第7話:試験内容

 

 緑生い茂る森の中。

 ジャングルを思わせるその森林は、ひどく暑い。空を見上げると雲が多く、雲があることにここが地中だと言うことを忘れてしまいそうだった。


 ここは、裏世界。

 駄菓子屋奥のエレベータより地下に降りた、殺人許可証取得試験の会場傍の森林地帯だ。


「第一試験……流石、殺人許可証ということですか」


 冬は、近くの比較的葉の多く繁る大木の枝によじ登り、周りの気配を探りながら、数時間前に初老の試験官から聞いた内容を思い出す。





「第一試験としまして、まずはこちらをご覧ください」


 そう言うと、初老の試験官は半身となって丁寧な仕草で自分の背後を見るよう受験者達に言った。


 試験官の背後の暗闇が、下方から徐々に明るい光を放ち出した。

 それほど明るい光ではないが、薄暗い場所から見るとそれ以上に明るく見える。

 壁が少しずつ上がっていっているのだ。


 試験官の背後にあった壁が、開放されるように開かれていくのを、受験者達はじっと静かに待ち続ける。


「こちらが試験の場所になります」


 森だ。

 先程冬がエレベータ内で見た、遥か遠くに聳え立つ大樹の傍の森林地帯とまではいかないが、近未来的な世界の中に、ぽつりと切り取られたかのように不自然に広がる森林地帯が、試験官の指した先に拡がっていた。


「ここで、狩りをしてもらいます」

「……狩り?」


 二十代程の若い受験生の男が、試験官の言葉に質問した。


「ええ。狩り、です。簡単な試験ですよ」

「何を狩ればいいんだ? この森には猛獣でも放ってあるのか?」


 別の受験生が試験官にここぞとばかりに問いかける。


「いえいえ。動物的な類のものはいませんよ。……ああ、そうですね。確かに動物ではありますか。そうですね。猛獣です」


 表の世界で猛獣等と戦う事など滅多にない。

 だが、この場に集まった受験生達が今まで何をしてきていた者達なのかは分からないが、質問した男と数人は、にやりと不敵な笑みを浮かべていた。

 猛獣というものが何を指しているかは分からないものの、少なからず動物を殺した経験はあるのだろう。


「人間だって、動物ですから」


 その猛獣の正体に、周りの受験生達がざわめいた。


 冬は殺人許可証を所持するに当たって最低限必要なことは、人を殺すということなのだと再認識したと共に、なぜ試験内容が秘匿とされているのか、それが分かった気がした。


「殺人許可証試験で脱落した受験生が誰も戻ってこないという話はご存知ですか?」


 誰に答えを求めるわけでもなく、試験官は淡々と話し始めた。


「殺人に関する証明書なわけですし、取得すれば晴れて裏世界へと降り立つわけです。裏世界に生きているならまだしも、脱落した受験生が、試験中に殺人を犯していたとしたら。それが表世界に戻って普通に暮らしているわけがないでしょう?」


 この試験は一方通行ということだ。

 この試験を受ければ、殺人を犯すことになる。


 表の世界では確かにそれは犯罪だ。


 この試験に脱落すれば、殺人許可証を持たずに殺しをしているのだから、表世界では犯罪者となる。

 ならば、脱落すれば。

 裏世界で生きていくしかない。


 今、試験官は、この試験を受けるということは、表世界で生きることを諦めろ、と、そう言ったのだ。


 そして、戻ってこないその意味は――


「生き抜けば、いいだけですよ?」


 試験官の言う、戻ってこない意味。

 人を殺したから表世界に戻れない、だけではない。



 ――殺し合うからだ。



「さて。今ならまだ引き返せますが……受けますか?」


 表世界で生きる。

 その選択はまだ残っている。


 そんな甘い一言は、彼等の心の中に染み込んでいく。


 何人かは試験官が笑顔を絶やさず淡々と話すその姿に、恐怖を覚えたのか、辺りをきょろきょろとしだした。


 ここまで来て尻込むのならば、覚悟が足りなかったのであろう。


「……俺は、やめる……」


 一人の受験生がそう言った。

 それを皮切りに、十名程が辞退を申し出た。


「では。あちらへ。残りはお進みください」


 辞退を申し出た受験生を一ヶ所に集めると、残った受験生達に森林地帯へ進むよう促す試験官は、その場に残る最初の脱落者へと向かう。


「館内から出たら概要が書いてある紙が置いてあります。よく読んで試験受けてくださいね」


 冬達残った受験生は、静かに森林地帯へと歩いていく。


 なぜ、理解しなかったのか。

 脱落しているのだ。


 冬は帽子で隠れた顔を悲しみに歪めながら、その場で脱落した十名を憐れみながら進む。


 表世界に戻れるわけがない。

 なぜなら、秘匿されている試験内容を聞いてしまったのだから。


 この場に至った時点で、先に進むしかないと、試験官は優しく言ったではないか。


 この試験の試験官をしているのだ。

 ならば、あの試験官は……殺人許可証所持者だと、なぜ気づけなかったのか。



 彼等は。

 間もなく、殺される。

 気づいていれば、まだ生きられたのだ。

 この試験を生き延びればよかっただけなのに。



 館内と森林地帯の間にあった変哲もない複数の机の上に置かれた用紙を手に掴むと、書かれた文字を見た途端に、受験生達は一斉に森へと走り出した。


 冬もその中の一人だ。

 用紙に書かれた内容をさっと見ると、冬は紙を投げ捨てた。

 木へ登り、木々の枝の上を走り抜ける。





 書かれていた内容を直訳すると――




は自身が狩りの対象とは知らない』

は狩りの準備が事前に出来る』

『殺人許可証所持者が数名潜んでいる。無差別に殺す』

『生き延びれば一次試験終了』

『三十分後から試験開始』




 冬は、自身が生き残るために走る。


 自分の力を有効的に活用できる場所を見つけるために。


 この場では、選ばれた百名の受験生も、死ねば脱落者。


 百名も、狩りの対象だ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る