第40話:授与式後の語らい

 許可証協会。

 冬がシグマと面談をした部屋にて。


 先程、その場で、今年の殺人許可証の授与式があった。


 合格者は五名。

 内、出席したのは四名。


 第一位:遥瑠璃

 B級殺人許可証取得


 第二位:立花松

 第三位:永遠名冬

 第五位:千古樹

 D級殺人許可証取得


 第四位は欠席だった。


 許可証協会の白い部屋で行われた授与式では、すでに四人に手渡されていた許可証を提出。許可証に枢機卿へのアクセス権限が付与され、また手元に戻される。


 その後は、協会屈指の殺人許可証所持者トップ、『ピュア』から、軽い挨拶があるはずだったのだが――


「――急遽……出たくないと泣き出したピュアから代われと請われて挨拶するハメになったわけだが……」


 直立不動の四人の前。

 現れたのはA級殺人許可証所持者『シグマ』だった。


「……まあ、半数は見知った間柄だから堅苦しいのは抜きだ。とりあえず、生きろ。以上」



 あまりにもあっさりと。


 シグマは定期的に自分の腹部を擦りながら、「うっぷ」と顔色悪く去っていった。



 そんな、締まりのない授与式は終わり。



「普通は、他にもあるはずですよね……」

「あっけない終わり方やったな」


 シグマのあっさりとした挨拶兼授与式閉会宣言に、相変わらずの方だなと思いながら呟いた冬に同感したのは、階段に座って背伸びをする、そばかすの少年こと、松だった。


 今日は学生服ではなく、黒のワイシャツに黒のチノパン、サングラスを少し下にずらしてかけている。チャームポイントの――冬がそう思っているだけだが――そばかすがサングラスに隠れてしまって少し残念だった。


「卒業式みたいだったね」


 背後から声がして振り返ると、階上に、松とは対照的に、白いふわっとしたジャケットにチノパン姿の瑠璃がいた。


「瑠璃君」

「二人とも、また会えて何よりだよ」


 筆のような髪の毛を揺らしながら笑みを浮かべる瑠璃に冬も笑みを返し、瑠璃が降りてくるのを待った。


「なんや。その坊やと知り合いやったんか」


 その瑠璃の隣にもう一人。

 松が、歩いてきた瑠璃の隣を見ながら言う。


「いや? さっき初めて会ったけど?」

「俺もお初だが」


 四人目の男がそこに。


「同期なんだから、仲良くしようと思って声かけたのさ」

「一人だけ仲間はずれもなんやしな。……立花松や。よろしゅう」

「千古……樹だ。よろしく」


 どちらともなく手を差し出し、がっしりと握手する。


「……どこの方言だ?」


 さらりとした柔らかそうな長めの前髪から見える瞳を細め微笑みながら、樹が松に聞いた。


「わいもどこがどこやら……冬も同じこと言うてたな」

「ええ。初めて会ったときですね」

「いつ、知り合った?」


 松と同じく階段で座っていた冬が立ち上がり樹と挨拶を交わしていると興味が湧いたのか、樹から質問が飛んできた。


「二次試験の時、試験場所が一緒だったんです。酷いんですよ。いきなり襲ってきて」

「……試験?」

「しゃあないやろ? わいは殲滅任務やったんやから。冬もそれに入るわけや」


 立ち上がり冬の肩をぽんぽんっと叩いてから仲良しアピールしながら組み出す。


 シャンッっと、冬の耳元で音が鳴ったのはすぐ。

 組んでいた松の腕から、カタールの刀身が姿を現し、冬は言葉を失った。


「な、ななな……」

「すまんすまん……最近ちょっと緩んでてなぁ……これ、とある武器商人の秘蔵品でな。調整が難しいんや」

「松君もカタールを使うんだね」


 そう言うと、瑠璃も片腕からカタールの刃を現し冬に向けた。

 冬はその二人を見て、改めて自分の『糸』が特殊なのだと気づいたが、二人に刃を向けられていて気が気ではなく。


「ふ~む。なかなか整備が行き渡ってるようやなぁ……歯こぼれ一つ見つからへんわ」


 松も瑠璃も、なぜか冬の真ん前で互いの刃を検分しだした。

 わざとらしく冬の頬にぴたっと瑠璃の刃が当たり、冬は堪らず二人の傍から離れると、二人が笑いながら冬を見てまた互いの刃に目を向ける。


「秘蔵品って言ったけど、つまり試作品だよね。完成品は市販されているのかな?」

「市販されてるで。まあ、これはこの世に一つしか存在せえへんけどな」


 二人が会話をしだすが、冬はそれに混ざることができず。

 自分の糸をぴっと一つ取り出して輪にした。

 それを無表情に樹が見ている。


「オリジナルって事かな」

「そやな。刀工も号もよう知らんけど、掘り出しもんらしいで」

「……特殊な施しが?」

「う~む。そうらしいけど……わいにはその方法はわからへんのや。……こいつの製作者はとっくに死んどるし……」


 樹も松のカタールが気になったのか見始める。尚更冬は一人になった。


「う~ん。僕も欲しかったなぁ……」

「瑠璃もこの良さがわかるんか?」

「かっこいいからね。普通のカタールと違うし」

「かっこいいからかいっ」

「……これ、『型式砲天略式かたしきほうてんりゃくしき』じゃないか?」


 樹の聞き慣れない言葉に、二人が黙る。





 冬の糸がちょうど梯子を作り出したとき、刻が動いた。


「……え?」

「……ん? 何か?」


 驚く二人を不思議そうに見ながら、樹は松の暗器の刀身の峰に触れているが続きの言葉は出てこない。


「いや、何かって……」

「刀身がそろそろ外れる。一度オーバーホールが必要だ。よくこんな状態で振り回してるな」


 そしてまた続きはない。

 瑠璃も松も、樹が寡黙で不必要に喋らない人物と感じ、質問していく。


「知っとるんか、これ」

「先代『焔の主ほむらのぬし』が作った暗器。整備できる人は限られてる」

「武器に詳しいのかな?」

「先日<鍛冶屋組合>で似た武器を見た」

「ほんまかいな」

「その武器屋、教えてもらえるかな?」

「一見さんお断りだ。だがまあ、お前達なら紹介する。俺の恋人だから手を出すなよ?」

「恋人。なるほど。それは確かに紹介でき……え、<鍛冶屋組合>に女性の刀工? 珍しくないかな」

「ほな、わいのかたしき?ほうてん?りゃくしき? だったかないな? これのメンテも依頼してもいいんか?」

「ああ、話しておく」


 樹から聞かされた刀工と刀の号に、二人の興味は尽きず。





 ――数時間後。


 日が暮れかけた頃には、いつの間にか、冬は二、三歩離れた所であやとりに夢中になっていた。



「……何やっとるんや」

「話題についていけなくて……」

「……そんなに深い話だったかな?」

「ええ。とぉぉ~~~~~っても……」


 ものすごく悔しそうな顔をして、許可証をぐにぐにと折り曲げ始めた。

 こんなことなら、自分も裏世界の武器を調べておけばよかったと、今更ながらに自分の知識の無さに嘆く。


 形状記憶の許可証は、こう言うときに便利なんだなと樹は思いながら、今度は冬が先程からあやとりに使っていた『糸』を凝視する。


 樹の冬に対する印象は、『器用な男』だった。


「冬君のほうが特殊武器だと思うけど?」

「特殊?」


 冬が武器を持っていなさそうに見えた樹は、あやとりが珍しいのか、じっと冬の糸を見続けているが、それが冬の武器だとは思わなかった。


「鋼線や」

「僕は光線なんか出せませんよ」

「……鋼線やっ!」

「僕はお二人みたいに持ち歩いてなんかいませんよ」


 瑠璃と松は互いに顔を見合わせてこくんっと頷くと、松が冬の体を背後から羽交い締めにし、その冬を瑠璃が触り始めた。


「わっわっわっわあっ!」

「見つけたよ。っていうか、そのあやとりしてた糸も同じだよね」


 瑠璃が糸のように細い鋼線の束を発見する。

 樹はそこで先程から冬が使っていた糸が、武器だったと気づいて目を見開いた。


『器用な男』の印象が、『謎な男』に昇格した。


 樹の、冬の糸を見る熱い視線がより熱くなる。


「相変わらず、切れ味のいい鋼線やな」


 自分の人差し指を見て、松が呟く。その人差し指からは一筋の血が滴っていた。どうやら、触ったときに切ったらしい。


「毒塗ってありますよ」

「なんやて!」

「嘘です」


 にこりと、慌てる松に微笑んでやると、松の<型式砲天略式>の刃が再度姿を現す。

 にこりと、今度は松が微笑んだ。


「……殺す」

「お、落ち着いて……」


 話題になった自分のターンに、やっちまった感は半端なく。


「冗談にもならん事を言うなぁ!」

「うわぁぁっ!?」

「こら、逃げるなやっ!」

「に、逃げなかったら松君に殺されるじゃないですかっ!」

「当たり前やっ! わいはこういうことが、大っっっっっ嫌いなんやっ!」

「そ、そんなぁぁぁっ!」

「やれやれ……だね」


 瑠璃は楽しそうな表情を浮かべその光景を見つめているが、助ける気はないらしい。


「おい」


 ぶんぶんっと、カタールが振り回され、必死に逃げ回る冬の腕を急に樹が掴んだ。


 じっと冬の指に絡まる糸を見つめ、そのあまりにも真剣な表情に、皆が動きを止めた。


「……避けるな。潔く殺されておけ」

「殺されたくないから逃げているんですっ!」


 そんな樹の腕を振り払うと、こっそり触っていた冬の糸が樹の手からすり抜けていく。


 やっと触れることのできた糸が離れていくと、「あっ」と、悲しそうな声をあげて階段を一気に飛び降り逃げていく冬――ではなく、糸を追いかけていく。


 樹の冬の印象は、『謎な男』から、『興味のある糸』へと変わっていた。



 瑠璃も笑いながら後を追いかけると、その場から誰もいなくなり……





「あいつ等はぁ……あほの極み、だな」



 そんな少年達の物騒だが楽しそうな一部始終を、面倒そうに階段傍の影から見つめている男がいた。


 黒のスーツを着た、茶髪の男。

 眠たそうなその目は、少年達がいなくなった場所を呆れたように見ている。



 A級殺人許可証所持者、シグマだ。



 彼は、四人にこれからのことを話さなければいけないことを、とある事情により忘れており、やっと四人を見つけたのだが――







 ――ぎゅるる。







「さ。行くか」



 昨日食べた愛妻料理さつりくへいきに負け、戦場トイレへと一人、旅立つ。




 後少し。

 後少しで俺は勝てるはずだ。


 何と戦っているか分からないが、必死にぴんっと背筋を伸ばして歩くシグマも。




 また、あほだった。




 こうして。

 何もかもが締まらない授与式は、終わりを告げた。

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