第14話:戦いは一瞬で


 冬が体格のいい殺し屋を倒した頃。

 二人から反対側に離れた森のなか。


 そこまで元いた位置から離れていない場所に、崖のように切り立った場所があった。


 奇しくもそこは、殺し屋二人から冬が隠れようと移動した崖だ。

 崖は木々に囲まれるように存在し、注意して先を見ていないと、気づかずそのまま暗闇の口に入り込んでしまいそうな程に分かりづらい。


「……素早いね」


 少年は、一人。その場に立ったまま、自分以外誰もいない場所で話しかける。


「……でも、見えてるよ」


 少年は呟き、左腕を前に出した。

 シャンッと、突き出された左腕の手首から、勢いよく切れ味のよさそうな暗器。彼らと同じだが長めのカタールが現れる。


「動くと、死ぬよ」

「……見え、て……いる?」


 刀身の切っ先の目の前に、数秒遅れて男が姿を現す。

 武器を振り上げ斬りかかろうとしていた体勢のままの男の喉にその切っ先が当たり、つうっと血が垂れた。

 驚きのあまり少し後退すると、同じ距離を刃は追従し、また同じ箇所に軽くぷすっと浅く突き刺さる。


 それは、早さを追及し、自分の体を最小限に細ませ最大の速力を得た男には信じられない状況だった。


 早さなら誰にも負けることがなく、力と早さで裏世界の殺し屋として日夜仕事をしてきた今までを否定するかのような、たったの、腕を前に出すと言うだけの一動作。


「見えるさ。ちょこまかと早かったけどね」


 少年はにこやかな笑みを浮かべながら、「早いだけで、単調だったけどね」と一言添えると、その会話の振動か、ぐいっと更に切っ先が突き刺さった。


「喉を鳴らしても、逃げても死ぬ。……あ。どちらにしても、死ぬんだけどね」

「……」


 男の額に、汗が滲む。

 切っ先はほんの少し突き刺さっただけで、逃げようと思えば逃げれる程度の食い込みだ。


 なのに、動くことができない。


 それは、この目の前の少年がいつでも自分を殺せるからだろうか。それとも、その見ている紫の瞳が、射貫くように見つめているからだろうか。


「……仲間を、待っているのかな?」

「……」


 喋ると喉が動く。ごくりと鳴るだけで切っ先は更に食い込んでいく。

 喋ればそれだけで致命的に切り裂かれるのだろう。


「……残念ですが、お仲間は来ませんよ」


 沈黙が破れる。

 男の背後に、一人の少年が現れた。

 中国風の服に身を包み、帽子を深く被った少年だ。


「……やあ、もう、殺ったのかい?」

「ええ。探すほうに手間取りました。……手伝いましょうか?」

「手伝って欲しいように見えるかな?」


 少年は、筆のように結ばれた髪の毛を、ぴこっと立てて笑う。


「意外とあっさりだったみたいだね」

「ええ。油断してくれていたみたいで、状況判断があまり出来てなかったみたいですよ」

「それなら簡単そうだね。いやぁ、君を誘ってよかったよ」

「う、嘘だろ……」


 男が、冬の登場に動揺した。

 そんなわけがなかった。

 何年も裏世界で殺し屋として生きてきた。

 ただの少年のようにしか見えない二人に、自分達が負けるわけがないと。


 なぜ。

 何があった。


 男は喉を鳴らさないよう、考える。


 確かに、自分達は油断していた。

 試験開始前から周りにいた若い受験者達に、殺人許可証所持者を目指す若い存在達が弱いと考えていた。

 何よりも、今日卸したかのように、裏世界を勘違いしているであろう服を着た背後の少年などは、見つけたらすぐにでも殺せそうな無防備さだったので、二人で楽勝だと思っていたくらいで。


 その少年に、相方が、殺された?

 油断?

 油断していようが、経験が圧倒的に違う俺達が負けるはずがない。


 信じられない状況に、更に目の前で絶えず微笑を浮かべる少年から感じる違和感に、胸は高鳴る。


 そもそもなんなのだ。この少年は。

 裏世界でもこのような存在はいない。出会ったことがない


 なぜこの紫の瞳は、見つめられるだけで動けなくなるのか。

 なぜもこうも。こんな子供に見られただけでこんなにも体が動かせなくなるのか。

 なぜ、こんなにも――


 体が、震えようとするのか。


 ごくっと男の喉が鳴り、切っ先が食い込んでいく。


「うっ……」


 息をするだけで切っ先は喉を刺激する。

 息さえも、させてもらえないのかと、嘆くことしかできない。

 その嘆きも、言葉として発することはできず。


 このままでも、時間が経てば……


「そろそろ、終わりにする?」


 この感情は何なのか。

 後ろにいる少年からは感じられない、この目の前の少年からのみ感じられる感情は。


「う、うわあぁぁぁっ!」


 叫ぶことしかできないことに気づく。


 ぐっと、奥へと鉄の塊が肉をかき分けて入り込む。

 辺りに、鮮血が舞う。


 それが、言いようもない恐怖だったのだと、気づくまでもなく。

 叫び声が、男の最後の言葉であった。

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