「二種類の嘘」

ゴジラ

「二種類の嘘」

「二種類の嘘」


  1 


 夏のある夜だった。

 浅草にある小さな蕎麦屋で一緒に飲んでいた女の子は、特定の人間には不思議な力が備わっていると言った。

「私、見たの」と、至って真剣な様子で彼女は続けた。

 あまりにも唐突で、非現実的なトークテーマになんと返事をして良いのか分からなかったが、

「へぇ……」と曖昧な回答をして、どちらとも言えない不明瞭な態度を取っておくことにした。

「気にならないの?」

「まあ」

 本当のところ、心底どうでもよかった。

 蕎麦屋を出たあとのことを考えていた僕にとって、そろそろ雰囲気作りを始めたいと思っていたところだったし、無論、彼女もそのつもりで会っていると思っていたからだ。

「まあ。って、それだけ?きっと興味深い話なのに」と彼女は少しばかり不満そうな表情で言った。

「そんなことないさ。でも、唐突だったから」

「聞きたい?」

「まあ」と無意識に言ってしまい、すぐに後悔した。彼女はさっきより不機嫌に見えた。

「ごめん。聞かせてくれないかな」

「もういいわ」

 僕たちは少しの間だけ黙った。

 沈黙が苦手な僕は、店員を呼び止め、ビールのお代わりを頼んだ。

「その不思議な力って?」ともう一度話を戻そうと試みた。

 それでも彼女は「話したくない」の一点張りで完全に拗ねてしまったようだ。

「君のことをもっと知りたいんだ」と素直に言ってみた。

 彼女の瞳を真っ直ぐ見つめて言った為か、照れた様子で頬を赤く染めた。

 そして、「あなたがそこまで言うなら」なんてことを前置きして彼女は話し始めた。



  2


 彼女の話をまとめると、こうだ。

 仕事帰りのとある夜。この日は仕事も捗り気分の良い一日だったから、駅から自宅までの道のりを遠回りしたらしい。

 国道沿いの大通りに出る細い路地を通り、その先にある横断歩道を渡ると住宅街に繋がる。そこから代わり映えのない一軒家の連なりに沿って歩いて行くと、右手に小さな神社が見えてくる。そこで彼女はあるものを見た。

「空を飛んでいたの」

「何が?」

「人間が」

「そんなわけあるかよ」

「本当よ。私見たもん」

「じゃあ、それはどこの神社?」

「飯田橋の方よ」

「バカバカしい」と思ったし、口にも出していたと思う。

 しかし、それでもひや汗が止まらなかった。

「もしかしかして、怖いの?」とそんな僕の様子を見て、彼女は冷やかすように聞いた。

「そんな訳ないだろう」と言って、運ばれてきたビールを口に運んだ。

 平静を装うために、「そう言えば、特定の人間には能力が備わっているって言っていたよね?もしかして君も能力者なのかい?」と強がりながら聞いてみた。

「もちろん」と、さも当たり前のように彼女は言った。

「じゃあ、君の能力はなんだい?」

 ふふっ。と開いた口を小さな手で上品に抑えて彼女は言った。

「男の嘘を見破れる能力かな」

「なんだよ。バカだな、、、もうこの話は終わり」

 僕は至って冷静な男を装いつつ、タバコに火をつけた。

 しかし、彼女はこう続けた。

「だから、あなたが空を飛べることも知ってるの」



  3


 僕たちは食事を終える前に店を出た。

 そのつもりだった彼女の気持ちを余所に、僕は逃げ出すように帰路についた。

 家に着いた頃、彼女からメールが入っていることに気がついた。

「気を悪くさせたなら、ごめんなさい」

 それを見た僕は携帯をベッドの上に放り投げ、シャワーを浴びようと思った。その時、再びメールの受信音が聞こえた。

「冗談のつもりだったのに」


                     

                       

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「二種類の嘘」 ゴジラ @kkk0120

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