第96話:救援


「永遠名冬。片方の武器だけで、自分を護れそうですか?」

「護れないなら死にますから、何とかします」

「決して、自分から手を出してはいけませんよ。自分を護るためだけにしなさい」

「でもそれだと――」

「殺し屋にでも転職したいのですか? 許可証がなければただの殺し屋。それこそ、不当な理由で剥奪された許可証が戻ってきた時に、痛い目みますよ」


 周りを囲むのは、いずれも殺し屋組合に属する殺し屋達。

 冬達の背後だけは樹の家があるので人はいないが、前方180度は、どこを見ても人の群れだ。


 それぞれが槍や剣といった、人を殺傷たる武器を持ち、『あらくれ』といった印象を強く与える。

 銃刀法ってなんだろうというほどに。どこの異世界なのかと思えてしまうその光景に、それぞれが冬の賞金を狙っているということがよく分かった。


 裏世界なのだから、当たり前である。


 冬からしてみると、殺人許可証所持者ではなかったことが救いではあるが、殺し屋だろうが殺人許可証所持者だろうが、今の冬にとっては、その相手をし、傷つけ、殺してしまうことは、姫が言うように行ってはならなかった。





「あ~? こいつみたことあんなぁ?」





 その、冬を亡きものにしようと集まった群れの中から、間延びするような声が。



「……あなた、は……」


 その声は、冬はよく知っている。



「あ~、あの時殺し損ねたやつかぁ」



 間近に死を感じたから知っている。


 ロングのチェスターコートを軽くはためかせながら。


 軍用ナイフ――ランドールと呼ばれるナイフを両手でジャグリングするようにくるくると回していた男が、陽炎をそのナイフに纏わせ、仲間であるはずの殺し屋達を威嚇しながら近づいてくる。


 その男は、


「不変……絆」


 冬が、二次試験で出会った男だ。


「お~? 俺の名前覚えてるのかぁ~? それは嬉し……くねぇなぁ……お前、殺人許可証所持者だろ~?」

「今は違います」

「じゃなかったらこうなってないわな~」


 絆が、にやにやと笑いながら軍用ナイフを冬に向ける。


「俺はあいつらだいっ嫌いだからさ~」


 その切っ先に吸い込まれるような、近づいてくるような錯覚。

 鼻先に、突きつけられたようなその刃は、今にも鼻を切り裂くように。


「だから~、死んでくれやぁ……」


 その向けた切っ先から、冬に流れ向かうは――







「……ぉ~? 耐えたかぁ」






 ――あの時感じた、殺気だ。


 あの時は、自分が死ぬ瞬間を垣間見た。

 だが、今回は、辛うじて耐えることができた。


 何も感じなかったと言えば嘘である。


 まだ遠くにあるはずのナイフの切っ先が、目の前にあるかのような錯覚。

 内部からきりきりと切り裂かれるような感覚。


 死を身近に感じなかった。


 それだけである。


 がくがくと体は震え、かちかちと歯がなることは止められてはいない。


「馬鹿ですかあなたは。型式で対抗しないとは」

「ぁ……ぁあっ!? そうですねっ! だからですねっ!?」


 姫の言葉に、この恐怖は型式から来ているものだと気づく。


 言われてみれば確かに。


 型式使いが浴びせる不可視の力。

 知らなかったら防げない未知の力だからこそ震えてしまうのは致し方ないと思う。


「ふ~ん。伊達に元殺人許可証所持者じゃないってことか~。一緒に殺し屋やらねー?」

「いえ、そうならないために手を出さずに逃げてるわけで……」

「律儀に返すなや~」


 呆れるように絆はへらへら笑うと、突如真剣な表情を浮かべる。


「どちらにしても、殺すことには変わらんわけで」

「逃がすというせん――」

「あるわけない。うちらの組織は常に金欠だからな~」


 絆が、構えた。

 くるくると放り投げられたナイフは宙を舞って絆が横振りした手の中に納まる。


「僕にかかった賞金なんて、たかが知れてますよ」

「それはついで。本当は――」


 絆が構えをとると、辺りに惜しげもなく重みに潰されそうな気配が放たれた。

 冬達だけでなく、辺りに群がる殺し屋達にも当てられるその気配は、以前感じた殺気だ。


「敵対勢力の許可証所持者を大手振って殺せる楽しみを、逃すわけないってな~」


 広範囲に向けられるそれに、殺し屋達も動くことを躊躇し、次第に冬達と絆の独壇場へと、その場は様相を変えていく。


「手出しされないように、な~」


 それは冬達にとってとても有利な状況であった。

 個対個として戦えるのであり、量を相手にしなくていいのだから。

 だが、その『個』が――


「強くなったか、確かめてやんよ~?」


 冬にとって。

 以前殺されかけたトラウマのようでもあり、辺りの気配さえ一変させるほどの、いまだ上位の強さであることが、問題であるのだが。


「まあ、想定内ではありますね」


 静かに。

 冬と絆の二人のやり取りを見ていた姫が、言った。


「え?」

「戦うまでもなく、時間を稼げたのは行幸ということですよ」

「――あはは。確かにそうかも」


 冬にとって、絆は上位の強さである。

 だが、それは、冬が戦うことになれば、の話である。


「君は凄いのと知り合いなんだね。驚きだよ」


 家屋の屋根から楽しそうな。

 その問題を軽くクリアする存在が。


「遅いですよ」

「いやいや鎖姫。人使い荒くないかな? 先日会ったばかりでまた会っちゃったよ?」


 別れてすぐではあるが、よく聞いていた懐かしくも思える声が聞こえる。


「なんだか、楽しそうなことになってるね」

「僕は無実ですよ」

「そうじゃなかったら君に安心しなよ」


 この人が、自分を信じてくれていた。

 それだけで、涙が溢れてくる。


「案外早い出会いだけども。敵でなくてなにより。助けはいるかい?」

「是非っ。千人力ですよっ」


 すたっと、冬達の前に降り立つは、澄み渡った青い海を思わせる長い髪。その髪は後ろで黄色のリボンで束ねてポニーテール状に。


 狐のように細目で、閉じているように見えるその目と常に絶やさぬにこやか笑顔。


 黒いカジュアルスーツのその姿。



「それじゃあ、ここは任せてもらうね」


 ぼんっと。

 彼が両手の掌から溢れだすは、『焔』。


「は~、まさか、前に会った弱っちい的にでっかい懸賞金かかったから、あっさり終わると思ってたんだがなぁ~」

「悪いね。彼は弟子だからそう易々と殺させないよ」


 互いの両手から溢れるは、赤くうねうねと蛇のように空へと燃え上がる、『焔』だ。


「任せましたよ」

「任されたよ。冬君、嫌疑が晴れるまで生き延びなよ」

「……っ、はいっ! すいませんっ!」


 冬達は家の中へと入り込み、中を通って裏手へと。


 冬を知る二人と、その二人を囲む殺し屋達。


 二人が互いに。周りに知らしめるように名乗りだす。


「A級殺人許可証所持者――」

「Bランク殺し屋――」




「『紅蓮』」

「『血祭りカーニバル』構成員、不変絆』」


 辺りに迸るは殺気。

 互いを、倒す。と、漏れでる決意の気配。


 その気配は、辺りの殺し屋達の動きを止め、彼等に死を身近に感じさせる。



「「――参る」」



 そして、二人の『焔』が。


 死と共に、辺りを覆い、灼き尽くす。

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