第95話:包囲
謝罪の言葉とともに。
椅子から予備動作なく宙に浮くと、地面に額を擦りつける勢いで土下座する少女。
その動きは澱みなく、流水のように。
思わず、彼女は型式使いなのではないかと思えるほど、その動きは滑らかだった。
「なんだ、その……勘弁してやってくれ」
「一緒にしっかり謝ってよっ! いっくんの物かと思って遠慮なく解体しちゃったんだからっ!」
「おい。俺のだったら解体していいのか」
妙に手慣れていて驚いたが、樹と少女のやり取りを聞くと、樹と仲のいい間柄なんだと思えて、冬には怒ることはできなかった。
それに。
「いえ、別に……もう、必要なくなったものですから」
冬が自虐的に笑いながら言った。
冬からしてみると、許可証を失ったのだから、裏世界で戦えない今は武器は必要ないと思っていた。
裏世界から逃げられるのかも分からなければ、逃げる先もない。
表世界に戻っても追いかけられるのだろう。
そう思うと、捕まって殺された方がいいのかもしれないとも、心の片隅にはあった。
「ですが……確かにないと困りますね」
だけど。
姫に助けてもらい、樹も自分を信じてくれた。
死ぬ結果は変わらないとしても。
せめて、自分にかけられた不名誉を晴らし、なぜこうなったのか、誰がこうしたのか、等は知りたいと思い始めていた。
「うぅぅ……」
「すまんな」
「なんとか作り直してみせるのでご容赦をぉぉ……」
「い、いえ……」
ついでに。
もう片方の、糸を射出する機械を渡して直してもらうことは勿論考えてはいない。
……絶対、壊されて帰ってきそう、ですからね……。
「でも! 裏世界で悪名名高い方の武器を損失させたとなれば工房の名折れ!」
「悪名……名高い……う……」
先に自分が自虐したこともあるが、悪名名高いと言われて冬の心は更に抉られた。
「無駄ですよ。貴方には直せません」
姫がばらばらになった機械の一部を見ながら言う。
「きっとなんとしても!」
「……少し、席を外しますね」
そう言うと、呆れたのか姫は家屋から出ていき外へ。
怒っているようにも見え、少女は更に「うっ」と言葉を詰まらせながら冬に謝罪を続ける。
「あの……片方まだあるのでいいので……」
「この武器をこのままにして許されようものなら先代『焔の主』の名に傷がっ。この武器はきっと直してみせますのでご容赦をっ!」
少女が必死に謝罪するなか、聞き慣れない大物の名前が。
「先代?……『焔の主』?」
「この工房。前『焔の主』『
「……『焔の主』と言えば、松君の暗器が確か……」
「
だからか。と、樹が一年前に松の武器の名をすぐに言い当てた理由がわかって納得した。
「だが。冬だけじゃなく、あいつらも結局一年間の間にここに来なかった。あいつら、特に松なんぞ、いつ壊れてもおかしくないと警告したのに、だ」
「いやぁ……そりゃ、流石に難しいですよ……」
「しらん。せめて探せ」
「すいません……」
って、何で僕が謝っているんでしょうか。
なんて思いながら、そろそろ目の前で土下座を止めてほしいと思う冬だった。
「ああ、貴方が。『
ぐりぐりと、それはもう額が擦りきれそうな程に頭を床に着け続けるチヨを樹と冬で引き剥がし、怒ってないことを切々と伝え続けてやっと落ち着いたところで、姫が外から戻ってきた。
『焔帝』
松の主要暗器が気になった冬は、以前そのように枢機卿から、珍しく舌打ちされながら聞いていたことを思い出す。
流石に裏世界に疎い冬も、その通り名は知っていた。
元『焔の主』であり、個人でばらばらにやっていた裏世界の鍛冶屋達を、冬達がいるこの区域を得るまでに発展・組織化した傑物として有名だったからだ。
「……焔帝なら、これくらいの機構は直せたでしょうね」
「ぅぐっ!?」
その鍛冶の腕も機構の作りも、現代の『
贋作も多いことで、目利きを養うことにも使われているほどだ。
「永遠名冬。先ほど連絡がつきまして。貴方の武器を直せる方がいますので、そちらに向かいましょう」
「え、いや、万代さんが直すって」
「直せるわけがないですね」
とは言う冬ではあるが、姫に賛成ではある。
いくらその傑物の娘とはいえ、同じような腕であるわけでもない。
先程の顛末を見れば、それもよくわかる話だった。
「うぅ……その人なら確実にこの複雑な機構を直せると?」
「ええ、直せますね」
「断言っ!? 天才なのかな、かなっ!?」
「水原さん。その人は信用できる人なのでしょうか」
「信用できる? はぁ?」
がしっと。
冬は頭を掴まれて、ぶらぶらと宙を浮かせられた。
「殺しますよ?」
「はい失言でしたすいません」
あれ、おかしい。
なぜ、さっきから謝ってばかりなんでしょうか……。
「ギアさえ作り出せる可愛らしい御方です。技術は保証しますよ」
「ギアさえ……」
それはつまり、世界を滅ぼせる技術がある、とさらっと言っているのだが、姫は全く気にしないどころか当たり前のようである。
「では行きますよ」
「え。どこへですか?」
姫は今すぐにでもこの場を離れたいようだったが、玄関の扉に手をかけその動きを止めた。
「その方は表世界に居られますので表世界へです。貴方を保護する予定の場所も表世界ですので丁度良いですね」
樹が立ち上がり、くいっと顎で外を見るよう合図する姫の傍で外を見る。
「あ。目的地あったんですね……」
「ないと思っていたのですか?」
「はい失言でしたすいません」
自分を保護してくれる場所なんてあるのかと思ったが、今は助けてくれる姫を信じるしかない。
「なら、俺もついていこう」
「……いえ。それは迷惑が……」
冬はその提案は巻き込みたくなかったので受けるわけにはいかなかった。
「気にするな。所詮腐った世界だ。俺も何かあるか分からないし、あの機構を直せる人物も気になるし、もう遅いしな。それに――」
「あの~……それは、私もついていっても?」
「「……なぜ?」」
「……それを今話そうと……」
樹はまだしも、チヨがわざわざ逃亡の仲間入りしようとすることに二人揃って疑問を持った。
外は少しずつ、騒がしくなっていく。
冬は、姫がなぜ早くこの場から去ろうとしているのか、理解した。
「……こいつが心配でな。出来れば、この機会に乗じて表世界へ逃がしてやりたくてという理由もある」
樹が、話す前にフライングして二人に疑問を持たせたチヨに呆れてため息をつく。
「なにか、事情が?」
「……ある。こいつは、現『焔の主』に狙われている」
「……なぜ?」
自分は『疾の主』に容疑をかけられ、チヨは『焔の主』に狙われ。
思わず、四院は暇なのだろうかと思ってしまった。
「こいつが焔帝の娘で、チヨが焔帝から極意を教授されていると思っているからっていうこともあるが……」
「……極意?」
「焔帝の鍛冶における全て。だ」
冬は自身の片方だけとなった相棒を装着すると、席を立ち上がった。
「そんなの、あるんですか?」
「ない」
チヨは、いまだ一緒についていっていいのか分からず、きょろきょろと二人の顔をいったりきたりしてみている。
「そんな垂涎……確かにこの娘にはなさそうですね」
「うっ……」
「『焔の主』は武器コレクターで焔帝の超がつくほどのファンだ。だから、自分の前主であった焔帝の関係物を集めている。そう聞くと、極意関係なく、チヨの存在は無二の一品だと思わないか?」
冬は彼女以外が気づいているその状況――この慌しい気配に気づいていないことから、争い事には慣れていないのだろうと分かり、現状の戦力とはなりえないということが理解できた。
狙っている相手が、『焔の主』であれば、あの『疾の主』のように、権能がある人物だ。
彼女を逃がすのにも、仲間が必要だということも理解でき、自分にとっても、この場から表世界に逃げるには仲間が必要であるので一蓮托生でもあった。
冬は外の気配を感じていく。
そもそもが、あまりにもゆっくりしすぎていたというだけでもある。
冬は、今は、「逃亡者」である。
一定の場に留まっていれば、それこそ狙ってくださいと言っているような状況だと冬は思う。
「……焔の主って、おいくつですか?」
「五十台ですね」
「ロリコン……ですか?」
「どうでしょう。私の傍にはもっとすごいロリコンがいるので……」
そのロリコンは誰だと驚愕しながら、玄関の扉に手をかけると、姫と樹と目配せをして、互いの意志を伝えあう。
樹はいまだ座っているチヨに声をかける。チヨだけが、「え? 表世界に一緒に行かないの?」と、不思議そうに、二手に分かれた彼等を見て、一緒の逃亡を拒否られたのかと泣きそうな顔をしていた。
「すまんな、二人とも」
「僕が蒔いた種でもありますし、逃げる時間くらいは稼ぎますよ」
「貴方は何も蒔いてはいませんがね」
樹が家屋の裏手に向かう姿を確認すると、ぎいっと、冬は姫と共に外へ。
「ぉぅ、やっぱりここにいたぜ」
「「いい稼ぎになりそうだなぁ!」」
「稼ぎを得るのは俺達だ!」
外は。
にぎやかなほどに。
多数の人に囲まれていた。
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