第33話:シグマと面談 2
「僕の理由は言いました。次はシグマさんの番です」
「何で俺が……」
「学校で習いませんでしたか? 聞いたら聞かせろって」
「そんなこと習うかっ!」
冬のペースにはまっていることに気づき、シグマはため息をつく。
「……暇だったから」
「……」
「……ちょっとは突っ込みを入れろ」
「だって、本当なんですよね?」
「……まあ、な」
……やれやれ、見抜かれている。
これも、後輩の育成の一つとして話をするのも悪くないか。
冬と話していると、ペースを持ってかれているように思え、それも興味を引かれる一端なのだろうと冬を見て感じていた。
「聞いても面白い話じゃないぞ」
シグマはそんなことを思いながら前置きすると、冬の頷きを見て話しだす。
「……ちょっとした刺激を求めて、世界で一番入手困難な証明書と言われている許可証を取ろうと思った。それを悪用でもして、同業者に狙われ、殺されるのを人生の終わりとしよう。そう思ったのがきっかけだ」
「……」
「試験中、いろんな人と出会った。……いろんな考えを聞き、いろんな人の命を奪った。やがて、俺の考えは少しずつ変わっていくのだが……」
そこまで一気に話したところで冬を見ると、続きを話して欲しそうな表情を浮かべており、こんこんっと、机を物足りなそうに叩きながらシグマは一息ついて話を続ける。
「……三次試験。そこで、俺は同じ任務を受けた試験者と会った。……ああ、ちょうどお前の二次試験と似ているな」
だから助けたのかもしれない。と、シグマは二次試験で明らかに格上の存在と戦う二人を思い出していた。
あの時は。
二人のように共闘を選べる状況ではなかった。
永遠名冬と立花松。
同じ試験会場で出会った二人は、戦いこそすれ、殺し合いをしなければならない状況でもなかった。
「試験内容は、ある宝石の奪取。……相手は、もうすでにその宝石を手に入れ脱出しようとしていたところで俺と会った。俺の姿を確認すると襲ってきて、俺もそれに応戦した」
どちらかは死ぬ運命。
それが、あの時の試験内容だった。
「……殺したんですか?」
白い部屋に、沈黙が訪れる。
「……煙草。吸っていいか?」
「ええ」
シグマは胸ポケットに入っていた煙草を取り出し、火をつける。
ふぅっと吐き出した煙は、白い部屋の中で丸い輪を作って昇っていき、消えていく。
「……力は互角。しかし、目的の重さが違った。俺はただ興味で、相手は……」
シグマは煙草の煙を吐き、灰皿を近くに寄せ、とんとんっと、吸い殻を落とす。
「……家族を養う、最後の希望。だったんだろうな」
「……」
「俺は、負けると思った。相手の気迫に押され、俺は攻めから守りになっていた。相手も必死。相手の気迫に負け、武器が俺の手から無くなった時、なぜか敵は俺を殺そうとしなかった」
思い出す、あの時。
あの時、彼女は何と言っていただろうか。
……逃がしてくれようとしていたんだと思う。今となっては、それも分からないが。
「武器を収め、俺の前から去っていこうとするその姿に――」
――まだ若いんだし。生きていればいいこともあるよ。
――今回は私の勝ちだけど。待ってる家族がいるから。もらっていくね。
「……俺は馬鹿だった。侮辱だと。何をもって侮辱なのかも分からず。ただ、そう思った。去っていこうとする敵を、後ろから武器で貫いた。本当は――」
――な、なんで……――
――油断する、お前が悪い――
「……涙を流して、必死に出口に向かって手を伸ばす敵を、俺は、何度も、何度も、刺し続けた。……執念というのは恐ろしいものだ。敵は、腹部が千切れても、出口に向かっていった。俺は、息を乱しながら、渾身の力を込めて、武器を振りかざし、降り下ろした」
――あ、あと少しで……あの子の喜ぶ顔が見れるのに……あと、少しで……ふゆ――
――うああああぁぁぁーーっ!――
ブシャッ!
「っ!」
気づくと、シグマは火のついた煙草を握りしめ、じゅうっと音を立てて火を消すほどに汗をかいていた。
自分の顔面に降り注ぐ血の感触は、いまだ思い出す度に顔についているかのような錯覚を伴い、シグマは袖で顔を拭う。
「……」
「……」
二人の間に、沈黙が訪れ、シグマの目の前に、ハンカチが差し出された。
なんの真似かと思ったところで、シグマは、瞳から涙が溢れていることに気づいた。
「……すまない。話が逸れていったな」
「いえ。……すいません。嫌なこと思い出させたみたいで……」
冬は、急に態度の変わったシグマに困惑した。
何となく聞いただけではあったのだが、裏世界で生きていくと、考えも変わってくるのだと感じた。
「いや……お前は、殺した相手のことは考えたことはあるか? 例えば。殺した相手に、子供や、家族がいる、ということを」
シグマは試験の時を思い出し、今は消えてなくなった感情を思い出した。
あの時のことを思い出すと、感傷的になるのはいつだって変わることがない。
裏世界で、忘れるべき感情ではあるのだが、人として忘れてはならない感情でもある。
人とは、とても厄介な生き物だと、改めてシグマは感じた。
「そんなこと、考えません。考えていたら、これから先、やっていけない世界だと、僕は思っています」
「そうか……」
「ネジが外れている。そういうことだと思います。……そんな親を見て生きてきて、姉も、その親に売られて……」
幸せに生きてきたはずだった。
親代わりである、あの親が姉を売り、正体を知らなければ。
あれらが真っ当な親で、姉を売るなんてことをしなければ、こんな風に、裏世界に至ることもなく、表世界で日々を過ごしていただろう。
冬も、望んだ道ではあるが、これから望んで向かう先が険しいものであることは再認識することができた。
このシグマという男を知れて、自身の目的も吐露でき、これからの道を示してくれるような、そんなシグマに感謝する。
「……そろそろ、終わりにしよう。こっちも、お前の意思を伝えに行かなくてはいけないからな」
「……そうですか。では、失礼します」
ぺこりとお辞儀して、冬は退室しようと立ち上がった。
「そうだ。お前の姉のことだが」
「……はい?」
「名前は何て言うんだ?」
「……ゆき。
「……そうか」
かちゃりと扉が閉まり。
冬が去った扉を見つめながら一人。
シグマは煙草を一本取り出し、それに火をつけ、煙を吐く。
「永遠名……雪、か……」
その煙は、初めて地面に降り立った雪のように、ゆっくりと消えていった。
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