第123話:進む先と

 周りを木々に囲まれ静かな空間に、ぱちぱちと焚き火の音のみが聞こえる野営地。


「……ガンマ、お前はどこまで知っとるん?」


 座っていた巨大な枯れ木に中身を飲み干したコップを置くと、そばかすはガンマに疑問を問いかけた。


 なぜそこまでしてスズという女性が必要なのか。

 いや、狙われていることを知っているなら、なぜもっと警戒しなかったのかとさえ思うほどに、後手に回っているこの現状。


「ある程度はね」


 たった一人が連れ去られただけで、どれだけ大事おおごとになっているのかと。


「もう、遅いやん。だとしたら、これから何が起きるねん」


 だが、あの状況を考えると。

 見抜けなかった自分よりも、事情を知っている上位所持者達のほうが苦しかったんではないかとも思った。


「そう、遅かった。だからもう後手には回れないのさ」

「だから数集めて奇襲ってわけかい」

「そうだね」


 ちらりと、周りにいる自分より下位の所持者達に目を向けると、何が起きているのかと混乱しているように見える。


 そう思うそばかすでさえ混乱しているのだから、何が起きるのかを、しっかりと聞いておきたかった。


 今しか、聞ける状況は、ないだろうし、これから先聞ける状況は確実にない。

 明日には戦闘が始まっているのは確実であったからだ。


 そばかすやガンマから考えると、冬やスズのことを知っているからこそ、その結果、命を落としたとしても少しは理解ができる。


 だが、このいきなり集められて知らずに戦場へと向かわされている二十人ほどの下位所持者達からすると、知らない女性を一人助ける為に命を落としたくはないだろう。


 世界が滅ぶと言われたからまだましではあると言ったところだ。


 だが、死ぬとしても、せめてもう少し事情を知りたいというのは当たり前だろうとそばかすは思った。



「彼女は、裏世界の人体実験施設『月読』で作り出された、疑似人工生命体だよ」

「作られ……た?」


 ガンマがさらっと言ったそれは、そばかすへの答えとはなっていない。

 ただ、彼女が何者なのかを伝えただけのことである。


 だが、その正体は、そばかすには思いもよらない正体だった。

 クローン技術なんてものはもう成功しているからこそ、人を作り出すということには驚くべきことではないが、擬似であり人口的に作り出された生命体というのであれば、それはクローンではなく一から作り出されたということに他ならない。


「誰が……作ったねん」


 そんなことが今の技術で可能であったのか。先の話を聞いている限り、すでに何年も前からそうであったということに、驚きを隠せなかった。


「『縛の主』だよ」

「じゃあ……お譲ちゃん、『縛の主』の子供なんかい」


 そんなことが出来るのであれば、クローンで代用すればいいのではないか。

 なぜそのように作り出す必要があったのかは理解ができない。だからこそ、まだ作り出されたという意味を変えて聞いてみた。


「旦那様~、そういうのとはちょっと違うけど~……その辺りは誰も把握できてないのよ~」


 分からないからこそ情報として知りたいそばかすと、すでに知ってはいるが、詳細を把握できているわけではないものの、断片的に知っている上位者。


 答えられるものと答えられないこともあるが、水無月スズという存在を作り出しても何の意味もないのではないかとさえ思えてしまう。


 だが、そんな嘘をつく必要もなければ、その嘘に意味もない。

 あの冬の恋人には、何か特殊な力があったのだろうと考える。


「じゃあ、もう一回聞くで?」

「うん」

「『縛の主』がお譲ちゃんを手に入れたら世界が滅ぶ。なら、お譲ちゃんをすでに手に入れた『縛の主』は、お譲ちゃんを使って何をする気やねん」

「……無限の軍隊を作るんだよ」

「軍隊?……分からんな」

「水無月スズは『苗床の成功体』って別名があるのは知ってる?」


 そばかすは、その名称に聞き覚えがあった。

 冬と合流した豪邸で出会った、サンタの帽子を被った両目の下に泣き黒子なきぼくろのある男がそばかす達を見て、言われた相手達が、あたかもそれを知っているかのように言った言葉の中にあったことを思い出す。


 そばかすからしてみると、あれはあれで謎なことではあった。

 冬と彼女が幼馴染ということから、二人と現す発言だったのだとも思っていた。

 だがそうなると、冬がそれを知らない。スズもそれを知っていたのかも疑わしいところも、また謎であり、そばかすの頭は余計に混乱していく。


「……酷い名前よね~……」

「うん。酷い名前だ。……でも、間違ってはいない」

「何がやねん」


 何を納得しているのかと、知り合いの恋人が今にも酷い目にあっているかもと思えば何も納得できることではなく、そばかすはこの二人を理解できなかった。


「常に人を培養して作り続けることの出来る『人の苗床』。それが彼女の正体。要は人を作り出す『種』であり、『母体』だ。間違っていない。だから――」


 理解はできなかった。

 だけども、あの時なぜガンマが急に牽制するかのように反応したのかは分かった気がした。


「遺伝子情報さえ違う完全別個体の人が彼女から無限に生まれるし、均一な結果のでる母体で素体そたいを、少し弄って自分の欲しいままにカスタマイズしながら容易に人材を確保することができるんだよ。それこそ、性別も、見た目も……強さも」


 生物のコピーという意味ではクローンとなんら変わりがない。しかも、それは、短時間で産み出せるという部分もクローンと同一だ。

 ただ、そのクローニングの過程で、幾ら弄っても遺伝子の崩壊や失敗もせず、遺伝子情報さえ違い、単一個体を産み出すことができるのであれば、それはまた別の話である。


 恐らくは意識や感情の有無さえもコントロールできることから、何も感じない兵隊を作り出すことも可能ということである。



 そんな彼女の正体を聞いて。



 人体実験施設である『月読機関』がこれから向かう先――冬の恋人が連れて行かれた場所だったことに気づく。

 そんな施設であれば、設備があって、いくらでも何でもできるのだろうと、そばかすは納得してしまい、言葉を失った。

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