媒体、または端末をその先へと持ち運び、気を許せる仲間に見てもらって、信じてもらえばいいんです。ただ、それだけですよ。それが、できればの話、ですけどねっ! 今の貴方には無理なのは間違いないですよっ! 貴方は、そんな友人達を裏切って敵として今僕の前にいるのですからっ!>
過去の世界に未来から何かを持ち込む。
そんなことができるのかという疑問もある。だから「できれば」と冬は言ったのだろう。
だが、もし。
それが、できるとしたら。『鍵』となるものが必要だ。
「……
『……? 私の顔に何かついていますか?』
俺は、その答えの一つ――枢機卿を見る。
枢機卿は冬が心配なのか、きょろきょろと辺りを見ながら更に上層へと急いで階段を上ろうとしている。
例えば、この冬の枢機卿。
許可証協会本部にある枢機卿本体は、全ての情報を網羅していると豪語している。実際は全てではないのだが、その情報は圧倒的で誰もが信用する情報媒体だ。
信用がなければ、冬が許可証剥奪される際の馬鹿げた情報を、誰もが信じるということが起こるわけがない。
あれは枢機卿から発せられたから信じたのだ。
信用のおける情報媒体を持ち込む。それだけでも有利にはなりそうだが、その知識と情報だけでは弱い。
作り変えなんてものが、幾らでもできてしまうのもまた問題だからだ。
でなければ、俺が『縛の主』によって試験も受けてないのに許可証を取得したことにならないしな。
だから、この冬の枢機卿なのだ。
自我をもって自由に動き回ることができている自律型の情報媒体。今までのやり直しの中で現れなかったこの枢機卿。
本人に聞いてみる必要もあるが、恐らくは枢機卿本体から独立しているのだろうから、オフラインとして情報を保存しておくこともできるだろう。
「こいつを、やり直し時点にもって行くことが出来たら……」
『……さっきから何をブツブツと?』
「いや、気にするな」
未来に起こりえる知識。
このまま進んでいくとどうなるのか。
それらが分かっていて、らこそどうしようもなく詰んだ状況を複数人で解決するために動けば、少しは何とかできる未来が見えてくるのではないだろうか。
この枢機卿の情報をやり直しのあの場に持っていけないとした場合、俺がそれをやり直しの段階でやればいいだけではある。情報をリークしたりして枢機卿に定期的に情報を与えるといったことが出来ればいい。
ただ、それを俺はできない。
俺がそんなことをすれば、すぐに『主』達が気づいて殺しにくるだろう。
それが『縛の主』であれば、即やり直しだ。
それに……俺には、人望がない。
俺は、世界樹側の人間だ。
だから、抵抗勢力にこの情報を渡したところで何も意味がないし、例え信じてくれたとしても、俺では纏め上げることもできない。いきなりやり直せるなんて突拍子もないことを言ったところで誰も信じてくれないだろうから、俺の代わりにそれをしてくれる人が必要だ。
そう、それこそ。永遠名冬。俺にはお前のような隔てなく仲間を信じることの出来る友人が。そしてこの先の未来に。お前が必要なんだ。
そして。
自分の身に何か起きていた。
それが分かれば、誰もが信じることができるだろう。
それを分からせることができるのが、俺達の記録を管理している――
――【
第六章:その先へ進むには
完
そして、『繰り返す先へ』と。
彼は進む。
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