第2話:運動音痴は意外とモテる?


 バスケットボールめり込み事件も、無事彼が皆に笑われただけで終わり、その後に続く授業も無事終わり。


 全授業終了を迎え、校内はがやがやと学生達のざわめきに彩られる。


「——きな」

「……ぐう」

「おき——い」


 そんな中。自身の机で突っ伏して眠り続ける少年が一人。

 少年――冬は、授業が終わっても起きる気配もなく、周りのざわめきも、それを見た同級生に苦笑いされながら、いつものように幸せそうにお休み中だ。

 ゆさゆさと揺らされても、声をかけられても。それこそ、耳元で囁かれてみても起きる気配はまったくない。


「おきなさーいっ!」


 そんな冬の頭に、すぱこーんとなかなかにいい音をたてて古典Bの教科書が炸裂した。


「……」


 しばらく動かなかったが、むくりと持ち上げ無言で顔を押さえ――


「……」


 ――相当痛かったらしい。言葉がない。


「い、痛いです」

「あ、あ。うん。なんかごめん。惚れ惚れするぐらいの渾身の一撃だったから痛いだろうなぁとは。……うん。ごめん。で、でも。何度も声をかけ続けても起きないあんたが悪い!」


 痛さが少し引き、振り向くと冬の目に怒声を浴びせるスズが映った。とはいえ、冬からしてみれば、このようなことをする相手も、声も、よく聞き、受け慣れたものなので確認するまでもなかった。


「うん。私は悪くない! 多分きっと!」

「……スズ、何で怒っているんです?」


 本来ならこちらが怒るところではないか? と思いつつ、怒る姿に圧倒され、椅子から立ち上がって後退る。

 こんなときに、セクハラじみた一言をかければ、もう一発『惚れ惚れするくらいの渾身の一撃』を頂けそうだとか考えている冬も、若干変態気質があるようにも思える。


「それはともかく。バイトに遅れるよ。早く帰る!」


 ああ。そう言えば、今日はバイトの日だ。

 バイトの日に限って、いつもスズの機嫌が悪いのはなんでですかね?


 今度からバイトの日はスズが来るより前に起きて避ける練習でもしたほうがいいかもしれないと思いながら、今回のような一撃を躱せるイメージが湧かない。

 どうせ痛い思いするなら寝たほうがいいか、と開き直りながら、痛みと共に起こしてくれたスズに感謝(?)しつつ、ずんずんと歩く後についていく。



 今日も、彼はマイペースに絶好調だ。

 最初から寝なければこんなことにもならないという発想は、彼の中では、ないらしい。





 部活動に励む学生達を尻目に校門を抜け、冬はスズとバイト先への道を一緒に歩く。


 いつも一緒に帰る時はうるさい程喋り、帰宅途中のショッピングモール等に寄り道しようものなら色々あって時間のかかるスズが、今日は大人しい。

 時折——大体バイトの日にこうなると今更ながらに思い、スズにとって自分のバイトに思うことでもあるのではないかと、冬は心配になった。


「……彼女達、奇麗だよね」


 冬のバイトはとあるファミレスのキッチン担当だ。

 スズの質問は、バイト先で一緒に働く彼女達のことを言っているのだろう。


「……バイト先の?」


 一緒にバイトをしている彼女達をそんな目で見たことはなかったが考えてみる。

 考えてみると、彼女達は、確かによくそこまで集まったと思うほど、美人揃いだと思った。


 男性客が多いファミレスなのはなぜかと思ったことがあったが、長年働いているファミレスの客層の隔たりに今更ながら気づいてしまい、現金だなと苦笑いしてしまう。


「……冬は、ああ言うタイプ、好き?」

「は?……ああ言うタイプが好きなのかと聞かれましても……彼女達はそれぞれ個性が強いですし、スズが誰のことを言っているのかもいまいちわからないですし、なんて答えればいいのか……」


 と、煮え切らない答えをすると、大体スズのミドルキックやらハイキックやらが飛んでくるのは分かっていた。


 言った後に理不尽だと思いつつも、なぜか喜びも感じている自分に、このような言い方をしてしまうことが癖になっているのは、それを求めているのではないかとうっすら過る。


 決してそうではないと、次に来るはずの衝撃に備え――


 ――ても、なぜか飛んでこない。冬は、そっちのほうが不気味だった残念だった


「……そうですねぇ。……案外、タイプかも……しれません、ね?」


 そんな、いつもと違うスズに調子が狂う。

 結構真面目な話をしたかったのかと思った冬は、真面目に答えることにした。


 誰が、と言うわけでもない。誰なんてスズにいう話でもなければ、今までそのような対象としてもみていなかった彼女達を、今からすぐにどれが好みかなんて、答えられるはずもない。


 何となく答えると、スズは顎に手を当て、考え事をしだした。


 誰のことを言っているのか等考えているのかもしれないが、それをスズが考える意味も冬には分からない。


 しばらくすると冬の背中を引っぱたくと、


「……バイト、頑張れっ! あと、教科書で頭叩いてごめんっ!」


 少し離れたところで手を振って言い、スズは去っていく。

 気づけば、バイト先のファミレスはすぐ目と鼻の先だった。


「……な、何だったんですか?」


 何が何だかわからないまま、冬はバイト先に向かった。


 残念ながら、彼は気づいていない。

 スズに学校で起こされた時点で、遅刻だったことを。


 スズの『頑張れ』は、「怒られると思うけどめげずに頑張れ」なんだと、冬は後々解釈するのだが……


 彼は基本、にぶいのである。



―――――――――

机に突っ伏してる人の頭に教科書がつんは本当に顔面が痛いのでご注意を。

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