第159話:『影法師』 7
<彼は強い。
そんなの、『主』だから当たり前だよね>
ガンマはそう思いながら、その闇の中の光を見据えた。
あれは光ではない。あれは炎だと再認識し、あの炎こそが自身を覚醒させるきっかけにもなったことに感謝も覚えた。
だが、いざあの炎に敵対しようとすると、あの炎は、同格以上の炎でなければ打ち消せないし、相反する水も同格のものでなければ消し去ることができないだろうとも思う。
あっさりと考えてみたものの、それは『極み』に達するということであるため、いざ行おうとしたらどれだけの年月が必要なのかと『焔の主』の容姿を思い出す。その初老の姿を浮かべると、そんなことを考えるのも無駄な気がした。
それに、時間もない。
なぜなら、自分は。
ここで、この闇の中で、死に絶えるのだから。
そう思うガンマは自分の死に対してそこまで執着がなかったことを自覚した。それはこの闇の
その目的のために命を落とそうとしていることさえなんら不思議に思えないことも、今この一瞬に全てをかけようと、自身の魂が燃えているからかもしれないと何となく思うと、ガンマの口元に笑みがこぼれる。
<さて、と>
そしてその燃える心は、目の前の『焔』を倒すこと一点に集中し研ぎ澄まされていくのもまた、周りの闇と、その闇を照らす『焔』があるからこそでもあるのだろう。
<『疾』の型で火を消すイメージを――いや違う>
瑠璃は辺りの闇を見た。
その闇は、その炎によって仄かに影を作り出していることを見つける。
<影があるなら……>
ガンマがその光によって出来上がった影に動くように命じた。くるりと動いて蠢く影は、ガンマの意思通りに動く。
<動かせる。でも……これを攻撃には使えないようだね>
ガンマの『影法師』は、この闇の空間の中にある影を自由自在に操る力であると自覚した。
<やはり、僕のこの能力は……>
ガンマ自身、この能力を使うのは数える程しかないのだから、能力の把握はできていなかった。
ただこの場に、『主』という圧倒的な存在を止める為にその力を発動せざるを得なかっただけで、ガンマも小さい頃にこの力を見た兄より使うことを禁じられただけであり、小さい頃に比べて型式にも精通したからこそ今なら制御できると思っての発動であった。
何度も何度も発動すれば、それは闇そのものを攻撃の手段として使いこなせるようにもなるかもしれない。
型式はイメージを強く持ち習熟していくことで、より強さを発揮する能力だ。
だが、そんな習熟の時間がどこにあったのか。
禁じられていたのだから、使うことさえしていなかった。
そうなれば、今発動した時に自在に使えるとは到底思えない。
ただ、それとは別に。
<だけどこの力はやっぱり……>
この力は、幾ら習熟しようとしても。
<僕を、常に虜にしようと離さない>
制御できるものではない。
<だから兄さんは……使うことを禁じたんだね>
未熟だからではなく。
扱える代物ではないから。
『呪』に通じる、型式であるから。
今にも影に意識を奪われてしまいそうな感覚に、この力の恐ろしさを知る。
この力を使い続ければ、この闇と同化するのだと直感する。
現に、意識を奪われそうになっているだけでない。意識しないと自身の体さえも形作れないのだから、もうすでに同化しているに等しく。
『焔の主』の炎によって意識を戻せていなければそのまま闇の住人と化していたのだろうと理解すると、自らが生み出した自身を取り込もうとする闇の住人達に戦慄も覚える。
意志さえ感じさせる、自身が生み出したこの闇は、主人さえ取り込み、人を貪り、愉悦を覚えさせ、快楽に溺れさせ、仲間を求めているのだろう。
闇の中で、共に揺蕩う仲間を。
闇の住人が、闇の仲間と新たな仲間を歓迎し遊ぶために作った闇。
だが。遊ぶからこそ、そこには力が溢れる。
思いっきり、盛大に遊ぶからこそ。
自分達の力に耐えられる程に。その仲間足り得るガンマに、彼等は力を与える。
溢れ出る力に、ガンマは確信する。
ガンマが出来る中で、『主』を倒せる力は
この一つだけ。だと。
<……使うよ。解除なんてしない>
解除なんて元から考えてない。
この一瞬に、すべてを賭ける。
一歩。
ずるりと闇から抜け落ち生まれ出ずるような感覚を覚えながら、前へと進んだ。
その一歩はガンマにとってはただの一歩だ。
だが、実際は、正面にいたはずの『光』の背後に体はあった。
『闇から生まれた』
先程表現したが、それはまさにその通りであった。
<なるほどね。闇の中なら行き来できるんだね>
闇の中であれば、どこででも移動ができる。
それが、この能力『影法師』の能力だと、ガンマは理解した。
<でも……これは『影渡り』とでも言えばいいのかな? これは今は必要ないね>
誰に言うわけでもなく、そう言うと、ガンマは、体から更に力が溢れる感覚を覚えた。
その体から溢れる力を、今度は闇に溶け込み溢れ出すようにではなく、存分に暴れるように体そのものが動くように力を意識して放ってみた。
「俺を殺すには、まだまだ――」
とんっ
暗闇の中に、一筋の線が走った。
否。その線は、『線』ではなく、『閃』と呼ぶに相応しい、まさに、『一閃』だ。
「――ぁあん?」
とんっ
続けて走る『閃』。
その閃は、呆けるように立つ『焔の主』の両腕の付け根に走った。
「……――っ!?」
その音に、自分が攻撃を受けたと認識するまでも、やはり時間がかかってしまう程に、それは一閃であった。
炎の塊であるはずの彼が、負う筈のないダメージを、負った瞬間である。
「俺の……腕……っ!?」
ガンマの一閃が、彼を襲う。
<でも。まだ足りない>
ガンマは『閃』となって『主』の腕を切り落とした。
だが、彼がそう思うように。
『主』はすぐに自分の炎を高まらせて腕を修復した。
その光景は、明らかに炎を吹き消したようにも見えるが、芯がまだ残っているため消えないような――まるで蝋燭の火のようであった。
<普通の蝋燭なら、もうとっくに消えてるんだけどね>
その芯は硬く。時には荒々しく燃え上がる。
彼を――その『焔』を消すには、『疾』の型の力を借りて早く動くだけではダメだということがそれで理解できた。
<『焔』の型は論外。『流』の型は自己治癒程度。『疾』の型では足りない。『縛』の型はそもそも苦手。そして『呪』の型のこの力……>
『主』が自身の両腕を修復している姿を、じっと闇の中に溶けながら考える。
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