第82話:女子会 1


「おかしいよ……」


 冬が気づかないはずがない。

 あれだけ自分の姉のことを探していたのだから。と、スズは気づけば睨みつけるようにピュアを見つめていた。


「スズ? 何か気になることでも?」


 何かあったのかと。体調でも悪いのかと冬は心配になった。


 そう言えば、ここ最近は家にもおらず、香月店長から依頼を受けておきながら、スズに和美を任せっきりだったと今更ながらに思う。


 更には、いきなり人が増えて騒ぎだしたことで疲れもでるだろうと思い至った冬は、いまだピュアを見つめるスズに近づき、心配そうに肩に触れた。


「スズ? 大丈夫ですか?」


 肩に置かれた冬の手。

 その手に視線を移して、スズが聞いた自分の体調を気遣う冬の質問に、スズは一気に涙を溢す。


「冬っ? 何を、言ってるの……?」

「え?……何をって……僕は具合が悪そうなスズを――」

「具合が悪いわけなんてないっ!」


 冬の何がそうさせたのか。

 スズは冬の答えに一気に血が上ったのか、大声を張り上げた。


 その変わりように、周りの皆もぎょっと驚く。


「なんでっ! 何でわからないの!?」

「な、何が――」

「冬は、今まで何を探してたのっ!? どうして裏世界に向かったの! なんで、なんで」


 冬は、スズその喚きに、答える術がなかった。


 スズにとって、何か良くないことが起きたのか。

 それとも、この場にいる誰かが、スズに危害でも与えたのかと、冬は、今までのことを考える。


 スズがおかしくなったのは、シグマとピュアが現れてから。


 この二人が、スズに何かをした?

 それは、もしかすると。

 スズが、僕に隠していることに何か関係が……?


「――はい、すとーっぷ」


 そんな答えに行き着きかけた時。

 冬とは反対側のスズの肩に、ピュアが触れた。


「痴話喧嘩は周りに人がいないところでやってねー」

「痴話喧嘩じゃっ……だって、ゆ――」

「だからすとーっぷ」


 むぎゅっと音が出るほどに急にピュアがスズの口を塞いだ。


「ふーむ。……ラムダ。ちょっと、スズちゃんと寝室借りるわね。あ。なんなら、そこのお二人さんもおいで」


 スズの変わりように唖然としていた「お二人さん」と言われた和美と未保は、「え?」と同時に声を発した。


「はるー。そっち任せたわよー」

「……めんどいな」

「あ。男どもはこっちに来るの禁止ね。話を聞いたりする行為を少しでも見せたら……」

「「見せたら……?」」


 男四人がごくりと喉を鳴らせる姿を見たピュアは、ふっと、鼻で笑う。


 その瞬間――


「強制的にBLさせるわよ」


 ――部屋内の温度が急激に下がった。


 冬達だけに訪れたその冷気は、シグマ共々恐怖と威圧で包み込む。


 ただの言葉。

 その言葉に乗せられたのは、極寒の地獄へと誘われたかのような、冷気を伴う殺気だ。



 ……なぜ。

 同意の上ならまだ分かるが、話を聞いただけで自尊心を失わされるとは。


 唖然とする男性陣がその気配から開放されたのは、寝室へと女性陣が消えていった後だ。

 シグマのため息に、全員が息を吐き出しソファーに座りだす。


 男性四人は、寝室の扉がかちゃりと閉まるまでの間当てられ続けた殺気に、ピュアの本気を垣間見て互いを牽制しながら尻の穴をきゅっとすぼめるしかできず。


「聞き耳立てるなよ?」

「いや、それよりも。スズが心配で……」

「大丈夫だ。今大丈夫じゃないのは、俺達だ」

「何を根拠に? 聞き耳立てたら大丈夫じゃないのは分かりますけど」

「何話しているか大体分かるからだ。あいつ、本気でやるから聞き耳たてるな」


 自身の嫁の本気を知っているシグマは念押しする。

 煙草を取り出し指先を当てると、触れた場所から煙が出始めた。


 冬はそれを見て、『焔』の型は火をつける時に楽そうだと思うが、何の話を寝室でしているのか気になって仕方がなく、そわそわしてしまう。


「シグマさんは、スズがどうしてああなったか分かるのですか?」

「分かるが……出て来たらさっきみたいなことはなくなってると思うぞ」

「なんだか気になる言い方だね」

「とっとと白状したらええんちゃうん? あっちはあっちで話してるならこっちもこっちで話せばいいやんか」

『それしたら本当に実行されますよ』

「枢機卿……お前、仮にも女子だからあっちの話に参加してろ……」

『仮にもとは心外な。とっとと掘られなさい』

「おま……っ」



 枢機卿はそういうと、静かになった。

 枢機卿が言ったことに、冬達は貞操の危機に、他の男性陣にその気がないことを信じながらも警戒する。




 シグマはその中で一人思う。


 なんで、俺もなんだよ……。


 と。

 互いにけん制しあう中、静かだからか、シグマの考えは更にエスカレートし。


 枢機卿があちらの会話に向かったと考えて……もし俺達が聞き耳立てていたとか嘘の情報を与えたとしたら……。



 確実に、実行に移される。


 そう思うと、なぜだ。という想いしか溢れでてこず。



 ……松と瑠璃なら分かる。

 どちらかがどちらかと言うと……いや、止めておこう。これは戦争が起きるレベルの話だ。


 そうなると残るカップリング的には俺と冬になる。

 だが、俺と冬だったら……。


 ……義兄弟での絡みとか、どんなプレイかと思うぞ……。俺は絶対受けにはならんぞ……。攻めにもならないが……いや、でも。もし本当にそうなったとしたら……どうする……? どちらを選ぶ……?


「……攻め、だな」

「「何がっ!?」」


 なぜかBLに詳しいシグマであった。















「さってとー」


 ピュアは女性達だけを寝室へ連れ込むと、かちゃりと鍵を閉めて振り返る。

 何が起きるのかと不安感漂うお二人さんと、何か言いたげに不満を全面に出すスズが視界に映り、可愛い女の子達と冬が仲良くしていることに、にへらと表情を崩した。


「スズちゃんだけが知ってるのも、ハーレムでは不公平だからねー」


 この場に冬がいれば、「ハーレムなんて築いてないです」と反論しそうだが、ここにその冬はいない。


「何が起きてるの。おかしいよっ」


 スズとしてもハーレムは容認しているわけではないが、今はそんなことを考えている状況ではなく、思いのままピュアに噛み付いた。


「スズちゃん、ちょっと落ち着いて」

「水無月先輩っ、私達が何か怒らせるようなことしたなら謝りますからっ」


 端から見ると、また意味のわからないことを言い出したスズを、和美と未保が心配そうに宥めているが、スズはスズで、この状況に理解が追い付かない。


「ちがっ、冬の行動がおかしいからっ!」

「どこもおかしいところなんてなかったよ!?」

「二人とも知らないからっ! だって!」

「いやいやー、あれで合ってるのよー」


 ぼすんっと、ダブルベッドにダイブしてわきわきと布団の感触を楽しんでいたピュアが、体を起こしてスズに答えた。


「私が、私を知ってる二人には姿が別に見えるようにしてたんだよー」

「な、なん――え、どうやって……」

「なのに、スズちゃんにはしっかり見えてるもんだからこっちが驚き。まっ、冬はしっかり惑わされてたみたいだから、そっちが本命だからいいんだけどねー」


 冬に姿を見せたくない。

 ピュアの言葉に、二人はやっとピュアと冬が知り合いであるということに至った。

 「一応S級だからね私」と、姿を惑わすような技術があることを匂わせてどや顔するピュアが、本当に冬達と同じく裏世界の住人なのだと理解する。


「そういうことが出来るのが、裏世界よー」


 特定、不特定多数に自身の姿を隠す、または、意識させない能力。それは、先に同級生であった音無とニアミスしたときに冬が見た技術である。


 『疾』の型と『流』の型を複合した技。

 ピュアはこれを『幻惑テンコウ』と呼んでいるが、型式を知らない三人には「どうやって?」という疑問しか浮かばない。


「あ。そだそだ。お二人さんには改めてー」


 ベッドの端で座ってぷらぷらと足を揺らしていたピュアが、ぴょんっと飛び上がると、パーカーフードがぱさりと頭を覆い、深々と被られて目元が見えづらくなった。


 パーカーのポケットに手を突っ込みながら、ピュアはにこっと口許を歪める。


「私の名前は、永遠名雪とわな ゆき

「「……は?」」

「皆が大好きな、冬のお姉ちゃんだよー」


 その暴露された事実に。


「「え、えええぇぇぇーーーっ!?」」


 お二人さんの叫びが響き渡った。

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