第37話:再会


 今日は冬の非番の日である。

 なぜなら、珍しくファミレスが臨時休業をしているからで。


 なのに、病院を出てすぐ。


『相談事があるのだけれど、今すぐ来れる?』


 なんて、自身が働くファミレスの香月美保こうづきみほ店長に呼ばれたら不思議に思うのも仕方ない。


「あっ! 遠名えんなさんだっ!」

「ほんとだっ!」


 ファミレスの自動ドアが開いて、聞こえた声は、どこかで聞いたことがある大合唱。


 【遠名】と言われて思い出すのは数日前の二次試験だけだ。


「……」


 自動ドアが、閉まっていく。


 間違えた? いや。なにを?


 そんな思いを持ちながら、店の外観をチェック。

 どうみても自分が働いているファミレスだ。

 間違えるわけがない。


 仕事にくたびれて寝転んでいるウサギの看板――可愛らしいウサギが居眠りしているイメージらしいが、どうみても仕事に疲れたでぶっとした中年ウサギが横たわっているようにしか見えない――は間違えるわけないと二度見してみる。


「大丈夫! 何も違わないからっ!」

「ささっ。入って入って」


 店内から追いかけてきた数人の桐生女子数名に背中を押されて入ると、そこは女子だらけ。


 もし間違えがあるとしたら、それは冬が二次試験で正体を美菜にバレたことが間違いであり、そこから物理的な口封じをせずに見事に居場所を知られたことが、何よりの間違いではあるだろう。


「冬ちゃんとどこで知り合ったのかな?」

「「内緒なんでーす」」

「?」


 なんて会話を、人気ナンバーワンの杯波和美と話しているが、はらはらしてしょうがない。

 なぜなら、時々女子生徒達がにやりと含むようににやにやしていることがあって、ぽろりと暴露されそうでどきどきする。


「美菜ちゃんもお友達も無事何事もなかったわけだから。少しはこんなお祝いもあっていいでしょ?」


 香月店長の計らいのようだが、流石に自分の正体がバレそうで怖いだけで。


「改めて、遠名さんがきてくれたので~」

「「かんぱ~いっ!」」

「……遠名……?」


 とはいえ、今更止めてもらうわけにもいかないし、自分はこの場の主役なわけでもない。


「姫さんはやっぱりいないんですね……」


 ちょっと悲しげな彼女達は、どうやら水原姫というあのバスガイドだけがいないことに、唯一の犠牲者とも思っているようだった。


「水原さんなら、普通に生きてますよ」

「「えっ!?」」

「御主人様に会いに行くとかなんとか言ってました」


 会えたのだろうか。

 会えたとしても……


「御主人様はメイドが好きだそうです」


 あの姿なら普通に目立つからすぐに見つけられそうで。


「御主人様って……バスガイドさんがあの時言ってたあの話、ほんとだったの!?」

「みたいですよ。どんな方かは知りませんがね。メイド姿に声をかけただけで殺されかけましたが」

「殺されかけたぁ!?」


 と、そんな他愛ない会話をしながら、


「ふぅーん。冬ちゃんは妙に仲良いね」

「……へ?」

「スズさんだったかしら。妙に同年代の子と仲良いよねー」


 和美のジト目と、


「この中に恋人いたりして?」


 それ、この場で言っちゃダメって思わず叫びたくなる一言が和美から炸裂し。


「そうだった! あの時遠名さん言わなかった!」

「そうだそうだ! 今日は聞かせてもらうからねっ!」

「私も聞きたいかなぁ、なんてっ」


 お酒が入ってるわけでもなく絡んでくる女子に、


「勘弁してくださいよ……」


 なんて、答えづらくてこそこそと逃げたりなんかして。

 でも、この中で男は一人なので逃げ切れるわけもなく。


「逃がさないわよ~」

「お兄ちゃん、言わないと和美お姉ちゃんにばらしちゃうからねっ!」

「んー? 冬ちゃん、弱味でも握られてるの?」




 だから。

 こうやって表世界で過ごせるのも、もう、終わりなのだと思うと。


 ほんの少し、名残惜しかった。






 パーティーは終わり。


 自身が助けた少女達が無事で、助けられたことに感謝されたことに、冬は少しだけ不思議な気分だった。


 彼女達を助けるがために堕ちた命もあり、そのおかげで彼女達も生きている。

 もし助けなければ、彼女達自身の命も堕ちていたはずで、その命を助け、その結果、無事なことに感謝され。


 だけども。その無垢な感謝の気持ちに、冬は、少しだけ心が癒された気もした。




 片付けを女生徒達にやらせるわけにもいかないし、キッチン全般に携わり、このファミレスのキッチンを牛耳っていると言っても過言でもない冬は、このキッチンに入ってほしくなかったという想いもあり、すべての後片付けをしている時だった。


「今日こう言う話で集まるなら先に言ってくれていたらよかったのに」

「あら。それとは別に話があったのは、本当よ?」


 きゅっと、最後の皿を洗い終えて蛇口を閉めると、冬は入り口にいつの間にかコーヒー片手に立っていた香月店長を見た。


「このお祝いとは違って、ですか?」

「そうね」


 コーヒーカップを受け取りそれを洗い出したとき。


「そろそろ授与式ね。ちゃんと今のうちに楽しんでおきなさい」

「……え?」


 驚く冬に、香月店長はくすりと笑った。


「あなた、結構裏世界の界隈では有名よ?」

「……まさか、香月店長……」


 こんな処で、裏世界に通じている人に会うなんて思わず。


「いくら裏世界に足を踏み入れたとしても、表世界での隠れ蓑は必要よ? 情報欲しかったらいつでも言いなさい。……でも、まさか、冬君が、殺人許可証所持者ねぇ……」


 瑠璃や松とまた会ったときに言われたのが、『情報屋を探せ』と言うことだったが、自分が働いていた店がその情報屋だと知らされ、驚いた。


「今後とも、御贔屓にね。冬君」


 見知った表世界の人が仲間だと思うと、こんなにも心強いとは思ってもいなく。


 だけども。まだまだ状況に追い付けない冬は、狼狽えるだけだった。


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