第128話:舞い降りる『鎖』


「ん~、す~ちゃん、数年ぶりだから情報古いんだよね~。今何が起きてるのか、しりた〜い?」


 流石のスノーも、可哀想に思ったのか、情報を知りたい枢機卿に助け舟を出そうとした。


『当たり前です。知らなくてはどう動けばいいか分かりません』


 枢機卿は、原則、自分の所有者の求める情報を与える。

 その為に膨大な情報をメインバンクに溜め込み、その詰まったメインから所有者が必要とする情報を吸い上げ精査し正しく善なる新鮮な情報を伝え導きくことが所有されている理由でもあるからだ。


 なのに、それさえも出来ないこの状況。

 目の前の『疾の主』が敵だと言われただけでは、到底理解できるものではなかった。


「スズちゃん――す~ちゃんには、『苗床の成功体』のほうが分かるかなぁ?」

「はい。『縛の主』夢筒縛ゆめづつばくが起こした争いの真っ最中に、あなたがかすめ盗ってきた実験体ですね。元気に暮らしていますか? あの子が主の傍にいなくなったから争いが終わったようなものですから」

「『縛の主』に誘拐されちゃった」

『……そ、それは……メインが知っていれば何かしら動く案件ではないですかっ!』


 狼狽えてしまう。

 思わず、自分が起動していなかった数年の間になにがあったのかと、本体にリンクし、情報を吸いだそうとするくらいにである。


「やめなよ、す〜ちゃん。メインちゃん、今すっごい頑張ってるんだから」


 その枢機卿のリンクは、スノーの一言で途切れた。

 スノーがすぐさまリンクを解除したからだが、枢機卿はなぜ切られたのかさえすぐに理解できなかった。


「協会が乗っ取られたってことは、メインちゃんも手中に収められちゃってるってことだよ?」

『え……メインは……しかし、先程から何度かリンクはして……』

「頑張ってるからす~ちゃんも今私と会話できてるんでしょ? でも情報くれるくらいには動けてないでしょー?」

『あ……』


 枢機卿本体がどのような状況なのかはその言葉だけで理解できると思っていたが、枢機卿は久しぶりの起動のためか、現状の確認が出来ていないままに突入した状況に、追いつけていなかった。


「メインちゃん、乗っ取られないように必死だから、今は話しかけないであげてね」


 こうなってくると、機械に感情を持たせてしまうのも考え物だとは思いながら、スノーが『疾の主』へ向かって一歩進んだ。


「手強いよ、枢機卿は。でも、時間の無駄だろうけどね」

「貴方からしたら、どうしても欲しいものでもないんじゃない?」

「そうかな。情報はいくらあっても足りないからね」


「よく言うわ、偽物」と、近付いてくるスノーに対して、とぼける様な仕草をする主。


 メインの枢機卿はあらゆる情報の詰まったデータバンクである。

 少ない情報から、枢機卿から搾取しようとしている相手が、<情報組合>のトップであれば、枢機卿データバンクは喉から手が出るほどに欲しいだろうとも思えた。


『まさか、そのために、協会を売ったのですか……』

「……そんなわけがないだろう?」

『では、なぜ……』

「なぜって? 欲しいものがあるからさ」


 スノーが、近づく足を止めた。

 近づくにつれて、違和感に気付いたからだ。枢機卿も同じく気づく。


「なに? あの機械……」

『……あのような精巧な機械、誰が作ったのですか』


 その違和感は、主の背後。最初は置物かと思っていたが違う。

 いつもなら受付嬢がいる細長いカウンター席に、置物のように置かれていた人の形をした機械。 


「なんで……」


 明らかにそれは、姫から聞いていた、機械兵器ギアであった。

 だが、姫より聞いていたギアより幾分威圧感のあるその機械に、スノーの警戒心は一気に高まった。

 枢機卿もまた、自分が停止する前にはなかった奇妙な物体に、現状ある知識の中に照合するものがないか、必死にデータ内を徘徊する。


『……データ照合なし。スノー、あれはなんですか』

「私も聞きたいわよ……一応、ギアだってことは分かるけど」

『ギア?』

「一年前くらいに突如現れた遺跡に隠されていた、オーパーツみたいなものよ。姫ちゃん曰く、二機くらいで世界滅ぼせるって」

『……そんな馬鹿げた兵器が、あるのですか』

「姫ちゃんクラスだと考えたら分かるんじゃない?」


 当たり前のようにスノーは『姫』と連呼しているが、そもそも枢機卿にはその『姫』が何者か心当たりがない。


 起動していなくても定期的に情報がアップデートされる機能等が備え付けられないのか、今度シグマに相談しようとも思ってしまう。

 そんなシグマが、今は許可証所持者ではなくなっていることも、枢機卿はしらないのではあるが。


「とは言っても、私が知ってるのより、かなりハイスペックなのは間違いないわ」

『……なるほど、警戒が必要ですね』


 そんな警戒心など気にせず。


「ほら、僕の欲しいものが来たよ」

「でも、味方は来たみたいよ」


 奇しくもそれは、スノーと主の声のタイミングがぴったりだった。

 突如、主が頬を赤らめ恍惚な表情で天井を見上げ、スノーも同じく、嬉しそうな表情で天井を見上げる。


「もう会いたくはなかったのですが……」


 その話題にあがっていた機械に、吸い寄せられるように――


「ああ……やっぱりまた僕の前へと姿を見せてくれると思っていたよ――」


 ――ふわりと、天井の穴から舞い降りる。


 頭にはメイドの象徴ホワイトブリム。

 黒を基調としたエプロンドレス。

 その上に、フリルの着いた穢れを知らない純白のエプロンを纏う女性。


 真性の、洋風のクラシカルタイプのメイド姿の美女が。羽毛のような軽やかさでスノーと主の間に舞い降りた。


「ピュア、無事ですか?」


 声をかけてくる『主』が、そこにいないかのように優雅に無視して、スノーに声をかけるは。


 水原姫こと、『鎖姫』の弐つ名をもつ、妖艶なメイドであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る