第139話:『春』 2
一瞬静かになった食堂に、春から続けての詰問がかけられる。
「お前の型式、『
「……へぇ」
彼女の型式『
それが彼女達の正体だと春は言った。
そうだとすると――
「死んでからまだ数日だ。気づかない程度の死臭だが香水か何かで隠してるだろう? んで、そんなことされたら香りの中に混ざった違和感ありありの臭気にも気づきにくいし、それに辛うじて発していることに気づいても、普通に目の前で動かれていれば尚更気づけないからな。そもそも、敵がすでに内部に侵入している想定で考えないと気づくのも難しいんじゃないか?」
――ファミレスの経営者と、従業員であった彼女達もまた。
被害者――つまりは、すでに死亡していることになる。
思い至った現状を説明しながら、春は目の前のファミレスの従業員達の動向を見ながら確信していく。
それとともに、間違っていなかったことを酷く残念に思う。
やっと出来た自身の義弟に仲良くしてくれていた同僚であり、その雇い主であるとともに、春とも少なからず交流のあった相手達でもある。
いくら数多の殺しを経験していたとしても。そのようなことは気にしていない過去があったとしても。
今は。自身には関係ないと割り切れるほどには人間性は捨ててはいなかった。
「お前のその精度も凄いよ。賞賛する。……だが、姿を現した時に、その数があまりにも少なかったことが、気づかれる敗因だな」
春からしてみれば、その数に疑問があった。
この食堂で正体を暴かれた美菜は、あの時、和美と美保、そしてスズを操っているかのように動かしていたが、三人は型式による幻覚で形成し、実際の人形は自分自身だけであった。その人形は、遠隔での操作であり、傍にいないことを敢えて言葉にして強調していた。
それがなぜか。
それは、近くに自分がいることを悟らせない為である。
「……なぜ?」
「それくらいは簡単に動かせる力がなけりゃ、現役で選ばれないだろ?」
「……なぁんだぁ。わかってたんだぁ」
香月店長がにやりと、いつもとは全く違う口調で笑い出した。
「そりゃあなぁ……お前、『別天津』の
さらりと。
美菜の正体を答えた春は、目の前で香月店長の体から本来の姿へと戻る目の前の少女を見る。
『刃月音無』
『刃月美菜』
兄妹揃って『別天津』とは、と、そのポテンシャルには驚愕するしかない。
だが、二人だから至れたということもあるかもしれないと思うと、納得はできた。
彼女達の強さには納得はできた。
納得できていないのは――
――なぜ、彼女達が犠牲になる必要があったのか。
――なぜ、もっと早くに気づけなかったのか。
――なぜ、助けてあげられなかったのか。
――納得できずに、ただ悔やみだけが残る。
「……丸くなったもんだな、俺も」
春は、ぼそっと、自分でも聞こえないくらいの掠れた声でそう呟いた。
そんな相手が目の前にいれば、昔はあっさりと殺していただろうに。
その悔やみを引き起こした原因が目の前にいる。
まるで蝉が羽化するかのように香月店長の全身が真一文字に割れると、中身を食い散らかされて空洞となっていた内部からずるりと姿を現す幼い少女。
「誰にも言ってないんだけどなぁ……なぁんでおじさんは美菜の正体がわかったんだろー?」
その少女は、皮を捨てるかのように、今まで着ていた
ファミレスの従業員であろう死体となった女性たちも、関節を無視した奇妙な動きでゆっくりと、春へと、近づいていく。
「元々殺し屋だし、裏世界生まれだからな。そりゃ知ってるさ」
「へー。おじさん、美菜と同業者なんだー」
春は美菜が「おじさん」と言う度に「おじさん……」と心に深い傷を負っていく。
「まだおじさんという歳では」と反論したいところだが、考えてみればこの目の前の少女とは干支が一回り程に違う。そう思うと、おじさんという不名誉な呼び方も許容できた。
「一応、聞いてはおくが。……周りも
「うん。死んでる方が動かしやすいから」
『人形遊び』
意志のない人形で遊ぶかのように人を動かす技法。
春はその能力を、
それは、薬や気絶させることで意志を奪って動かすことも可能ではあると、美菜の返しから理解でき、その使い方から、死んでいる方が確かに動かしやすいと解釈すると、尚更そういった能力なのだろうと春は考えた。
だが。
その皮を、剥ぎ取り被り、死者を辱めてまでしてその中に隠れておく必要はあったのだろうかとも同時に思った。
そこは精神制御とはまた違う、目の前の少女の趣味や性癖による特有の行動であったのだろうと思うと、やはり『別天津』に選ばれる人間には禄なものがいないと、春は心のなかで苦笑いする。
「でもー。美菜の『人形遊び』が見破られちゃったのはショックかなぁ。それにさ、おじさん、美菜たちになにしたの?」
「んあ?」
「なんかね。気づいたら周りに誰もいなくなってるの。きっとおじさんがなにかしたんでしょ?」
じりじりと、話しながら春の周りを囲んでいく人形たち。
包囲は完成し、春は逃げ道を失っていた。
時間を与えるかのように包囲を縮めていくそれは、美菜からしてみれば、意識を失っていたかのように変わった光景を作り出したであろう目の前の同業者への警戒の表れであった。
いつでもどの角度からでも殺傷できるように。見逃さないように。
「なんだ? 知りたいのか?」
そんな中。春は不敵に、にやりと口角を上げて美菜に余裕を見せつける。
警戒している相手が馬鹿にするかのようなその笑みを見ても、美菜の警戒は解けることはない。
「ああ……そうだな。なんだ、もう一回食らってみるか?」
「へぇ、またみせ――」
――最大限の警戒をもって。
美菜は、春を見ていた。
はずが――
「――ほら、見せたぞ」
「!?」
美菜の表情が、驚愕で彩られた。
目の前にいたはずの春が、気づけば、本体である自分の背後で机に腰を下ろしながら煙草に火を点けていたからだ。
「……なに、したの?」
ゆっくりと。
自分達に危害を加えた少女に対して、春の反撃が始まっていく。
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