第166話:大きな大きな樹の下で 3


 松は瑠璃と別れた後、一気に樹海を駆け抜けた。

 その先にある世界樹。

 彼ら殺人許可証所持者の団体は、そこに自分達を待ち受ける敵がいると分かっていたから、早く先に進むべきと判断した。


 後方の敵『焔の主』を一人受け持った瑠璃。

 その瑠璃が足止めに失敗した場合、挟撃を受ける可能性があるからであった。


 松も、瑠璃の強さは知っている。

 知ってはいるが、相手は『四院』の一人であり、明らかに自分達より格上で歴戦の猛者であるということも分かっていた。

 友達だから、仲間だからと、事戦闘においてひいき目に見るのは松は好きではなく、この裏世界ではそのようなことを見誤ればすぐに死ぬと分かっていたからそんな考えは持ち合わせていなかった。

 だから、『焔の主』の噂に聞く強さと、間近に見たことのある瑠璃の強さを見定め、結果、瑠璃は負けるだろうと松は考えた。


 恐らくそれは、瑠璃自身も分かっていたのであろう。

 だからこその殿であったとも言え、松に伝えたのは、時間稼ぎをする為だということを伝えたかったのかもしれない。


 それをしっかりと受け取った松が行うべきことは一つ。


 単純な話だ。

 殿が負けるのであれば、先の相手をすぐに倒し、後方に備えるべきである。


 だから先に進んだのだが――




「ま~……こうなるような気はしてたんやけどなぁ……」



 辿り着いた世界樹。

 世界樹そのものに辿り着くのはすぐであった。

 障害もなければ、松と雫以外の下位所持者総勢二十五名は、松から離れることなく常に一定の距離を保って追従し、乱れぬその行軍はより早い移動を可能としていた。


 彼等のその自分に追従してくる動きに、いくら同僚である殺人許可証所持者とはいえ、あまりにも慣れすぎではないか、動きに無駄がない等様々な疑問が浮かびはしたが、松はその考えを今は捨てることにした。


 自分にとって敵ではない。

 なぜかそう思えていたからだ。


「う~ん。本拠地だからねぇ~……どうするの~旦那様~?」


 そんな考えを改めて払拭し、傍で世界樹を見据える自分の恋人の言葉に耳を傾ける。


 辿り着いたその大樹の前に陣取るは、殺し屋達だ。

 世界樹の大きな幹。

 その幹にくり貫かれたように大きな黒い穴がぽっかりと開いている。

 その黒い穴からぞろぞろと。棲み処すみかを荒らす相手を倒すためか殺し屋達は次々と現れていく。


 おおよそ三百程度の数が現れ、真っ向から数による余裕を見せつける様に、松達はこの相手が当初からここに自分達が来ることを知っていたと判断する。


 待ち伏せ。

 誰かか裏切った等ではない。

 四人の『主』のうち、三人が関わっているのだから、いつどこで何が起きそうななどの予測など、当たり前なのである。

 だが、それも、彼らにとっては周知の上。


「展開っ! みんなできばりぃや!」


 松の声と共に、松と雫の左右と正面に均等に散らばる下位所持者達。


「数だけが多いだけの、いつもわいらに狩られるだけの相手やっ」


 自身も相棒となった、腕に装着された暗器・『型式砲天略式かたしきほうてんりゃくしき』から刃を現出させる。


「いっつも通りの狩りしたらえぇっ! もしやばいと思ったらすぐに周りに助け求めて引くんやでっ!」


 そんな激励を周りに発し、自身も前へと進む。

 仲間達も、敵の数の多さに萎縮しかけていたその感情を一気に高ぶらせた。


「……旦那さまぁ?」

「なんやねん」

「な~んか、リーダーみたいね~?」

「誰もやらへんやん。誰かこういうのやらんとだめやろ。変か?」

「うぅ~ん? 全然。むしろ――」


 隣で松の激励を聞いていた雫が松の頬に触れると、目を細め、慈しみに溢れた笑顔を向けた。


「――旦那様がいい旦那様でよかったわぁって」


 雫も、自身の武器である、『流』の型で氷柱のように細く鋭利な水の刃メスを作り出し、シェイクハンドでくるくると回して掴み直すと、誰よりも先に前へと進んでいく。


「B級殺人許可証所持者『戦乙女ヴァルキリー』。これより、手術オペを開始します」


 雫も松の言葉に奮い立った一人でもある。自分がこの中でもっとも一番の戦力であると考えているからこそ、先陣を切るべきだと思ったのであろう。

 名乗りを上げると、一気に世界中の黒い穴から這い出してきた殺し屋の集団へと消えていく。


「あれが、『流』の型かいな」


 自分の恋人が型式を使うところを初めて見た松は、上位所持者としての強さと自分の強さの圧倒的な違いに気づいた。


「『焔』の型っ!」

「『縛』の型っ!」


 そんな先へと進んだ雫を見て、続こうとする下位所持者達が叫ぶ言葉に松は驚いて振り返ってしまう。

 その振り返りの間に、松を通り過ぎていく際に、「先に行きます、ご武運を」等と松に丁寧に言葉を返していく自分より階級の低い所持者達に驚きを隠せない。


 元々自分の背後であった樹海に目を向けたときには、すでに彼等は世界樹の前での殺し屋達との激戦の場へと赴いており。


「……なんやねん。新人言うてても型式使えるとか。わいが一番だめだめやんけ」


 だから移動のときも自分に簡単についてきたのかと、納得した。


 自分だけが蚊帳の外のように思えて、松はため息をつきながら、戦場と化した世界樹の前へと走り出していく。


「……『焔』の型」


 自身の使える型式はまだこの『焔』の型のみ。

 しかもその型式は、まだ実戦で使ったこともない、まだまだ覚えたての型式だ。


「はっ。C級殺人許可証所持者『フレックルズ』。いくで」


 松の言葉と共に、型式砲天略式に赤い炎を纏わせながら、ゆっくりと世界樹へと進んでいく。


 そして。

 世界樹を守るように立ちはだかる殺し屋組織と、世界樹の中にいる今回の事件の首謀者を倒すために世界樹へ侵入しようとする殺人許可証所持者達の大規模戦闘が始まる。



 それが、冬とメイド二人が彼等に合流する、ほんの数十分前から始まった出来事であった。

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