第56話:行方

 かりかりと音が鳴るなか、枢機卿が何をしているのか、情報開示は終わったと伝えた後に、まだ何か教えてくれるのかと、冬は静かに待っていた。


『……『運送屋プレゼンター』も、あの組織が関わっていましたね』


 枢機卿が、永遠名冬自分の情報を見ていたことに気づいた。


 枢機卿のなかにある情報バンクは、表も裏も網羅している。そのなかには、冬の情報もあるのだろう。


「『運送屋』……ですか」


 それは冬にとって。


 苦い記憶を思い出させる。


『表世界から人を斡旋する『運送屋』。斡旋とはまた聞こえがいいですよね。……実際、誘拐、拉致ですよね』


 なぜ枢機卿がそのようなことを言ってきたのか。

 自分の経歴を見たからこそ、行き着いたのだろうと冬は思う。


 なぜなら――


『あなたの親もそこの構成員ですか』


 ――親が、その『運送屋』だったから。


 両親がやっていたのは人身売買だ。

 裏世界では当たり前かもしれないが、連れてこられた人材はどこからなのかと言われれば、運送屋が表世界から連れてきている。


 そんな汚れ仕事をしていたのが自分の親だと考えると――


『……なるほど。裏世界にしてみれば、まだ優しいものですね、あなたの辿ってきた道は』


 枢機卿に言われなくても、知らなかったとは言え、そんな仕事で得た物で構成されてしまったこの体に、思うところはある。


「裏世界に連れてこられた皆さんは、酷い扱いなのですか?」


 それは自分にも関係していたからであり、それらの犠牲の上で知らずに生きてきたからこそ知りたかった、冬にとって懺悔のような質問だった。


『様々ですよ。幸せに暮らしている人もいます。簡単に人材の補充ができますからね。……許可証所持者でさえ、買いますから』


 だからこそ、冬はその回答にほんの少しだけ安堵し、様々なということから、酷い扱いを受けている犠牲者もいるのだと思うと、許せなかった。


『あなたも売られていればどうなっていましたかね?』

「……そう、ですね」


 冬は、売られる前に、逆に親を売ろうとさえしている。


 それは未遂に終わったが、今にしてみれば、同じことをやろうとしていたのかと思うと虫酸が走った。


『そう思ったから、助けたのでは?』

「そう言うわけでは……いえ、そうかもしれませんね」


 だからこそ、表世界で不自由なく暮らす人が羨ましいとさえ思え、犠牲者を増やしたくないと思ったからこそ、未保を助けようと思ったのかもしれない。


 沈黙と、かりかりとパソコンが静かに処理する音だけが部屋にまた響く。


 冬は、枢機卿が知った自分の情報から、何を言いたいのか分かりかねていた。




『……あなたには、姉がいるのですね』



 沈黙を破ったのは枢機卿だ。


『てっきり。殺人許可証所持者となって、悪を倒すとか、運送屋に連れ去られた人を助けたいとか、そんな、甘いことを考えていたのかと思っていましたよ』


 冬が許可証を手に入れた理由は、そんな人達を助けようとしてではない。


 あくまでついでであり、目的の為に取得したものだ。


 正しくは、一部正解ではある。

 その目的の一つに、枢機卿が辿り着いた。


『永遠名雪、ですか。……なるほど』


『姉』、と言う単語に、枢機卿が関連データを情報バンクから吸い上げてくれている。


「……姉さんのことについて……分かるのですか?」


 協力してくれるのではないかと、姉の行方を知れる機会が来たと、冬に希望が湧いた。


『知りたいのですか?』


 そんな当たり前に分かりきっている質問を、枢機卿はしてきた。


 ……知りたい。

 知りたいに決まっているじゃないですか。


 なぜなら、冬にとって、裏世界へ――殺人許可証所持者となったのは、姉を見つけるためが、もっとも重要なのだから。


 ここで有益な情報があれば。

 ――いや、裏世界の情報を網羅する枢機卿であれば、居場所さえ分かるはず。と、冬はすぐに頷いた。



『永遠名雪は――』




 知ることができる。

 知ることができれば。すぐにでも、表世界に戻れる。


 戻れるのなら。

 ――にだって、しっかり向き合える。















『高く、売れていましたよ』











「――そ――、――んな……こと」


 売れた。

 姉さんは、裏世界のどこかに売られて、


 今も。裏世界に――


 高く売られたなんて、知りたい話じゃないのです。

 売られているのはもうすでに知って――


 ――いや、違います。


 売られているか、売れてしまったかどうかさえ、知らなかった。



「そう……です、か……」



 冬は、今、自分がどれだけ姉の行方を知っていなかったか理解した。


 裏世界にいることは分かっていた。

 分かってはいたが、広大な裏世界という世界のどこにいるのかも分からなければ、ましてや、姉は、実の親によって売られていたと言う事実さえ、理解できていなかった。


 売る人もいれば、買う人もいる。

 売ったのは、親だ。

 知っていたのはそこまで。

 では、売りに出されて買ったのは。


 だから、姉は――


 誰かに買われて、今も――



「ど、どこへ……?」



 自分が気づいた、あまりにも行方のしらなさに、枢機卿はこの事実を伝えるためにわざわざ遠回しに順を追って話してくれていたのだと分かった。


 逸る冬へ。


 更に、枢機卿は、追い討ちをかける。













『死亡している可能性が高いですね』










 頭のなかが一気に真っ赤に染まった。


 目の前で淡々とそう言った枢機卿に、怒りが湧いた。


 枢機卿は悪くない。淡々と事実を述べただけだ。


 悪くないが、望みや希望が絶たれた気分だった。


 思わず、辺りに自身の武器を撒き散らしてしまうほどに、目の前の人の気持ちなど分かるはずもない枢機卿へ向かって――




 ――ピンポーン。



 自宅のチャイムの音で、急激に冷めていく感情。

 宙に浮く液晶画面がその隙に消えていく。



 落ち着いて、改めて考える時間ができた。



 枢機卿は、まだ、可能性が高いと言っただけで、生きている可能性はあるはずです。


 変わらずこれから探せばきっと……


 ……でも。

 それだと、――に。


 スズに、伝えなければいけない。



 ちくりとスズを想うと痛む胸が煩わしい。


 スズのことを考える度にこんなにも自分の感情がコントロールできなくなるとは思いもしなかった。


 学校で別れた後、あれから同級生と仲良く帰っている――を想像するだけでも痛い。


 どれだけ――に依存していたのかと――


 いや。

 これは、依存じゃない。


 ずっと前から、分かっていた。




 僕は――を。

 ――スズのことを前々から――




 そんな、いまだ高鳴り高揚する気持ちを落ち着かせながら玄関へ。




 扉を開けると、


 ――が。




「……冬……」




 ――スズが。思い詰めたような表情を浮かべ、そこに立っていた。

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