第111話:合流


「……あれ?」


 ぱちっと冬が目を開けると、天井が視界に映った。


「……なんで……」


 さっきまで自分はこの屋敷のお嬢様と会話していなかっただろうかと思いながら、自分の状況を再確認する。


『ああ、目覚めましたね』

「……え?」


 声がして、反射的に声がした方を見ると、緑の髪のメイド――枢機卿カーディナルがそこにいた。


『意識ははっきりしていますか? どこか痛むところはありますか? 主に、眼とか』

「いえ……なにもありませんけど」

『ならよかった』


 立ち上がって部屋から出ていこうとする枢機卿を、


「ちょ、ちょっと待ってください。枢機卿、僕はなぜここで寝ているのですか?」


 冬が上半身を起こして必死に止める。

 いまだ、冬は、何が起きたのかさっぱりなのだから、知ってそうな相手を止めるのも当たり前である。


『ああ……貴方は、二日ほど意識を失っていたのですよ』

「二日……? なぜ?」

『正妻様が作られた牛丼という名ばかりの謎の物体最終兵器の匂いを吸った瞬間でしたよ。大樹ともども、かくんっと、膝を折り、糸の切れた操り人形のように、項垂れるように座り込んだのは』


 見た目だけでなく。匂いだけでも。死に近づける、まさに、兵器。


 嗅いではいけなかったらしい。ならば食べれば死は免れないだろう。

 人を殺傷しうる物体を、人に食べさせようとするあのお嬢様に恐怖した。


『皆さん、到着してますよ』

「え? 皆さん……?」


 それは誰を指すのかは分からないが、二日の間に自身の進退に変化があるとは思えず。

 安全な場所に辿り着いても、いつまでもここにいるわけにもいかず、変化がなければ逃亡の日々を過ごすだけだということに、疲れを感じながら、枢機卿が差し出してきた手に、自身の手を添え、立ち上がった。




 ■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□







「おっ。目ぇ覚ましたで。眠り姫はんが」


 食堂。

 そこでがつがつと食事をしている男性が、冬を見て箸を握ったままの手を上げ、はしたない挨拶をしてきた。


「松君。冬君を姫扱いするのもどうかと思うけど」

「……っ!? ほんとやっ!」


 その隣でにこやかな笑顔のまま同じく食事をしている、ぴこぴこと筆のように結んだ頭頂部の髪を揺らす男性がツッコミの後に同じく冬に挨拶をしてきた。


「松君……瑠璃君。無事でよかった……」


 自分を助けるために裏世界で足止めをしてくれていた二人が無事合流できていることに、冬はほっと安心の吐息を漏らす。


「意外とあっさりと済んだんだけどね」

「そやな。こちらの戦力も増強できたし。鎖姫はんには感謝やで」

「そうね~。じゃなかったらまだ敵だったものね~」


 と、その松の隣に座って松が口に食事を運ぶたびにナプキンで口を甲斐甲斐しく拭いてうっとりする女性に、冬はぴしっと身を固めた。


 そこにいるのは、

 長い髪を後ろで無造作に団子上にくるりとまとめた、医師が着ている白衣をコートのように着る女性だ。


「な――なん、で……」

「なんでって~? 拭きすぎなのはわかってるわよ~?」

「そう思うなら拭くのやめぃ」

「え~、拭くの面白いからいいの~」


 言いながら擦り寄ってくる女性に、「食べにくいから拭くのやめぃ!」と改めて嫌がってみせる松だが、無理やり引き剥がそうとしないところもまた優しさのようにも見える。


「……あ~、そこじゃなくて、私が何でここにいるのかってことね~」

「あ。そゆことか。『雫』が傍にいるんは、簡単な話やで?」


 『雫』といわれて、それが彼女――『戦乙女』の名前と初めて知りつつ、


「愛の為せるわざや」

「愛の為せるわざね~」


 ……仲良いですね。


 と、思わず思う。

 松の対面で座る瑠璃も、流石にその砂糖に苦笑いだった。


 そんな仲がいいからこそ、こちら側に引き抜いたと言うのであれば助かることでもあるが、また不安もある。


「いいの、ですか……?」


 冬としては、これ以上自分のために裏世界に敵対する人を増やしていいのか、分からなかった。


 たかが数人。


 それは、独立国家として存在する裏世界を相手取るには、無謀すぎるのである。


「松君が言ったけど、戦力としてはかなり増強できてるからね」

「戦力……?」

「あんときいた新人殺人許可証所持者はみんなこっちの仲間入りやで」

「あ~、姫さんがね~。許可証協会に異常が発生してるから、中枢の息がかかってなさそうな新人を集めろってね~。で~、二十人くらい~?」


 外を指差し、そこに、まだ仲間が他にいることを教えてくれる。


 だが。


 仲間を集めて何をしようと言うのか。

 それこそ、力ある許可証所持者を集めれば、裏世界でも――


「――裏世界を皆でひっくり返しちゃおー」


 そんな、どっぷりと思考に陥りかけた冬を、食堂の扉をばんっと勢いよく開けて現れたピュアの声が現実へと引き戻す。


「ピュア……さん?」


 そんなことを出来てしまいそうな強さの彼等が本当にそんなことで結託しちゃダメではないかと思う。

 現に、この華名家の機械兵器ギアを一体でも借りればそれだけで事足りるし、考えてみればその一体はすでにこちらも所有――正しくは仲間にいる――している。


 その気になれば、数は少ないものの、本当に裏世界に喧嘩を売れそうな人材がここには揃っているということに、冬はごくりと喉を鳴らしてしまう。


「あはは、それいいですね。やりましょうか」

「ま~、最近の許可証協会はおかしいことやらかすからな~」

「今回の話とかぁ~?」


 おまけに、なぜか皆やる気である。

 それが自分が発端としてであるなら尚更居たたまれない。


「まあ、本気でやろうと思えばやれそうな状況ではあるな。協会側には上位殺人許可証もいるにはいるが、それほど数がいるわけでもないからな」


 ピュアの後に続いて、タバコに火をつけながら現れたのは、シグマだ。


「シグマさん……」


 ピュアもシグマも、自分の為に動いてくれていた。

 そう思うと、自分は仲間に恵まれたと、頬に熱いものが流れていく感触を感じてしまう。


「よぅ。無事でなによりだが、俺はシグマじゃないけどな」

「? どういうことで?」


 ぞろぞろと、シグマの後に続いて食堂へと人が溢れていく。


「凄い豪邸ね」

「こういうところで住んでいる人って天上人みたいな感じなのかなぁ?」


 姿を現したのは、ファミレスの従業員達だ。

 この屋敷に驚き、きょろきょろと周りを見ながら入ってきた従業員を引き連れるように現れた、香月店長と和美。その二人を見て、無事でよかったと冬は安堵する。


 その、安堵する冬の隣に控えていた枢機卿が、


『そこにいますよ。住人』


 と、食堂の端を指差した。


「へ?」

「天上人じゃないけど、住んでるの」

「なにこの子っ! 子猫みたいにかわいいっ!」


 眠そうに、食堂の端にちみっ娘が座っていた。

 その傍で姫によく似たメイドに食事を口元に運んでもらいながらピースサインする彼女に、和美が堪らず抱きつくと、痛かったのか驚いたのか、「にぎゃあぁっ」と叫び声をあげた。


「香月店長、坏波さん……」

「あら冬君。無事だったみたいね。心配はしてなかったけ――ど……?」


 そんな他愛ない会話をしながら、再会できて微笑む香月店長。

 その、二人が再会を喜ぶ挨拶をかわそうとした時。




 シャッと。




 その店長の横を、すり抜けて近づく黒い影があった。


 それは、先の姫の速さに匹敵するかと思うほどに速く。



 その場にいる強者が。

 誰もがその接近に。




 その黒い雷ダークサンダーに。





 反応ができなかった。













「せんぱぁぁぁーいっ! ご無事でしたか! 大丈夫でしたか! 悲しかったら私をいかがですかっ!?」


 その正体は、冬に勢いよく抱きつく暁未保ダークサンダーだ。



 殺人許可証所持者の上位者でも、不意打ちとは言え反応できなかったその速さに、誰もが驚きを隠せない。


「あ、暁さんっ?」

「あーっ! 未保ちゃん、それ私もやりたかったー!」


 悔しそうな叫びとともに、冬に更に重みが増す。

 和美も和美で、広い食堂の端から、まさに瞬間移動したかのように冬の目の前に現れては未保の上から覆い被さるように抱きつく。


「二人とも……少しは遠慮して……」


 と、二人の勢いに負けて後から項垂れながら近づいてくるスズ。


「スズ……」


 その声に。

 最愛の恋人の安否に、冬の頬が緩む。


 誰もが無事な姿を見せ、冬の心の緊張が溶けていくなか。

 何よりも会いたかった護るべき存在に。


 無事で、よかった。


 なんて思いながら冬はスズを視界に収める。



 収め――




「――あれ?」




 なぜか。



 スズと、抱きついてきた二人と。



 そしてもう一つ。



 違和感を感じた。










「……くすっ」



 スズが冬をみて。


 にぃっと、一瞬、不気味に微笑んだ気がした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る