第71話:型式
裏世界には『
裏世界の殺し合いにおいて、相手をいかに倒すかに特化するために作られた熟練者の技であり、殺人許可証所持者が殺し屋組織や賞金首を相手にする為に覚えなければならない、上位所持者へと至る試練の一つがそれである。
人の純粋な力だけでは限界がある。
殺人許可証所持者と言えど人であり、裏の法を守る番人のような位置づけと化している許可証においては、相手よりも力が必要である。
特に、殺人許可証と勢力を二分する殺し屋組合との、熾烈を極める勢力の削り合いという殺し合いの中で、絶対数の少ない殺人許可証所持者の生存競争を上げるためにも圧倒的な力が必要だった。
そのために生まれた、人を殺すために自分の力を増幅させる力。
それが、『型式』である。
人を殺さない為に作られた抑止力としての殺人許可証。
人を殺すために作られた型式という力。
どちらも殺人許可証所持者に与えられる力ではあるが、矛盾しているのがなんとも笑える話だ。
殺人許可証所持者にとって、生き抜くために必要な力である型式。
型式はそれぞれに役割があり、人によって得意不得意も存在する。
あくまで得意不得意というだけであり、誰もが得ることもできるのだが、その、『型にはまらない力の式』は、それぞれの能力に違いがあることが得意不得意に繋がっている。
その能力の違いは、五つの型から成る。
『
習得者の筋力を強化する型。
熟練すれば炎を操ることも可能となる為、『焔』と名がつけられたその力は、圧倒的な火力をもって敵をなぎ倒す広範囲の力。
冬が見たことがある唯一の型であり、不変絆が二次試験中に見せた巨大な炎がそれである。
また、直近であれば、鎖姫も同様に指に火を灯していた。
『
習得者の治癒力を強化する、唯一の癒しの型だ。
熟練することにより水を操ることが可能となるその力は、主に医療の場で使われることが多く、極めていくにつれて自身の治癒力だけでなく、他人にも影響を与えることも可能となる。
『
能力者の速さを強化する。
先に述べた焔の型、流の型とは違い、身体を強化するのではなく、自然の力を操り、自身の力とする型式である。
大気を操ることが前提の能力ではあるが、極めることで高速移動を可能とすることから、移動手段としても重宝し、手数や高速戦闘を得意とする能力者にとって必須の能力である。
『
大地の力を間借りし、鎧のように体を守ることのできる能力だ。
習熟することで刃を通さない体にすることができるとも言われている能力ではあるが、習熟せずとも簡単に大地に縛り付ける能力等を得ることもできる為、扱える者も多く。主に捕縛等を主体とする、相手を生け捕ることに長けた者が多い。
熟練には、大地の息吹を聞くという、仙人のような、元から持っている者にしかわからなそうな謎の力でもあることから、最も難しい型であるのは確かである。
この、四つの型が、基本の型式である。
だんだんだんと。
何かを叩きつける音がその場に響く。
その音は地面に叩きつけられた獲物から発する音ではあるが、学園などにある体育館ほどの標準的な広さの部屋の中ではよく響く。
特に、その場にいるのが男性二人だけであればこそ、雑音もなく、より響くように聞こえるのだろう。
そんな広い部屋に。
だんだんだんと、音を立てながら常に笑顔を絶やさないカジュアルスーツの男と、その前に黒い中国風の服を着た男がいた。
二人は今――特に、中国風の服を着た男は真剣な表情を浮かべて相対する男を見つめている。
その真剣な表情の男の息は荒く。まるで、全力で何度も短距離を常に走り続けさせられているかのように汗だくで。
黒い中国風の服も、その汗で濡れ、より重たさを増しているかのようであった。
黒い服だからこそ、尚更である。
「ほらほら。いくよ?」
そう言ったカジュアルスーツの男が中国風の服を着た男の目の前から消えた。
「くっ!?」
実際に消えたわけではない。視線誘導と圧倒的なまでの動きの速さで消えるように見せているだけだ。
辺りに気を配って意識を集中することでしか見つけることができないその気配だけとなった男。最初はついていけなかったその動きに今は慣れはしたが、それでも速さが段違いだった。気配だけを感じて、辛うじて反応が出来ているといったところだ。
擦れるくらいの真横を通りすぎていく男の気配に、横を抜かせはしないと、きゅっと、靴の音を鳴らして反転するが、相手もほぼ同時に反転していた。
ロールするかのように自身の目の前で、スーツの裾をはためかせて舞う姿の美しさに見とれてしまい。
気づけば、今度は先程とは反対側に男の気配が。
いや、今度は気配ではない。
だんだんだんと、男が発するその音を頼りに、反対側にいる、と気づけただけだった。
追いかけようと体を無理矢理動かす。
「
くすっと、笑うような声と共に。
その結果は。
「あ、れ……?」
足をもつれさせたかのように、体は自分の意思とは関係なく、緩やかに背後へと倒れ込んでいき。
――ずどんと、尻餅をついてしまっていた。
その間にも、男は軽やかに離れていく。
ああ。ダメです。その先は……このままでは、また……。
背後で、男が宙を舞うのを、ただ見ているだけしかできなかった。
ぱさり。と。
男の持っていた獲物が丸いリングとその下に編み状の太い糸の中を通りすぎて地面にバウンドし、てんてんと、転がっていく。
「気配は読めるようにはなったかな?」
座り込んだままの男に、疲れを知らないかのように、先程まで同じくらい動いていたはずなのに汗さえかかない笑顔の男が声をかける。
「すいません、弓さん。まだまだみたいです」
黒い中国風の服を着た男――冬は、笑顔の男が差し出してきた手を掴み立ち上がる。
「そうかな? 結構いい線いってると思うけど」
笑顔を絶やさない男――弓は、起き上がった冬を確認すると、腕組みしながら顎を抑えるように少しだけ考える仕種をし、くるりと振り返った。
その先には、先程、弓が落とした丸い球がある。
「さ。もう一回。やってみるかい?」
くるくるくると、その丸い球を、器用に人差し指を立てて指先の上でで回しながら、弓はいまだ汗もかかずににこやかに。
「はい。お願いしますっ!」
弓とは正反対に。じっとり汗をかき、今も垂れ落ちる汗を自身の服で拭いながら冬は答える。
「あはは。元気で結構。僕の授業は厳しいからね」
楽しそうに笑いながら、先程と同じ――コートのセンターサークルに立つと、だむだむだむと、先程よりは優しげにまた音が響く。
その前に、また、冬も立ち、ぐっと腰を落とし、抜かせないように両手を広げ、弓と相対した。
「一応カウントしてるけど。さっきので52対0だからね?」
「ボールさえ取れてないですからね」
その音の発生源――それは、ボールだ。
「それもあるけど」
だむだむだむ、から、だんだんだんと、激しくなったボールの地面に叩きつけられる音が荒くなり。
その音に気を引かれたと思った時にはその音は消え。
気づけば、弓が両手でボールを掴んでいた。
ま、まさか……セッ……センターサークルからっ!?
学生時代に冬も行ったことのある、長距離のふわりとした弾道で自陣に放り込んだことのあるその動きとは違い。
弓が行ったのは、バックステップでのジャンプ。
そして、そこからの。
「――よっと」
無理な体勢からのレーザービームのようなその鋭い投球は、冬の頭上を勢いよく通り過ぎて背後へと。
先にあったボードにぶつかり激しい音を立てたボールは、リングをくるくると二、三度回ってネットを揺らした。
「スリーポイントとかずるいですよっ! にしては凄い遠いですけどもっ!」
「いやいや。誰もレイアップだけで勝負するなんて言ってないけどね? なんなら決めるかい? 流星のダンクを」
ころころころと。ボール――バスケットボールは地面を転がり、足にこつんと当たって止まったそれを拾い上げた時。
……あれ? おかしい。
冬は、そこで気づいた。
さっきまで、無手の組手をしながら型式について説明を聞いていたはず。
なのに、なぜ。
僕は弓さんとバスケをしているのでしょうか……。と。
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