第148話:そして先へ 1

 世界をたった一機で滅ぼすことができる存在、絶機。

 そんな機械兵器に防戦一方で苦戦し撤退さえ考えさせられていたこの戦いで放たれた絶望的な一撃が、突如現れた男によって相殺され、更に場違いな会話が始まる目の前の光景、且つ、それを引き起こしたのは自分の学生時代の同級生という事実に、シグマは口を開けて唖然とすることしかできなかった。


「あー、なんか俺だけハブられてる感?」

「いやいや。お前いなかったら裏世界へのルート分からなかったからそんなことないぞ。ハブっているんじゃなくて、元から交流ないんだよお前」

「ルートなんて、あってないようなものですからね、この俗物からしたら。いきなり友人クラスに上がれると思ったら大間違いですが。身の程を知りなさい、俗物」


 くすりと笑うメイド――姫が、先とは変わって余裕な表情を浮かべて答えるが、その答えに満足していないような男が一人。


「さーて、久しぶりに動くかなぁ」


 軽く屈伸運動しながら、時には背伸びをして準備体操をし始めた、片耳にピアスをした目付きがキツめな青年――水原凪は、


「んー? がばーってメイドに襲われて激しく動いてなかったか? 久しぶりってわけじゃねぇんじゃね~の?」

「がっ!? 何言ってくれちゃってんのお前っ!?」


 帽子の男――御月神夜に爆弾投下されて思わず奇妙な声を出してしまい、更にそこに神夜と姫の追い打ちをかけられる。


「ん? 間違ってないよな? メイド」

「ばっと襲ってばっとエキスを頂戴しましたね。それはもう。骨の髄まで響くほどに」

「っ!? 生々しいからエキスとか言うのやめぃ」


 考え込むように顎に軽く触れつつも、御主人様を見ながら艶かしく舌なめずりして獲物を狙う姫に凪はごくりと喉を鳴らす。


「てか、お前ら程々にしろよ。毎回聞こえてるからな?」

「!」


 なんとも、今の状況に似つかわしくない、のんびりとした会話が続くが、今の状況を理解しているのか不安になった。


「……あの」

「どうかしましたか? 冬」

「あれ、メイド。冬って……。俺でさえまだフルネームなのに」

「黙れ、俗物。俗物なんぞフルネームで呼ぶ価値もありません」

「ひでぇ!」

「……」


 シグマには、分かったことがあった。


「これが親友が探してた絶機の最後のやつか? なーんか、人っぽくないなぁ」


 自身の衝撃波を弾いた相手と新手に警戒しているのか、少し離れた場所で止まったままのギアを見て呟く神夜と共に会話しながらシグマ達に近づいてくる三人。


「あれだけの機械の塊が、二足歩行してバランス崩さないことが人であり、人以上であるとは思いませんか?」

「はー、そんなもんなのかねー?」


 この男――御月神夜を相手にすると。


「……周りの状況全部無視……」


 他のまともそうな二人も釣られて、なぜかだめな感じに見えてくる。


「姫から話は聞いたぞ。水無月さんが向こうにいるって」

「え……?」


 失礼なことを考えていたシグマは、目の前まできて少しヤンチャそうな笑顔を向けて側に来た凪の言葉や、状況の変化に反応が遅れてしまう。

 そんなシグマを呆れたようにため息混じりに見ると、凪は続けて話し出す。


「早く助けにいかないとな。だからこんなとこでこんなやつに手間取ってらんないだろ? だからここは俺たちに任せて先進みな」

「いえ……でも、姉さんが……」


 シグマが枢機卿に肩を借りて立っているピュアをちらりと見た。

 先に進むにしても、立っているのもやっとで、体を冷凍し、すでに死んでいるとも言える彼女をこの場には置いていけないという問題がある。


 先に、その問答をしたばかりだから尚更ではあるのだが。


「あー、そっか。重傷者がいたから動けなかったのか。ま、とりあえず、動ければいいよな? ほれ、<簡易観測所イントラ>」


 凪が聞いたことのない単語を唱えると、ピュアの体の周りが光に覆われた。


『な、なにをっ』


 光に触れてすぐにぴりっとした痛みを感じ、枢機卿が思わずピュアから離れた。その痛みを感じた指先はびりびりと震え、今にも千切れそうなほどに痛く。

 何かの攻撃を受けたのだろうとは思うのだが、ピュアを見る限り攻撃とは思えず。

 機械であるからこそ痛みを感じるはずがないのに感じた痛みに、枢機卿は戸惑いを隠せなかった。


「あー、そっか。あんたギアの体だっけか。悪い悪い。人体にはいいもんだけど、ギアには指定しないと悪影響しか出ないんだわ。悪いようにはしないからもうちょいそのまま」

「……なぁにこれ……あったかい……ぽかぽかする」


 警戒する枢機卿とは違い、光に包まれたピュアがその光に包まれながらその暖かさにうっとりしていると、奇妙なことが起きた。


「腕……?」


 ギアに切り落とされた腕が。

 まさに、生えてきた、が正しいかのように、今までと変わらずそこにあった。


「応急処置的なもんだけど、外傷はほぼ完治しただろ?」

「生え……た?」

「ええ、生えましたね。御主人様は死人さえ生き返らせる事のできる再生者レイズデッドですからね」


 エレベータ側に捨てられた腕を拾い上げる姫。

 その握られた腕は間違いなくピュアの腕で、自分の腕として今も繋がっている腕もまた自身の腕で。

 切り刻まれた傷さえもなかったかのように完治していることに、型式以上に治癒の力を発揮されたのだとピュアは気づいて驚きを隠せない。


「流石にナギではないから血液までは戻せなかったけど、体は元に戻ったはずだから動けるはず。気だるいだろうけどな」

人を癒やす私を癒やす再生者御主人様で、人の上位種<刻族>であり癒しのヒーラーなんて私にだけでいいのに、人の輪廻を守る<刻の護り手チート野郎>ですから」

「……俺、何か悪いことしたか? 姫」

「いいえ? いつでも愛しい私の旦那様ですが?」


 姫がぽいっとピュアの腕を捨てながら「つまり、中二病の塊回復アイテムですよ」と、誉めているのか貶しているのか分からない表現をして副音声付で伝えてきたその情報は、どれもどう捉えればいいか分からない。


「刻族……? 偉い貴族かなにかですか?」


 人を蘇生できるなんて、人に出来なさそうなことを平然とやってのける人が目の前にいる。

 それだけは今の状況で理解はできた。


「貴族って……いつの時代の話だよ」

「いえ、聞いたことなかったのでつい……」

「……なんか、永遠名とわなってさ。学生時代からな~んも変わらないのな」


 久しぶりとも言えるその会話に、懐かしさを覚えながら二人は以前と変わらぬ会話をほんの少しだけ楽しむと、互いに、少しだけ離れた場所に佇むギアを見据える。


「……本当に、任せても大丈夫ですか?」

「悪いが、お前よりあれの相手は得意だし、お前より強いからな」


 凪にぽんっと腰部を軽く叩かれて気づく。

 布を吐き出す兵器を創りだした水原ナオの兄がこの凪であり、裏世界最強ランクでもある姉や姫を軽くあしらった敵より、この男は強い存在で――


「なら、本当に助かります」

「おぅ。任せとけ」


 ――超常的な兵器を当たり前に使いこなしているその男に頼るしか今は道はないのだと。


「ほれ、先に進め。っていうか、俺たちの戦い。巻き込まれたらあっさり死んじゃうぜ?」

「あれ? 死んだら生き返らせてくれるのでは?」

「あれ疲れるんだよ……。しかもちょっと使い方間違えたら自爆技だからな」

「でも生き返らせられるんですね……」

「ぉぅょ。意外と簡単だぜ。疲れるし痛いけどな」


 さりげなく確認してみたが、人の生死をさらっと変えられると言い切る凪の力は計り知れず。だが何気なく少し物騒でもあるその会話に、ほんの少しだけ緊張感の抜けたシグマは、


「姉さん、動けそうですか?」

「んー?……ここから離れられる程度にはね」

「なら、一緒に向かいましょう」


 信頼のおける友人の言う通り、ここは任せて先に進む選択を選び、先ほどとは打って変わって一人で立てているピュアに、先に進むために声をかけた。


「冬、やっぱりあなたはす~ちゃんと先に進みなさい」

「え?」


 だが、ピュアからの返答は、先程とまったく変わらず。

 そこまでしてここにいなければ理由がなんなのか、シグマには分からなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る