第167話:大きな大きな樹の下で 4
茂る樹木の中にある巨大な大木。
その大木の周りには、その大木が大地に根を張ったからか、地肌の露出した草木の生えていない空間が数十メートル程に渡って広がっていた。
世界樹。
その周りで、三百五十人程度の人が入り乱れていた。
仲良く話をしているわけではない。それこそ行われているのはそれとは正反対のことだ。
その人数には広いとは思えない場所で行われる殺し合い。
そこで繰り広げられているのは、それだ。
時には近くの樹木の中へ隠れ、追いかけ、空を駆けて戦い。
辺りに体内を巡る赤い液体を撒き散らしながら堕ちては動かなくなる。
響く怒号。
「左翼、まだ余裕あるならもういいからつっこめやーっ!」
中央に松と雫と数人を残し、残りは左右に散らばる陣形。
圧倒的な数に対して、一対多数となることは想定内であり、松は世界樹前に辿り着いて乱戦となっていた戦いの場で、自分達を三つの隊にすぐに分けた。
左右に十名、中央は松と雫の二人を除いた五名。
一箇所に固まっていればおおよそ三百名程の殺し屋を同時に相手にすることになるが、分散させれば、それだけ一人に対する負担が減る。
それらが分散しているとはいえ、各隊で単純に計算しても百名は相手にすることになる。比率としては丁度十分の一だ。
だがこれが出来る理由が――
「『焔』の型――『
「『縛』の型――『底』」
彼等、松と同じ下位所持者であるはずの仲間達の誰もが、松以上に型式に精通していたことと、
「『縛』の型――『底』」
「ぐっ! か、型式だっ!?」
「『縛』の型――『底』」
「うぁあ!? な、なんだぁ!? 体がっ!」
世界樹からあふれ出てきた相手――殺し屋達が、型式の存在は知っていてもこちらより満足に使いこなせる相手がいないことが、この圧倒的とも言える数を少数で捌けている理由に他ならなかった。
だからこそ、松からしてみると、彼等が型式を覚えていながらもなぜ殺人許可証所持者として下位に甘んじているのかが分からない。
その戦いぶりからも、明らかに型式を覚えたてと言うわけでもなく、精通しているようにも見える。
「『縛』の型――『底』」
「ぐあぁぁぁっ!」
先程から乱戦の中で見ている限りだと、松の目には同じ型の術式が映っていた。
『焔』の型を駆使する数人以外は『縛』の型を駆使する所持者。
必然的に、辺りは『縛』の型で戦う所持者達ばかりが目に映る。
彼等が型の名を紡ぎながら相手に触れると、彼等の体は重りをつけられたかのように地面へと埋まっていく。
相手が地面に接触している時、という条件はあるようだが、どこを見ても体を地面に埋もれさせてそのまま絶命させられていく殺し屋達に、世界樹だけでなくこの辺りの木々の養分として地面に埋めさせられているのではないかとも思えた。
それが偶然なのかとも思ったが、そうでもなさそうである。
雫がお守りをしていると聞いたことはあるが、恐らくはつい最近の話であっただろうと思うと、それよりも前から使えていたのではないかと松は考えた。
同一の型であり、同一の術式。
それは同一の師から教わったことになり、これだけの数を弟子とする殺人許可証所持者、または型式使いがいるのであれば少なからず情報に引っかかるはずである。
松は以前。型式を会得するために型式を調べたことがある。
型式を会得するには型式を使える誰かしらに師事する必要があった。
だからこそ型式使いを探していた時期もあるのだから、そのような存在がもしいたのであれば松の情報網に引っかかっていたはずなのである。
「『縛』の型――『底』」
「た、たす――ぐべぁ」
なのに、松はそれを知らない。
また一人、自分の傍で同一の型式が使われて地面に埋められる殺し屋を見た。
そして生きたまま地面へと埋もれていく。
身動きもとれず目だけで助けを求めるその殺し屋を見て、その殺し屋が死ぬことには何も感じはしなかったが、何かおかしいと感じ始めてはいた。
それは、この仲間達を疑っているわけではない。
「『縛』の型――『底』」
この仲間達が共通の何かを隠している。
ただそれは、自分や恋人に対しての不利益ではないと感じるからこそ。
「『縛』の型――『底』」
疑ってはいない。
だが、それを自分達が知らないことが気になるだけであり、おかしいと思っても、つい数日前に知り合ったばかりの者に対して警戒して答えられないのはおかしい話ではないと思えば、後は自分を守るように戦ってくれているこの仲間達を、松は信用するしかなかった。
「『縛』の型――『底』」
だから。
その型式を見ても、疑問を感じる必要はないと思う。
それに今は戦闘中であるのだから、彼等が何者かなど、考えている余裕もない。
「『縛』の型――『底』」
――ないのだが。
比較的、自分が動かなくても、周りには型式を使える所持者の仲間達がいて、また上位階級の恋人もいる。
だから、そこまで余裕がないわけでもない。
「『縛』の型――『底』」
その、何度も何度も耳に入ってくるその言葉が、続けば続くだけ。
同じ型を何度も何度も近くで紡がれ続けられば紡がれ続くだけ。
「『縛』の型――『底』」
――イライラ感が、募るのだ。
「お前等『底』『底』『底』って、どんだけ底にいくねんっ! 仄暗いうえに底いって更に底の底にでも行く気かいっ! 間に『水』くらいいれんかいっ! つーか、いいからとっとと突っ込んでこいやぁ!」
同じ型式を使う彼等が発動すればするほど、同じ言葉が辺りに連呼されるため、松はこいつ等が何者なのかより、ツッコミを入れることに忙しかった。
ただそのツッコミの中の指示が、「突っ込んでこい」というのもまたおかしな話であり、ただ単に突撃しに行けというなら今時点で少数で多数に突撃をかけているわけで。
下位所持者達はその指示に「えーっ!?」と驚きと理不尽だと声をあげるしかなかった。
「突貫だけの指示する旦那様も素敵よ~」
隣で目の前の敵にメスを適当に一振りしながら相手を切り裂く、常に松の傍を離れない雫だけが、松の指示にうっとりしているのもまた複雑で。
その雫に、そんな無茶ぶりを止めて欲しいとも思うのだが、この状況でそのような軽口が聞こえてくるのもまた彼等にとっての勇気ともなっていた。
とはいえ。彼等もまたそれを止める気はまったくなかった。
楽しいのだ。
このような大多数を相手にしながら。窮地に陥っている状態でありながら。
彼が指示を出しながら時にはジョークを交えるようなツッコミが入ることが。
彼の声が聞こえる限り、彼が的確な指示をくれ、またその指示の中にあるくすりと笑えるような言葉が、この圧倒的状況下においても、気分の浮き沈みを緩和してくれる。
だからなのか。
彼等下位所持者達の動きは鈍ることなく。
無傷とは言わないが、まだまだいくらでも相手に出来そうなほどに、活力に満ち溢れていたのは。
更にそこに。
「松君っ!」
松達の背後から、松にとっては懐かしくも思える友人の声が聞こえたことがより彼等を活気付かせる。
「やぁっと、追いついたんかい」
そんな軽口を言ってはみたものの。
本当は追いつかれたくはなかったのだが、それでも自分の傍に彼がいることが嬉しい。
そう思った松は、つくづくその男が、自分にとって大切な友人なのだと痛感する。
彼の広範囲に渡る支援があれば、より優位に戦闘を行える。
側にいるだけで頼もしい存在。
「待ってたで。冬」
「お待たせしました、松君」
振り返ってそこにいた、彼は。
「……なんでやねんっ!」
なぜかお姫様抱っこされて、そこにいた。
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