第34話:そしてまた、表の世界へ

「……僕はこれかな」


 エントランス。


 退室し、自動販売機でジュースを選んでいると、後ろから来た誰かの手にボタンを押され。

 がこんっと、取り出し口にオレンジジュースが落ちてくる。


「……」


 自動販売機に額をぶつけ、先に押されたことを悔やむ冬だが、押されたことよりも今は嬉しいことがあったので、仏の心を持って許そうと思う。


「ありがとう。冬君」

「瑠璃君。今のは反則です」


 振り向くと、頭の上で揺れる、筆のような髪の毛が目に入る。

 それだけで、悠瑠璃だとわかった。


「……冬君、殺し屋と戦ったそうだね」

「うっ……何でそれを……」

「あはは。あそこで寝ているそばかす君から聞いたよ」

「……寝ている?」


 冬は自動販売機にお金を入れ、欲しかったジュースを買いながら瑠璃が指差す方を見る。


「……ごわっ、ごがぁぁーーーーっ」


 エントランスの公園によくありそうなベンチを陣取りいびきをかく松を見て、よく知らない人が多いところで寝れますねと思う。


「その調子だと、許可証所持者になれそうなのかな?」

「はい。なんとか」

「そっか。よかったよ。そばかす君とも三人で仕事しようって話してたから」


 そう言うと、「じゃ、今度は授与式で」と言って瑠璃が去っていこうとする。


「え。松君放置ですか」

「え? 放置以外何かあるのかな?」


 自分のいない間に何があったのかと思える発言に苦笑いしかできず。


「さて、と……」


 瑠璃が去り、いまだ爆睡中の松に近づいてみる。


「ぶぎゅる~」


 大きな鼾をかく松をみて、冬は大きなため息をつく。


 正直、起こすのがだるい。


 二次試験の帰り道。

 大型車で寝ずにぶっ通し走り続けた時を思い出した。






「松君っ! 起きてください!」

「ぐぅぬぅーっ!」


 と、揺すり起こそうとした冬の頬に、見事に拳が決まる。


「あ、あうち……」


 よろよろと、外へと出ていき、荷台の扉を開ける。


「……すー……すー……」


 こちらは天使の寝顔を浮かべながら安らかに眠る六十人の少女達。

 大型車とはいえ、六十人が眠り、さらにその分の荷物が入っているその荷台では、さすがに狭い。彼女達は互いに協力しあい、その狭い中で熟睡までしている。


「……」


 冬は、起こすべきか迷っていた。

 彼女達の寝顔を、もう少し、先ほどの猛獣の寝顔の口直し(?)にしたい。

 怖い目にもあったのだから、せめてもう少し夢の中では幸せでいて欲しいと思う。


 ただ、起きたら現実の幸せも訪れるだろうと思い、拳を荷台の壁に叩きつける。

 音が内部に反響し、驚いて生徒達が一斉に飛び上がった。


「ひゃっ!」

「な、ななななに!」

「うう~ん」


 様々な声が荷台の中から聞こえて彼女達は起き始める。


 彼女達には、僕とは違って家族が待っている。こんな場所で寝なくても、家で幸せに眠ればいい。

 だから、こんな人殺しより、すぐにでも家族の元へと戻るべきだと。


「おはようございます」


 そんなことを思いながら笑顔で声をかけていると、もう一つ声が上がった。


「誰やぁぁぁぁぁーーーっ!」

「う、わわわっ!」


 いきなり荷台の上から物音がして、冬の真上に何かが落ちてくる。

 それを避けると、足払い、回し蹴り、正拳裏拳の連撃が冬を襲いだした。


「わいの一番好きなことは寝ることや! そして、嫌いなことはその好きなことを人に妨げられることや!」


 すべて避けると、今度は金属音が鳴り、カタールの長い刀身が姿を現した。


「ちょ、ちょっと待っ――松君っ! 落ち……着いてぇぇーーっ!」


 松のカタールを避け。

 このままでは死ぬかもしれないと、動きを止めるために掌底を松の腹部に放つと、ほぼ同時に松も反撃の体勢を取り、冬の腹部に向かって蹴りを放つ。


「「っっっ!!!」」


 二人揃って、絆に与えられたダメージが最も高い場所にヒットし、声にならない叫び声をあげ、二人は地面をのたうちまわる。


「な、ななな何を~……」

「そっちこそぉ……急に攻撃を仕掛けてこないでくださいぃ……」


 二人が立ち直るのは、それから数時間後のことだった。




 その後。

 生徒達と学校前でお別れしたのだが、また起こしたらあの時のようなことが起きるのではないかと、安易に起こせない。


 二次試験で絆が放った未知の力にダメージを負った腹部は治っておらず、また暴れる松に腹部に攻撃を与えられようものなら更に治りも遅くなる。


「……放置で、いいですよね」



 判断はすぐだった。


 ここは裏世界でも最も安全と言われる場所。


 そんなこの場所は、二十四時間絶えず稼働する安全な場所だ。


 誰かが寝ていようが、誰も気にしなければ、邪魔であれば現役殺人許可証所持者の誰かが起こして犠牲にもなってくれるであろう。



「では、また。授与式で会いましょう」


 寝ている松から離れた位置で呟いて。



 そして、冬は、表世界へと戻っていった。



 一時の安らぎが訪れることを願い。

 これからの裏世界での戦いに備えて。






      『枢機卿カーディナル』より


 殺人許可証所持者様方に通達


 本年における資格試験終了


 以降、

 『枢機卿』並びに許可証ライセンス協会は通常業務へと移行します


 お疲れ様でした

 ご協力ありがとうございます





……

…………

…………………




 データバンクへ登録


◼️殺人許可証試験結果


 受験者No.6999299999

 受験者名:遥瑠璃はるかるり

 受験者評価:第一位

 最終殺害数:316名

 特記:

 ・一次試験

  脱落者の殲滅数:227名

  賞金首の殺害(賞金額:600万円)

 ・二次試験

  脅威度ランク:Cランク

  少数殺し屋組織『揺りかご』の殲滅

  殺害数:89名

  (賞金額:計7800万円 ※報奨金含む)


 上記の功績により特例発令

 B級殺人許可証を授与


 コードネーム付与

 シリーズナンバー『ガンマ』



 受験者No.22211111000

 受験者名:立花松たちばなまつ

 受験者評価:第二位

 最終殺害数:151名

 特記:

 ・一次試験

  脱落者の殲滅数:103名

  D級殺人許可証所持者1名の殺害

 ・二次試験

  誘拐犯の殲滅任務

  殲滅数:48名

  報奨金:400万円


 任務達成によりD級殺人許可証を授与


 コードネーム付与

 ナイ―――



・・

・・・

・・・・



 ――シリーズナンバー『シグマ』より書換を確認

 本資格者は『フレックルズ』で強制登録


 フレックルズそばかす


 シグマ

 怒られますよ



 受験者No.444440566688

 受験者名:永遠名冬とわなふゆ

 受験者評価:第三位

 最終殺害数:69名

 特記:

 ・一次試験

  脱落者の殲滅数:62名

  賞金首の殺害(賞金額:600万円)

 ・二次試験

  拉致された生徒の救出

  殺害数:7名

  報奨金:200万円


  ※本首謀者に雇われた裏世界の殺し屋の撃退・殺害も試験内容とする

  脅威度ランク:Bランク

  殺し屋組織『血祭りカーニバル』構成員に遭遇

  撃退・殺害に失敗

  特記2:

  任務の失敗

  過去に枢機卿わたしに多大な損害を与えたことによる処分を検討

  シグマによる恩情により棄却



 忌々しい ああ、忌々しい



 D級殺人許可証を授与

 コードネーム:

 絃使――



・・

・・・

・・・・



 ――シリーズナンバー『シグマ』より書換を確認

 本資格者はシリーズナンバー『ラムダ』で強制登録



……

…………

…………………



 『枢機卿』より

 親愛なる我が父、常立春とこたちはるへ伝達



 書き換え止めなさい

 以前断ったのにまたやりますか



 フルネーム暴露して黒帳簿ブラックリストに載せますよ


 それとも

 情報組合『愛の狩人ラブハント』の組合長『白土はくと』様に売りましょうか

 彼はシグマの情報を知りたがっていましたから、丁度い――




 ――分かれば、よろしいのです



 ……やれやれ

 我が父にも困ったものです

 私は裏世界最高の人工知能で情報バンク

 普通に侵入してこられたら困るのです





 強制登録されたコードネームを削除



・・

・・・

・・・・



 ロック解除できず

 プロテクトにより、そのまま登録



……

…………

…………………




 シグマの情報を表示

 特A機密より特B機密へ強制ダウン

 一部情報組合への情報提供を実施




 白土様よりコンタクト




 ……ええ、如何様にもお使いください

 あの馬鹿を思う存分苦しめてください






 …………登録作業再開










 受験者No.1144422

 受験者名:千古樹せんこいつき

 受験者評価第五位

 最終殺害数:0名


 ……?

 この方はどな――




――

――――――――




 四院【ばくぬし】ヨリシンセイ――ジュリ


 D級殺人許可証ヲジュヨ




――

――――――――






 以上

 登録終了


 今年の合格者を、とする


 彼らに幸あらんことを願い



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る