7.鉄風雷火(1)

【これまでのあらすじ】

・ジーク・シィングは米印を中心とする国際軍事組織・PRTO派遣軍の兵士であり、アフガニスタン戦線で超重装甲機〈ヘルファイア〉を預かるパイロットである。

・反政府組織パシュトゥーニスタンの機甲部隊を強襲したジークらだったが、そこに第三者組織が送り込んだ飛行Mech〈シャングリラ〉が襲い掛かる。

・鉄壁の電磁防御マントとレーザーの防御網、荷電粒子溶断兵器ビーム・フューザーによって〈ピースキーパー〉を無力化した〈シャングリラ〉。しかしまだ〈ヘルファイア〉がいる。


◆   ◆   ◆   ◆


 XTM-1〈ヘルファイア〉は、兎にも角にも頑丈でパワフルな機体である――装甲防御力という意味のみではない。骨格となるフレームの段階で過剰なほどの強度が持たされているのだ。カーボンナノチューブと高強度チタン合金を組み合わせた複合材料を、トポロジー最適化による有機的な構造に3D出力した骨格フレームはこの世のあらゆる材質の中でも屈指の剛性を誇る。


 そのフレーム強度と、モーターと人工筋肉の併載による駆動出力、高推力熱核ジェットエンジンの推進力と圧倒的な装甲強度が噛み合うことで――〈ヘルファイア〉は機敏かつ堅牢な大型Mechとして、圧倒的な基礎性能スペックを持つに至っていた。この頑強な本体に複数の大型兵装を搭載し、単機での敵戦線突破と後方攪乱を行うのが〈ヘルファイア〉本来のコンセプトである。


 だが――機動テスト中に起きた大事故と、それによってコンセプト段階での無茶が浮き彫りとなったことで開発中の火器管制システムFCSと射撃兵装は後続の〈ピースキーパー〉に組み込まれ、〈ヘルファイア〉は火力に大きな欠落を抱えたままアフガニスタンに放り込まれることとなった。


 当初のサムエルの〈ヘルファイア〉への分析は、彼らしい無遠慮な辛辣さを差し引いても正確である。敵を倒すならいちいち接近して斧を叩きつけたり投げ飛ばしたりするより、砲弾やミサイルを一発撃ち込む方が遥かにスマートで効率がいい。どれほど俊敏で屈強でも、洗練された2080年代の戦場では〈ヘルファイア〉は時代遅れの野蛮な恐竜でしかない。


 しかし――効率的に進化した現代いまの生き物が、恐竜に勝てるとは限らない。

 砲撃戦という大前提が崩れたその時――原始の恐竜はその息を吹き返し、熱核タービンの雄叫びを上げるのだ。


 ◇


「三つ目の悪魔――世界初の規格外Mech――弾幕に気を取られたか!」


 〈シャングリラ〉が両脚を振り上げて脚部クローを開き、目前に迫る三眼の怪物を受け止める。ドォン、という衝撃音と共にクローの関節が軋む。


「重い、フレームが軋んでるっ……けど!」


 ミシミシと悲鳴を上げる脚部フレームに構わず、〈シャングリラ〉がスラスターを噴射して敵機を押し返そうとする――しかし既に速度が乗り切った〈ヘルファイア〉は構わず突進を続け、押し当てられた両脚ごと敵機を抑え込んだ。


「墜ちろやぁぁぁぁぁぁぁッ!」


 〈ヘルファイア〉が熱核ジェットを緊急出力に切り替えた。その推力と137トンの自重を合わせ、レスリングのタックルの要領で敵機を地面に押し倒す。


「――〈シャングリラ〉のテンタクラー・マントは、こう使う!」


 脱出は不可能――そう見たジナイーダがすかさずスラスターを噴射して推力同士を相殺させ、同時に9基のテンタクラー・マントを展開。それらを降着装置として地面に突き立て、落下の衝撃を吸収した。

 地面に突っ張ったマントがギリギリと音を立てつつも、上から押し潰そうとしてくる〈ヘルファイア〉の巨体と拮抗する。


「止められた……こいつ、熱核エンジンと押し合いやがる!?」

 

 137トンの機体重量が下から強烈に押し返されるのを感じ、ジークが唸る。

 通電装甲としての機能のために内部空洞を持つとはいえ、テンタクラー・マントが強靭なCNT筋線維を束ねたアクチュエータの塊であるということに変わりはない。それも10m近いサイズの触手が9基とあれば、〈ヘルファイア〉のボディプレスに抵抗するだけのパワーを発揮することができた。


「私を組み敷きたいなら、もっと紳士的に来なさいよ!」

「ちぃぃっ!」


 模擬戦で〈ピースキーパー〉にやったように組み敷くのは無理だと悟り、〈ヘルファイア〉が手を離してバックステップ。

 一瞬遅れて仰向けの〈シャングリラ〉がフューザーと背部レーザーユニットを起動し、真紅とグリーンの光条が束となって空へ迸る――寸前で身を引いて躱した〈ヘルファイア〉の目の前で、解放された〈シャングリラ〉が雷鳴のようなスラスター音を響かせて宙へと舞い上がった。


「あなたにも怪我をしてもらいます!」


 宣言と共に〈シャングリラ〉がレーザーアレイの出力を一点に集中、三眼の怪物目掛けて照射する。

 完全な一条の光線として収束した高出力レーザーはあっさりと装甲表面の防弾鋼外殻を切り裂いたが、しかしその下の高硬度セラミックを組み込んだ重複合装甲で食い止められた。さして攻撃の効果が見られないのを見て、ジナイーダがふん、と息をついて背中のレーザーユニットを畳み、サブアームごとマントの内側に格納する。

 

(カバーを焼き切られただけ――反応が早い上に、手足とマントを同時に操作している。やはりブレイン・マシン・インターフェースか……ロシアじゃまだ実用化できてないと聞いたが、どういうカラクリだ?)

(噂通りの速力と頑丈さ――レーザーじゃ牽制にもならないか。さて)


 〈ヘルファイア〉にしても〈シャングリラ〉にしても、強引な突撃と流麗な機動戦という差異こそあれ、本領はトップ・スピードを活かした機動戦にあった。二機が同時にスラスターを吹かして加速を始め、速度を稼ぎつつ緩く旋回しながら敵機に向かうタイミングを計る。


「ともあれ――」

「油断できない!」


 〈シャングリラ〉が右手のフューザーを構え、〈ヘルファイア〉もバトルアクスを抜いて下段に構える。

 片や雷鳴を轟かせて天を、片や核の焔が生み出す爆風に乗って地を。見た目も性能も違う二機の規格外Mechがそれぞれ円を描くように駆け抜け――二つの円が接する位置で、同時に攻撃体勢に入った。


「フューザーは射撃にも使えるんですよっ!」


 ジナイーダが言い放つ。彼女の思惟を受け取った〈シャングリラ〉のFCSが演算を始める。一方のジークも走りながらその姿勢を下げ、横滑り回避の体勢に入った。

 ジナイーダは射撃。ジークは回避。――対峙する二機が同時にパイロットの脳波指示を受け取り、動く!


 次の瞬間、フューザー内部のレーザー加速器によって光速の25%にまで加速した荷電粒子が、赤い光線の軌跡を描いて射出された。

 〈ピースキーパー〉のガンランチャーを破壊した、粒子をまとめて一度に打ち出す粒子ビーム砲――一度放たれてしまえば見切ることは不可能な一撃。しかし、敵機の射撃と同時に回避姿勢をとったことが功を奏した。大気を貫いた光線がぎりぎりで〈ヘルファイア〉を外し、その高熱で地面を焼き溶かしてガラス化させる。


 しかし――そのタイミングを見計らっていたかのように〈シャングリラ〉が2発目を回避先に放ち、〈ヘルファイア〉の右肩に直撃させた。


「ッ……この威力!?」

 

 着弾点で爆発。衝撃が三眼の怪物を揺らす。コックピットに鳴り響くアラート。

 高熱の荷電粒子が防弾鋼の外殻を貫通し、内側の複合装甲モジュールをプラズマ化させながら穿孔――しかしそこでエネルギーを使い切り、内部に達する前に減衰しきって停止していた。

 装甲に空いた穴は比較的小さく、ミサイルやロケットのような成形炸薬弾に似た被弾痕だったが、それらとは比べ物にならないほど深かった。ジークの背筋に薄ら寒い感覚が走る。

 

(〈ピースキーパー〉が紙細工みたいにぶった切られるわけだ! 衝撃があるってことはレーザーとは別、それにあの刀身から飛び散る火の粉……荷電粒子砲って奴か?)


 戦車砲やレールガンのような運動エネルギーによる破壊ではない、熱による溶融を主眼とした武装は、既存のいかなる技術体系にも存在しない。あくまで既存兵器を想定した〈ヘルファイア〉の装甲がどれほど役に立つかは――今のを見る限り、まったく無力と言うことはないだろうが――ジーク自身にも未知数だった。


「小型とはいえ粒子砲に耐えますか……ブレードならどうかな?」

「――SFから出てきた怪物め!」


 その一撃を足掛かりに〈シャングリラ〉がマントを畳んで急降下、再びフューザーの先端から極細の刀身を発振し、鋭く肉薄して前傾姿勢から横薙ぎの斬撃を放つ。

 鞭のようにしなりながら迫る真紅のビーム刃を前に、〈ヘルファイア〉はスラスターを下方に向けて全開で噴射。巨体と大重量からは想像もつかないほどの跳躍でビーム刃を躱し、そのままバトルアクスを下に突き出して〈シャングリラ〉の顔面を狙った。


「避けた? 面白い!」


 〈シャングリラ〉が超低空飛行をしながら機体をバレルロールさせ、ほとんど不意打ちに近い形で放たれたバトルアクスの斬撃を難なく回避。空中で機体をアクロバティックに翻し、逆に〈ヘルファイア〉の腕をすれ違いざまに斬りつけてみせた。


 真紅のビーム刃と接触した装甲の外殻が一瞬で蒸発し、その下のスティショバイト層を半ばほどまで削り取る――しかしこれも内部のフレームや人工筋肉までは届かず、有効打とはならなかった。

 そのままマント付きの長躯が〈ヘルファイア〉の下を潜って後方に抜け、直後に傷を受けた三眼の怪物が着地して地響きを立てる。


「浅いか。――次、背中!」


 敵が背を向けた隙を狙い、〈シャングリラ〉が即座に再攻撃に移る。上昇しつつ反転インメルマン・ターンから急降下をかけ、フューザーの粒子ブレードを真っ直ぐ前に出して突っ込む。狙いはアクスを持つ右肩、フェンシングのフレッシュを思わせる突進突き。


「それで不意を打ったつもりかぁッ!」


 しかし斜め上からこちらに迫る〈シャングリラ〉の姿を、〈ヘルファイア〉の背部カメラアイははっきりと捉えていた。

 三眼の怪物が背を向けたまま僅かに屈んでビーム刃を紙一重で躱し、そのままバトルアクスのテルミットバーナーを起動。爆炎を噴き出す大斧を片手だけで横薙ぎに振り抜き、確実に直撃するタイミングでマント付きの大型Mechにカウンターの一撃をぶつける。


「真後ろ、見られた? ――くぅっ!?」


 この至近距離では回避も間に合わない――ジナイーダがフューザーを持ったままの右腕を振るい、斧頭を下からの肘打ちで弾き飛ばしてバトルアクスの直撃を辛うじて防ぐ。しかしバーナーから噴き出す発火した焼夷剤と溶融金属はそのまま慣性で飛散し、2000度を超える高熱を発しながら〈シャングリラ〉のテンタクラー・マントにへばりついた。


「裸のCNT繊維なんぞっ!」

「これ……ナパームじゃない、テルミット!?」


 如何に強靭とはいえカーボンナノチューブ筋線維は炭素の塊。難燃性の電解液に浸っていても、鉄骨すら焼き熔かす火力に耐えられるはずはない。テルミット焼夷剤の激しい発熱反応に晒されたマントが二酸化炭素へと分解され、9基のうち1基の下半分がボロボロに焼け落ちた。


(テルミットは通った! ……倒せる!)


 ジークが自分に言い聞かせつつ、機体をバックステップさせつつチェーンガンを連射。対する〈シャングリラ〉は残ったマントを翻して姿勢を立て直し、そこから隙を伺うように〈ヘルファイア〉の周囲を不規則な軌道で飛び回り始めた。


(どんなに高性能でも機械兵器なら、物理法則の上に成り立つものだ。人が作ったものなら設計思想と弱点があるはず)


 〈シャングリラ〉が何も考えずに殴りかかって勝てる相手ではないのは、もはや誰に言われなくとも明白なことだった。鋭い足運びで相手の旋回に合わせて正対を保ちつつ、ジークは機体制御の反射的な部分のほとんどを〈ヘルファイア〉のAIに任せ、自身は脳の領域を敵機の分析に回していた。


 ――奴は速い。防御も硬い。

 ――機動力に加えてレーザーとマントの多重防御。

 ――今も本体には傷ひとつない。

 ――何故か?


 数秒の膠着状態の後、〈ヘルファイア〉が鋭く機体を切り返し、肘を折り曲げて最小限の動きでチェーンガンの砲口を向ける。照準は敵機から見て右、焼け落ちたマントの隙間。その向こうに見える白いカウルに覆われた本体。


「――ひとつ・・・許容・・できないからだ・・・・・・・。やたら充実した防御装備は、本体の脆さの裏返し――砲戦ならともかく、この距離なら!」


 ジークが手首と指の動きで腕部チェーンガンをセミオートで発射――それを認めた〈シャングリラ〉がフューザーを持つ手首ごとビーム刃を高速で回転させ、30mm弾を切り払って誘爆させる。

 そのまま機体同士がすれ違う瞬間、白い装甲に覆われた頭部がわずかに動き、ギロリとこちらを睨んだのが見えた。 


「やはり大袈裟に防いだ! マントを失ったら後がないから!」

「マントの弱点に気付かれた……? まさか、偶然よね」


 コックピットに縛り付けられたままのジナイーダが淡々と呟く。〈シャングリラ〉が旋回飛行を止めて地面すれすれでホバリングに入り、右手のフューザーを腿の固定具に戻した。


 次の瞬間、腿とフューザーのホルスターを繋いでいたアームが駆動してホルスターの向きを前後に反転させ、そのまま前方に倒して剣の鞘のような格好に移行させる。そのままマント付きの長躯が両腕を交差――左手で右の、右手で左のフューザーの柄の中ほど、拳銃ならば銃身にあたる部分を同時に握りこんだ。


「だけど〈シャングリラ〉に追い付くとは、勇名も伊達ではないらしい。――ならば、こちらも奥の手を出す!」


 電力供給コネクタを再接続、両手でフューザーを抜き放って再びブレードを発振――直後、両手のフューザーの出力リミッターが外れて粒子放出量が上昇、糸のごとく細かったビーム刃がその太さと長さを飛躍的に増大させる。

 握り方と刀身の様子が変わったことで、拳銃かフェンシングの細剣フルーレのように見えていたビーム・フューザーは、シャシュカサーベルの二刀流へとその様相を変化させていた。


「放熱モード作動、全機能のリミッターを解除――スラスター緊急出力――最大稼動、スタート!」


 ジナイーダが紅と黒の邪眼を見開くと、呼応するように〈シャングリラ〉の頭部装甲がスライドして目のスリットが開き――露出した独眼モノアイ状のカメラアイがジークと〈ヘルファイア〉を睨んだ。


 同時に動力源ジナイーダからコンデンサに注ぎ込まれる電力が跳ね上がり、機体の各機能があらゆるリスクを無視した限界稼働に入る。淡く発光していた背中の余剰電力排出装置パワー・バランサーから稲妻が漏れ出し、マントの表面を這いまわり始めた。目が眩むほどの閃光!


「何の光だ、これは!?」


 敵機の見せる異様な光景にジークが息を呑んだ瞬間、次の瞬間その姿が極彩色のプラズマ光を残して掻き消えた――否。機械の反射神経ですら追い付くのがやっとのスピードで〈ヘルファイア〉の頭上を通り抜け、ジークの背後に回ったのだ。


「この俺が反応で負けた……っ!」

「――なます斬りにしてやるッ!」


 〈ヘルファイア〉が背後に気づいて跳び退こうとするよりも早く――空中で逆さまになった〈シャングリラ〉が両手足からビーム刃を発振して三眼の怪物へと躍りかかった。

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