第122話:拡がる樹海と待ち受けるもの

「眠れるんなら今のうちに寝ときー」


 夜が更け。

 これからのことを考えて、一行は野営することにした。


 総勢二十五名の団体は、女性が戦乙女含めて五名いたため、五名ごとに程よく離れた場所を陣取り密集することにし、今はそのうち一人ずつが代表で事前の打ち合わせに集まっていた。


「さっきの話の続き~。旦那様は、この先に何があって、これから何が起きるかとか分かってる~?」


 ぱちぱちと、木が爆ぜる焚き火の音を真ん中に、戦乙女がそばかすに聞く。

 個人的には疑惑について問いただしたいところではあるが、大事な旦那様の性癖にぶち当たりそうでわくわく――否、不安を後回しにして今話すべき話に切り替えた。


「いや、元から情報もっとるんは上位の二人くらいやん? わいら下位所持者はなんもわからんけど」


 そばかすはそう答えながらも、以前ファミレスでガンマから聞いていた『近しい場所に潜伏している、大きな殺し屋組織の殲滅任務がある』という任務に通じたものではあると感じていた。


「ま~、そうだよね~……。実はね、世界樹に侵攻するって話が以前からあったの~」


 戦乙女からの回答に、「やっぱりやん」と、正解に満足する。


 あそこには色々なしがらみがあるのだろうと思いながら、自身の背後の遥か先にある世界樹に意識だけ向ける。


「な~んがあるんかねー……」


 遠くからでも見える世界樹。


 世界樹は、裏世界の象徴のように聳えているが、実際は、裏世界の住人のほとんどが辿り着いているわけではない。

 だが、それは、、である。


「昔は――とはいっても、そこまで昔じゃないけども~。世界樹の近くまで居住区はあったらしいのよ~」


 そばかすは知らない裏世界に驚いた。

 そばかすも冬も、元は表世界の人間だ。だからこそ、今の裏世界しか知らないが、裏世界の住人でもそのような話は知らないのではないかとも思う。


「あ~、私も、聞いた話よ~?」


 自分が言った内容に答えを求められていそうで、急いで補足を付け加える。

 戦乙女も、それ以上居住区について詳しいわけではなく、集まった七名の中に詳しい人がいれば補足してもらいたいのか、きょろきょろと忙しなく見つめた。


「……協会から先は、研究施設やそれに関係する人が、施設に近い場所で安全な場所に住みたいがために開拓したようなところだったからあまり知られてないし、情報も公開されてないからね」


 苦笑いするかのように、ガンマが戦乙女の発言を補足する。


「そいや、ガンマは裏世界出身だったかいな」

「そうだよ。僕も小さい頃の話だから、そこまで理解できていた訳じゃないけどね」


 ガンマはこくりと、チタンタイプのコップに入った飲み物を飲むと、そばかすと戦乙女の背後に繁る暗闇の木々を見つめる。


「……ん? まちぃ。たかが、数年、やな?」

「そうだよ」

「ほんなら……なんで……」


 そばかすも、下位所持者達も、気づいていく。

 自身の背後を振り返り、ガンマと見る世界を共にしたからこそ、その恐ろしさに喉を鳴らす。


「だからおかしいのさ。……君達さ、あれがただでかいだけの『樹』だと思ってたのかな?」

「そ~じゃないのよね~」

「まぢでそんなのあり得るんかい」


 上位の二人が、遥か遠くにより濃く暗闇を作り出す大樹を見る。


「昔は、もっと生息区域は広かったそうだよ」


 今いる地点。

 先にガンマが言ったように、ここは元は居住区だった。

 だが今はどうか。


 今は、世界樹から続いていると思われる樹海の一部だ。

 辺りを見ても、まだ人が住めそうな家屋さえ残っているのだから、まだ人が住まなくなって時間も経っていない。


「裏世界は。裏世界に住む住民は世界樹に。飲み込まれようとしているのさ」


 それは、数年という歳月のなかで、今彼等がいる野営場所は、呑み込まれたということを意味した。


「まぢで、かいな……」


 正真正銘の、終末を迎えさせられていたのだと、誰もが気づいた。


「あれは正真正銘の、意志、または何かしらの得体の知れない力を持った『樹』だからね。そしてそれを使って研究していたのが、月読機関と、管理者だね」


 そばかすは、そこで「そこに繋がるのか」と、ガンマの言いたいことを理解した。


「『縛の主』。人体実験を繰り返し、当時の許可証所持者や殺し屋が手を取り合って撃退した化け物さ」

「今回の、黒幕やな」

「こと、お嬢さん達を攫っていったことについてはね」


 ガンマはゆっくり立ち上がると、自分の体についた埃を軽く叩き、じっと次の言葉を待つ仲間達に背を向ける。


裏の住人僕らにとっての脅威は、何よりもその世界樹なんだけどね」なんて。住む場所を侵食されている嘆きを言おうにも、誰も理解してくれなさそうで。


「……彼女が、冬君の恋人だから助ける訳じゃないんだよ」


 ただ、それと同程度、それ以上の危機に瀕していることをまだ理解さえもしていない周りの仲間達に、不満をもっているであろう極めてデリケートな部分をつついた。


「ん? 知り合いやからか?」

「ん~、旦那様。そんな簡単な話じゃないんだよね~。もちろん~、それもあるんだけどね~」


 水無月スズ。


 彼女がいたから、

 彼女が生まれたから、

 彼女を手に入れたから、


 だから、『縛の主』は裏世界の敵となった。


「……あの嬢ちゃん、裏世界の関係者だったんかい……」

「問題は関係者というか……」


 ガンマは大きなため息をついて、世界樹へと目を向ける。


 巧妙に隠されたその女性の過去。

 隠したいのもよく分かる。


 彼女が、まだ生きていると知られれば。あれは動く。

 知ったからこそ、動いた、が正しいのかもしれないとガンマは思う。


「……『縛』の主があの子を手に入れたら、裏世界どころか、表世界も、滅ぶんだけどね……」


 動き、そして手に入れた今。


 裏世界がこの世界樹に飲み込まれてしまうほうが早いのか。

 『縛の主』がこの裏世界と表世界に分かれた世界を滅ぼすのが先か。


 それは、これからの自分達がどのように動くかによって変わってくるかと思うと、ガンマはより深くため息をつくしかない。


「……はぁ?」


 ガンマが小出しにしてくる情報しか知らないそばかすとしては。

 突拍子もないことを言い出したガンマに――すでに、スズは『縛の主』の元に連れていかれただろうということを考えると、すでに滅ぶ道に進んでいると安易に言っているガンマに驚きを隠せず。


「……やっぱり~? 仲がいい~?……」


 そんな二人の話を、すでにガンマと同じく知っていることだからか話もそこそこに、戦乙女はそばかすの横で「やっぱり怪しい」と疑いの目を向けて二人を別の意味で警戒する。


 話をじっと聞いている下位所持者達としては、「壮大な話についていけない」と、今自分達が行おうとしている重大さに戸惑いと、近くで、男女のもつれの修羅場を見させられているような妙な緊張感を味わいながら、静かに話を聞くしかなかった。



「(明日の打ち合わせは……?)」


 なんてことは、心の中にしまいながら。

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