第149話:そして先へ 2
「私はここに残ってやることがあるのよ」
ピュアはまだふらつき動くのもままならない体に悟られないよう、こっそり壁にもたれかかって体を支えつつシグマに伝えた。
先の御主人様こと水原凪によって完治したように見える体は、凪が言うように多量に撒き散らしてしまった血液は戻っていない。
だからこそ、重度の貧血のような眩暈や今すぐ嘔吐して倒れこんでしまいそうな程に体調は悪く、完治したとは行ったものの、実際はシグマに分け与えた右目は戻っておらず、今も空洞がそこにある状態だった。
この右目が戻っていないことについては、人に渡したものであり、凪という規格外の存在から与えられた治癒とはいえ、目の前にその目があって目として現存しているのだから、戻るわけがないのだろうとピュアは考えた。
腕は物理的に切り落とされてその場に落ちていたが、意志を持ってそこにあるわけではない。
それこそ、今もシグマの目のように稼動しているわけでもなくすでに本体から離れて肉の塊と化したのだからこそ、不可思議な力によって復活したのだろう。
人が起こす奇跡にしてはあまりにも凄すぎるからこそ納得し、致命傷を治してくれたことに感謝した。
「ここに、す~ちゃんの本体がある。私はそれを助けないといけないのよ」
自分が本来何をしに来たのか。自身がこうも不確定要素に傷付けれ戦線離脱しかけたことで出来なくなりかけたそれを、奇跡によって遂行できそうであったからだ。
その目的は。
この許可証協会に――強いてはその許可証協会を私利私欲に動かす敵から、自分の娘とも言える枢機卿の本体を救出すること。
その救出が、今世界樹へと向かっている仲間達への援護にもなり、更に世界樹に巣食う敵と戦う応援をも送り込めることが可能であるからこそ、ピュアは今この場から離れることはできなかったのだ。
そもそも、ピュアは、虎視眈々と『縛の主』との全世界全てを巻き込んだ戦いを予想し、秘密裏に計画していた。
ラムダの許可証剥奪だけでない昨今の許可証協会のおかしな部分を、奪われかけている枢機卿を奪還することによって整え直し。協会を牛耳る『縛の主』と世界樹への敵対勢力を構築することをメインに据え。
世界樹を防衛するために集まっていた殺し屋組織とそれに順ずる世界樹の戦闘員と甘い蜜の虜となった殺人許可証所持者達を、少数の仲間達――つまりは、今世界樹へと向かっている仲間達――が、戦力を殺ぎつつ撃退し、後続の援軍の道を作って一斉に『
順調ではあった。
A級殺人許可証所持者の『紅蓮』を筆頭に、期待の新人『ガンマ』という強力な味方を。そこに『そばかす』や『ラムダ』といった主力。そして『戦乙女』という『流』の型の使い手も集まり、戦力も整ってきて。
まもなく、許可証協会の指定依頼の仕組みを使って、それとなく、『殺し屋組織の殲滅任務』と称して世界樹へと仲間達を差し向けられる。……はずだった。
だが、ここで狂いが生じる。
こちらの手を読み、『縛の主』は先手を打ってきた。
C級殺人許可証所持者『ラムダ』のB級昇格を機に。このまま事が進めば、ピュアの中核の戦力となるであろうラムダの許可証を剥奪することで無力化するとともに、ラムダの傍の、奪われ探していた宝物がいることにも気づき、奪還するために『縛の主』が動いた。
『縛の主』と結託したであろう一部の殺し屋組織と、<殺し屋組合>の中でも異色である殺し屋組織『
結果は、『ラムダ』の消失と、主として気紛れに呼応した『
だからこそ、このラムダの許可証剥奪における敵の行動に後手となってしまったことが致命的だったと、姫もピュアも痛感。
中立という言葉で仲間の一人であったはずの『疾の主』は暗殺されており、その地位を奪われて自由に使われてしまったことで全てが後手に回るという状況に、整ってない少数の仲間達でのスズの奪還と世界樹、並びに『月読機関』を牛耳る『縛の主』との戦いを余儀なくされてしまう。
「失敗した。でも、体も治った。だから、まだ立て直せる」
すべての失態はピュアのせいではない。
だが、だからと言って、自分の許可証さえも作り直し、姿も消した上での入念な計画を、いとも簡単に先手を打たれて台無しにされたことに腹がたったことも本当で。
その上、愛すべき弟が出汁に使われたことも、そしてその恋人達や仲間達の被害が大きくなってしまったことも、ピュアは、更に悲惨な結果にならないようなんとしてでも挽回し、好転させたいと、思っていた。
「す〜ちゃんのメインを狂わされて、それを正せば、きっと打開できるはずだから。だからここに残って、後からきっと助けに向かう」
「姉さん……」
シグマは、姉の少ない言葉から、何をしようとしているのか、何を思っているのか理解した。
メインの枢機卿を奪還し、呼びかけるだけでも、何人かは呼応し、きっと助けてくれる。そうして、自分のミスでもないのに自分一人で挽回しようとしていることも。
だから先に一緒に進めないというが、ここにいる限り、今から始まる戦いに巻き込まれないとは言い切れない。
確かに今の許可証協会はおかしいということは分かった。
それは自分であった『ラムダ』が急に許可証を剥奪されたことにも、記憶にない罪を勝手につけられていたことにも関係していると、今更ながらに改めて思う。
「でも……」
「私が皆と別行動しているのには、一応意味はあるのよ~?」
ラムダという所持者ではなくなったことは今となってはどうでもいい。それは今起きている現状から考えても、そこまで重要ではない。嫌な思いをしたと思えばいいだけである。
今はスズを悪用する裏世界の敵を倒すためにも、すでに連れ去られて時間も経っているからこそ、早く世界樹へと向かうべきだということも分かった。
「それに。早くしないと先に進んでくれた皆が大変になっちゃうから」
「皆さんはもう先に進まれているってことですかっ!?」
『今更すぎですよ、冬』
「だったら、すぐに向かわないと……」
激戦区であることは間違いない、許可証協会の裏手にあるその先。
そんな場所に増えたとはいえ数が未知数である場所に、圧倒的少数で向かった仲間達が心配になる。
姉さんの言っていることは正しい。
シグマは先を見据えての行動を取ろうとする姉にそう思った。
今この場にいる、ギアと同様の力を持つすう姉が参戦するだけでも局面を変えることができる。
……それに、自分も。
二人だけとはいえ、シグマは、こういう時こそ、自分の能力が発揮できる場面だと思う。
後方から少し離れた場所からの援護と邀撃と奇襲。これは、シグマの武器達の特性が最も活きることであった。
「でも。やっぱり、ダメです」
「アタマかたくなぁい!?」
理解は出来るし、姉にここを任せて別行動をして世界樹への応援に行くのも正しい。
だが、問題は。
「あのギアが、先に進ませてくれるかどうかです。それが出来ないのなら、姉さんだって置いてなんかいけません」
先程まで苦戦どころか、死さえ身近に感じさせてくれたギアが、まだそこにいる。
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